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33ジュリエッタは嫌いです
しおりを挟むその翌日王宮で定例のお茶会が開かれた。
高位貴族のご婦人の集まりでシエルも招待してもらった事のあるものだ。
シエルは忙しいので行くつもりはないと言いたかったが、今回のお茶会は今度の国王主催の夜会で寄付を募ることになった話だったので参加しないわけにいかなかった。
シエルは王宮内の会議室に入るとすぐに声を掛けられた。
「まあ、シエル様これはおめずらしい。オーランド国では大変だったと伺いましたわ」
ジュリエッタが親し気に話しかけて来た。
ジュリエッタ・スタンフォース公爵夫人。シエルが婚約破棄されてその後スタンフォース公爵と噂が囁かれ始めるとすぐに婚約発表がされた。
ジュリエッタはカッペン辺境伯の妹だったが、行儀見習いと言う名目で王都アジュールに滞在していて事あるごとにあちこちの夜会に出没するという有名なご令嬢でもあったのだが、狙いをつけたのがスタンフォース公爵だったとはと皆が思ったものだった。
どうしてジュリエッタがここに?まだオーランド国にいるはずじゃぁ?
「まあ、これはスタンフォース公爵夫人お目にかかれてうれしゅうございますわ。ご心配ありがとうございます。ですが無事に皆さん帰ってこられましたので私も一安心です。それよりジュリエッタ様こそもうお帰りに?オーランド国に行かれたとお聞きしていましたけど」
「ええ、私は砂漠には慣れてますの。砂漠を超えれば早い事はご存知でしょう?」
「もちろんですわ。まあ、すみません。皆さま今日はありがとうございます。では、早速本題に入りましょうか」
シエルは、何事もなかったように高位貴族のご婦人方を見回した。
ここにはセルベーラ国の3つの公爵家。スタンフォース公爵夫人、宰相を務めるフランツ・ロガナート公爵夫人、フェルセン公爵夫人が揃っていた。
「ええ、シエル様も国王代理が不在で色々大変でしょうけど、こちらも毎年の欠かせない定例行事ですので」
そう言ったのはフェルセン公爵夫人だ。
「今年も教会への寄付と王都の貧民街への寄付。孤児院もお忘れのないようにお願いします」
フェルセン公爵夫人はずっとこの活動を支えている方でいつも采配を振るわれるのはこの方でしたわ。
シエルは頭の中で記憶を整理する。
「ええ、寄付はもうすでにそれぞれの領地の公爵家、伯爵家などから寄せられていますので、後はそれぞれの配分を区分けして品物、金品など公平に行きわたるよう仕訳けて行けばよろしいかと思います」
はっきりした口調でてきぱきと話をしたのはロガナート公爵夫人だった。
「では、もう手はずは終わっているのですか?」
シエルは何いための会議なのかと思った。
「はい、会議と言いましてもいつもの事ですので後は私たちでやっておきますわ。シエル様は執務もお忙しいでしょうし…」
「では、後は任せてもよろしいのですか?」
「はい、シエル様には詳しいことをアジュールの都長からお聞きいただいてそれを知らせて頂ければ、後の事はさほど手を煩わせることはありませんので大丈夫です。オホホホ。ではこれで話は終わりですわね。皆さまではそれぞれよろしくお願いしますね」
フェルセン公爵夫人がそう言って会議は終わる。
夫人が席を立ち部屋を後にし始める。
ジュリエッタがシエルに何か言いたいと目くばせをして微笑んだ。
シエルは嫌な予感がしたが、うなずいて他のふたりが退室するのを待つ。
ふたりが出て行くとすぐにジュリエッタが話を始めた。
「そう言えばシエル様、例の件ですが…」
「何のことでしょうか?」
なに?思わせぶりな言い方だわ。シエルはカチンとくるがそこは笑顔で流す。
「オホ。こんなお話皆さんの前でするのもどうかと思いましたので…」
ジュリエッタは扇で顔を隠してシエルを見る。
「あら?どのようなお話かしら?」
もう、ほんとに嫌なタイプ。シエルはいやな顔をしそうになって慌てて顔を引き締める。
「それが私の叔母がオーランド国の皇妃であることはもうご存知でしょう?だから私にはいろいろな情報が耳に入るのですが、あの側妃が部屋に入った時には皇帝は死んでいたと言い始めたのです。すでに亡くなっていた皇帝に今までの辱めが我慢できずにナイフで皇帝を刺したのだと言い出したのです。だから自分は皇帝を殺してはいないと…そんなはずがある訳がと最初は取り合っていなかったものの、皇帝に毒が盛られていたと他の側近が言い始めまして、では誰が毒を盛ったのかという話になったというわけですの。あの夜シエル様が部屋を出られたあとウィスコンティン様が皇帝のところに行かれたのでしたわよね?ですからあの方にもう一度事情をお聞きするよう宰相が手配したらしいですわよ。もうすぐこちらにオーランド国の騎士がウィスコンティン様にご事情を聞くためにお越しになるはずです。でも、安心ですわよね?きっと何かの間違いに決まってますもの。あんな噂、私も信じてなどいませんからご安心ください。ですが取りあえずお知らせしとこうと思いましたの。では、失礼しますわシエル様」
ジュリエッタは怪しげな笑みをこぼすと一礼して部屋を後にした。
シエルは会議室の椅子にどさりと体を落とした。
あの皇帝が毒殺で?でも、宰相もはっきり側妃がナイフで殺めたと言われたのに今さら何がしたいの?
それよりもお父様は大丈夫なのかしら?
そんな話が出ては国葬に行った父の事が気になり始める。
ジュリエッタは砂漠を超えて早く帰って来たが、父は安全はルートで帰ってくるはずだからまだそのことを知らないのかもしれない。
もし父のいない時にオーランド国の騎士がボルクを差しだせと言ってきたら?
でも、彼がそんな事をするはずがないわよ。
ふっと昨夜の彼の様子が思い浮かんだ。
どうしてボルクは最後まで…
なぜ途中で辞めてしまったの?
ボルクは私が部屋に戻ってまた皇帝のところに行ったのよね?
ま、まさか…彼がそんな事をしたのだとしたら?
だから彼は私と繋がることを拒んだの?
いらぬ方向に回っていく考えにそんなはずがないと否定をしたいが、色々な状況を考えればそれも有りうることだと思えてしまう。
どうしたらいいの?ボルクを守らなきゃ。
ううん、彼がそんなことするはずがない。でも、あの時の様子を見たボルクは頭に血が上って咄嗟に毒を盛ったのかもしれないじゃない。
彼は私を守るためなら命だって投げ出すもの。
でも、毒を盛るなんておかしいわ。彼なら剣で殺す事も出来るのに…
私がやきもきすると分かっていてジュリエッタったらわざとこんな嫌な話をしたんだわ。
スタンフォース公爵の時だってあの噂にもかかわっていたって言ってたし、その後すぐにふたりは婚約までしたし…
沸々と彼女への恨みが湧いてくる。
”も、もぉ!ジュリエッタあなたなんか大っ嫌い!”
それでもジュリエッタの思惑通りにシエルはボルクの事が心配で仕方なくなる。こうなったらボルクに直接聞いた方が早いわ。
今日は執務が手いっぱいで夜にしか時間が取れないけれどボルクに話があると伝えておけばと思った。
「オルガ、悪いけどボルクに今夜話があると伝えておいて欲しいの」
「はい、わかりました。ウィスコンティン様ならきっと治安府の方にいらっしゃるでしょうから、後で伝えておきます」
「ええ、頼んだわ。私は今からアジュールの都長から少し話を聞かなきゃならないから」
これも今度の夜会で貧民街への寄付の事も関係していて貧民街の状況などを知るために必要な事だった。
その状況を後でフェルセン公爵夫人に伝えるのが役目だった。
執務がほとんど終わるころに突然部屋の扉が開いて父のルドルフが入って来た。
「シエルただいま。執務ご苦労だな。私の代わりに大変だったろう?」
「えっ?お父様。どうして?お帰りになるなら知らせて下されば良かったのに…でも、どうしてこんなに早く帰ってこれたのです?」
驚くのは無理もない。予定では早くても後3週間くらいはかかるはずなのだ。
「いや、国境の辺りでとまどってな。それにオーランド国の国境警備隊も同行することになって砂漠を超えて帰って来たんだ。だからこんなに早く帰ってこれた」
「とにかくご無事でなによりでした。でも、その国境警備隊が一緒とはどういう事ですの?」
「ああ、それが…」
ルドルフは一度周りを見て人がいないことを確かめると話を始めた。
「皇帝殺害の件なんだが、どうも犯人が申し立てを変えたらしい。自分は殺していないとな。どうも皇帝はすでに死んでいたと話しているそうだ。だが、わたしは死刑が決まって罪をのがれようとしているのかもと思ったのだ。そしたら国境警備隊の隊長のベルタードがボルクに話を聞くのでセルベーラ国に行くと言い出して、それで本当は皇帝が毒殺だったと知ったんだ。どうやら皇妃が大事にしたくなくて毒殺の件を伏せていたらしい」
シエルの顔から血の気が引いていく。
思わず身体がかしいで父が素早くシエルを支えてくれた。
「大丈夫かシエル?」
「ええ、でもボルクがそんなことするはずがないわ。そんなの何かの間違いよ!」
「ああ、私だってそんな事は思ってもいない。だが、オーランド国にしてみればボルクが部屋を訪ねたことははっきりしているんだ。事情を聞かないわけにはいくまい。いいから心配するな。私が話をきちんと聞いてベルタードには帰ってもらうから」
「いいえ、お父様、私に先に話をさせて、私ボルクのところに行って来る。もしベルタード様が来られたら待ってもらって。いいでしょう?」
「ああ、そうだな。シエルにも関係のあることだしな。さあ行っておいで」
そう言われてシエルは急いで治安府の執務室に走った。
ボルクが皇帝を殺めるはずがないわ。
ずっとそう言い続けながら。
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