一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

文字の大きさ
上 下
41 / 58

34シエル何を言っているんだ!

しおりを挟む

 
 ボルクは治安府の執務室で仕事をしていた。

 長い間留守にしていたので事務処理が溜まっていたのだろう。シエルが部屋に入るとボルクは一生懸命机に向かってペンを走らせていた。


 「ボルク。お話があるの。今いいかしら?」

 「シエル様、何でしょうか?」

 ボルクったら昨晩の事などなかったかのような顔をしてるのね。

 私はこの部屋に入る時でさえ躊躇したというのに…まったく、あなたは私の事なんか口先だけなのね。

 それでもこんな人気のある場所でこの話をするのはと思った。


 「少し外で話が出来ない?」

 「えっ?はい、いいですけど」

 ボルクも周りを見回し少し動揺したのか彼の指先が親指と薬指で摺りあわされている。

 ふたりで部屋の外に出ると廊下を歩いて中庭に出た。

 辺りはもう薄暗くなり始めていて誰もいない。


 「あの、それで何でしょうか?」

 ボルクは手短に済ませたいとばかりにすぐに口を開いた。

 「ええ、それがお父様がさっき帰って来たの。お父様はベルタード様を一緒に連れて帰って来られていて…どうやらあなたに話を聞くためらしいのよ。皇帝は毒殺されたんですって、だからあの夜あなたが皇帝の部屋に行ったことを怪しんでいるみたいなの」

 「だから言ったはずです。すぐに話は終わったと、私が毒殺するとでも?そんな事をすればすぐにわかること。それに側妃が名乗り出たはずですが」

 「でも、そのヒメルが皇帝は死んでいたって話を変えたらしいの。お父様は死刑が決まって恐くなったんじゃないかって…でも本当は毒を盛られたとわかっていたみたいなのよ。ねぇボルク本当にあなたじゃないの?だって昨晩あな田は最後の一線を越えなかったわ。あんなにお互いの気持ちもはっきりわかって納得したはずなのに…それってもしかして何か後ろめたいことがあるからじゃ?」

 シエルが問いつめるとボルクは慌てた。


 向き合っていた視線がいきなりそらされボルクは貌を左に向けた。

 昨晩の事を言ったのが悪かったのかすごく恐い顔になってシエルを怒鳴りつける。

 「シエル。いい加減にして下さい!昨日の事はやっぱりあんな噂のある時にすべきではないと思ったからです。シエル、君が非常識な事さえしなかったら俺だって!ったく…それに俺が皇帝を毒殺しただって?本当はシエルもそう思ってるんじゃないのか?それで俺に同情でもしたのか?もうすぐ捕まるかもしれないって?」


 どうしてそんなに怒るのよ。あなたは何でも私のせいにするのね。

 内心は腹が立っているがシエルは今までにたくましい男にこんな迫力で怒鳴られたことは今まで一度もなかった。

 恐怖で身体が震え始める。涙腺がジワリと崩壊して瞳には涙が溜まり始める。

 でも、涙を流したくなんかなかった。必死で涙を止めようとしたせいですごい顔でボルクを睨みつけてしまう。

 何よ。ボルクなんか。私はただあなたが心配で聞いただけじゃない!

 文句の一つも言ってやりたかったが喉がぐっと狭まったみたいで息をするのさえ苦しい。


 「ほら見ろ。何も言い返せないじゃないか。何の話かと思ったら、そんなくだらない話か。俺はもう帰らせてもらう。忙しいんだ。君だってそれくらいわかるだろう?」

 ボルクは今まで一度だってこんな夕暮れ時にシエルをこんな所に置いて行ったりしたことはなかった。

 それなのに彼は今ひとりで先に帰ろうとしている。

 これは相当動揺しているという事。でもどうしてそんなに怒る必要があるんだろう?

 シエルはこんなに我れを見失っているボルクを見たことがなかった。


 シエルはハッと気づいてしまう。

 まさか…まさか…まさか。いえ、やっぱりそうよ。ボルクが犯人なんだわ。

 だからあんなに動揺して取り乱したりなんかして… 

 何もかもがぴったり当てはまるとはこの事だ。

 あの夜の皇帝のひどい仕打ち。ボルクが怒りを抱くのは無理がない。最後に皇帝の部屋に行ったのもボルクだった。

 ヒメルはきっと今までひどいことをされていたんだわ。それで死んだ皇帝にナイフで刺した。

 捕まってきっとかなりひどい尋問だったのよ。それで自分がやったと言わされたんだわ。

 でも死刑が決まってやっぱり本当の事を言い出した。

 それなら納得がいくわ。やっぱり女性にあの皇帝を殺すだなんて無理だもの。

 じゃあ、ボルクは捕まるの?警備隊のベルタードが拘束してオーランド国に連れて行かれたらボルクは死刑にされてしまうの?

 いや!そんな事出来るはずがない。もとはと言えば私のせいなんだもの。

 私がボルクを呼んだりしなければ良かったんだわ。

 どうすればいいの?どうすればボルクを助けられるの?


 そうだわ。元はと言えば私にせいなんだから、私が殺した事にすればいいわ。

 シエルは覚悟を決める。

 ええ、犯人は私よ。私がボルクが皇帝の部屋から出て行ったあとで皇帝の部屋を訪ねた。でも皇帝が無茶を言ったから私は毒薬を飲ませて殺した。

 でも、どうやって…それはうまく騙して…そうそう媚薬だと嘘をついて飲ませたことにすればいいわ。

 シエルは決心する。

 そして父の待つ執務室に戻って行った。



 執務室に戻るとベルタードがいた。

 「お父様、まあ、これはベルタード隊長、その節は大変お世話になりました。父から聞きましたわ。皇帝陛下が毒殺されたって本当ですか?」

 「これはシエル姫様。お久しぶりです。ええ、実はそうなんです。私たちも国葬の後までこの事実を知らされていなかったのです。それで申し訳ありませんがあなたとウィスコンティン様にお話を聞かなければならなくなったのです」

 「ベルタード殿、まあ、少し座ってお茶でも飲んでそれに腹も減っているだろう?何でもつまんだらいい。君も疲れているだろう。さあ座って」

 国王であるルドルフは余裕の表情でベルタードにお茶をすすめる。

 事務官のオルガの煎れるお茶はおいしいと評判でテーブルには軽食としてパンやハム、フルーツなどが一緒に出されている。


 「ええ、そう慌てる事もないので。では遠慮なくいただきます」

 シエルも一緒に座ってお茶をも飲む。

 ベルタードがある程度食べ終わったところでシエルは話を切り出した。


 「ベルタード隊長…実は皇帝の毒殺の事なんですが」

 「はい、そのご事情はウィスコンティン様に聞こうと思っていたのです。シエル姫様は部屋に戻られたとお聞きしておりますので何も心配なさる必要はありませんよ」

 「いえ、違うんです。ボルクは確かに私を部屋に連れて戻りまた皇帝のお部屋に行ったのだと思います。私が部屋を出るときも後で話があると皇帝はあっしゃっていましたし…でも、皇帝を殺したのは彼ではないんです。私は夜遅くにもう一度皇帝のところに行ったのです。何とかボルクの事は許してほしいと頼もうと思ったから、でも皇帝はボルクを許さないと言って。だから私…」

 シエルの話を聞いて国王ルドルフは立ち上がってシエルの腕をぐっとつかんだ。

 シエルを睨みつけ怒鳴り散らすように話を始める。

 「シエル?お前自分が何を言っているのか分かっているのか?そんな事を言えばお前はオーランド国に連れて行かれて死刑になるんだぞ。それにもしお前がそのようなことをしたとすれば両国の信頼関係はなくなってしまう。今、オーランド国に見限られたらこの国の食料事情をどうするつもりなんだ?いい加減な事を言うのはやめなさい!」

 「ごめんなさい。ボルクが死刑になるかもって思ったら私…」

 「嘘をつくな。いい加減にしないと承知しないぞ!」

 ルドルフはシエルを脅すようにきつい口調で言う。


 ベルタードは国王になだめるようにまあまあと言う仕草をする。

 「国王陛下、シエル姫様の話を聞いてみようじゃありませんか。シエル姫様それでは毒はどうやって皇帝に飲ませたんです?」

 ベルタードは落ち着いた様子でシエルに聞く。

 「ど、毒は…お酒に混ぜて飲ませたわ」

 「そうですか。では、毒は何の毒でしたか?」

 「そ、それは…トリカブト。そうトリカブトよ。私隠して持ってたの。何か不都合があったら自分がそれを飲むつもりで持っていたのよ」

 「そうですか。トリカブトですか」

 ベルタードは意味ありげにシエルの言った事を繰り返した。



 バーン!

 いきなり大きな音がした。

 ドアが開いてボルクが入って来た。

 ボルクはシエルがあんなことを言ったせいでベルタードが自分を疑っている事を知った。

 それで話は早い方がいいとここにやって来たのだ。

 すると部屋の外にまで聞こえる声がした。

 国王のルドルフの声が聞こえた。シエルが何を言ったのかすぐにわかった。

 まさか、シエルがそんな事をするはずがないだろう?俺のところに皇帝を殺していないか聞きに来たんだ。

 でも、今はシエルの疑いを取り除くことの方が大切だと。


 「ベルタード隊長、違うんです。シエル様は何もやってはいません。私です。私が皇帝陛下を毒殺したのです」

 「ウィスコンティン様?」「ボルク!」「ぼるく?」

 ベルタードも国王もシエルも一斉に名前を叫んだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...