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32-1ボルク、私を抱いてください
しおりを挟むその日も忙しく一日が過ぎて行った。
仕事を終わらせてボルクは王宮にある自分の部屋に戻った。
騎士隊長をしていた頃は騎士隊の宿舎が自分の家替わりだったが、諜報部に所属するようになってからは王宮内にある治安府で仕事をすることになり諜報活動に出ている時は別としてそれ以外は王宮内での仕事が主だった。
シエルの父の下で働いていることもあってルドルフがボルクには諜報部の隣に部屋を与えてくれた。
部屋と言ってもリビングも寝室も一緒になった小さな部屋で、一つの部屋に机と椅子それにベッドがある。
その隣に小さな風呂があって男ひとりが生活するには十分だった。
それに今ではルドルフが国王になったため王宮内にルドルフの私室もあるし、シエルも仕事で遅くなった時の為にと私室が用意されていた。
ボルクは王宮を出てすぐにある食堂で夕食を済ませると、部屋に帰って風呂に入った。
任務中はきちんと皆を送り届けるまではと緊張が続いていたので、自分の部屋で風呂にのんびり入ってホッとしたところだった。
いきなりドアをノックする音がした。
もう夜もかなり更けていた。
こんな時間に誰だ?思い当たったのはサージェスだった。
あいつこんな時間に何だ?
ボルクは誰かも聞かずにドアを開けた。
「し、シエル‥様。どうしたんですこんな夜更けに」
ボルクは風呂から出たばかりで、上半身にはシャツを羽織っただけで、下はズボンをはいていたからよかったものの、驚いて声を上げた。
「しー。ボルク声が大きいわ。とにかく中に入れて」
「ですが、こんな夜更けに女性を部屋に入れるなど」
「私を追い出すつもり?」
「いえ、とんでもありません。どうぞ、でも話は手短にお願いします」
ボルクがそんな事を言うのは他にも理由があった。
何しろシエルの服装は、ガウンを羽織ってはいるものの下は寝間着姿じゃないのか?とボルクは思った。
襟元をきっちり合わせてはいるが足元は素足で足首が見えていたからだ。
それにこんな時間、彼女がそんな事をする理由が分からなかった。
シエルはボルクの部屋にさっと入った。
「それで、どんな御用なんです?」
ボルクがシエルに声を掛ける。
「あなたとふたりきりで話がしたかったの。だって昼間はすぐに邪魔が入るでしょう?今日だって…」
「でも、そんな事をしたら今はそうでなくてもあんな噂が立っているんです。シエル様も誤解を招くようなことは避けなければ…」
ボルクの機嫌は悪い。
指先は親指と人差し指が摺りあわされて。
シエルはボルクの部屋の中におずおずお入って行く。
「やっぱり男の人の部屋ってほとんど必要な物しかないのね。それに意外と片付いてるみたいだし」
シエルは机の上を手のひらでなぞりながらそんな事をつぶやく。
「この部屋は寝るためだけに使ってますから、昼間はほとんど使うこともないので散らかるほどの事がないのです」
ボルクはシエルが何を言いたいのかさっぱりわからない。
とにかくここから早く出て行ってもらわなければとそのことばかり考える。
ボルクの気も知らないでシエルは彼のベッドに腰かけた。
「やっぱり男の人だからベッドも大きいのね。意外とフカフカだわ…それに燭台のせいかしら?意外と明るいのね」
ボルクの部屋にはきっと書き物をするためだろう。燭台がふたつあり、ロウソクが数本灯してあって部屋の中が良く見えた。
「いえ、シエル様そんな事はいいから話は何なんです?」
いい加減焦らされてボルクもあせり始める。
「もう、ボルクったら恐いわ。そんな言い方しないで…あのね。私これを持って来たの。見て。この小瓶の中に入っているものが何かわかる?」
「その小瓶誰かがあなたに?まさか毒でも入ってるんじゃ…」
ボルクは慌ててシエルからその小瓶を取り上げようと手を伸ばす。
シエルはだめよ。とでも言うようにその小瓶を口につけると一気にそれを喉に流し込んだ。
「シエル様!何をされるんです?それは何なんです?」
ボルクは慌ててシエルに駆け寄った。
「もう、ボルクが焦らせるからよ。私だってあなたにきちんと話をしてから飲むか決めようと思っていたのに…」
「いいから話をはぐらかさないで下さい!それは何なんです?まさか毒薬じゃありませんよね?シエル様!」
「毒薬だなんて…これは媚薬よ」
「そんなものをどこで?ほんとに媚薬なんですか?あなたに何かあっては…」
ボルクはまだ信じれないと険しい顔でシエルを問い詰める。
彼女はベッドに座ったままで彼はその目の前に立って疑わしい目つきでシエルを見据える。
「本当よ。だから心配しないで…ああ…何だか身体が変だわ。ボルク。私、身体が熱くてたまらないわ」
シエルは襟元を合わせていたガウンをはだけた。
中には薄手の淡い橙色の寝間着を着ているせいで胸の形が薄っすらとわかる。
「どうして媚薬なんか飲んだのです?あなたが苦しい思いをする事になるんですよ。これから身体が火照って来てどうしようもなくなるはずです。待っていてください。今、水を…」
水はベッドのサイドテーブルに置いてある水差しに入っていた。
ボルクは脚を一歩踏み出す。
「いや、ボルク。どこにもいかないで」
シエルは何を勘違いしたのかボルクに縋りついた。
「大丈夫です。どこにも行ったりしませんから…水を飲んだ方がいい。さあ…」
そんな可愛い仕草をされたら、シエル様俺だって男なんですよ。
あなたが好きでたまらない俺にそんな事をしたらどうなるかくらい…
こんな夜更けに尋ねて来たと思ったらいきなり媚薬を飲むなんてほんとにどうかしてます。
俺が狼になったらどうするんです?
ボルクはシエルに身体を寄せられて彼女の柔らかな肌を感じそんな事を思う。
ぐっと衝動をこらえてシエルを引き離そうとする。
「さあ、ここに座って、いいですね?じっとしてて下さい」
「いや、ボルクもここに来て…私のここ、すごくドクドクしてるのがわかる?ねぇボルク、大丈夫かしら?ほら、こんなになって」
シエルはボルクの手をぐっと掴むといきなり胸に押し付けた。
確かに心臓は大きく鼓動を打ち脈打っている。
そんな事より触れた胸があまりに柔らかくてその感触がひどく心地いい。
「な、何をするんです?こんなばかな事すぐにやめて下さい。いくらシエル様だからっていい加減にしないと怒りますよ!」
指先はその胸をぐっとつかみたい衝動を理性で何とか阻止する。
くっそ。シエル君は何もわかっていない。男は野獣になるって事を…
ったく!こんなことをして何をする気なんだお前は。
柔らかな感触の残る押し付けられた手をぐっと握り返してシエルの手を宙に浮かせて離す。
「だって苦しいの。身体が熱くてお腹が疼いて…ボルクお願いキスして…」
シエルはそんな事を言いながらガウンを脱ぎ捨ててしまう。
シエルの寝間着は合わせの部分がリボンで結ばれているだけで、そのリボンをほどけばするりと前がはだけてしまうデザインで…
それによく見ると下着も付けていないらしく…
おい。待てシエル。こんな事してはいけないってわかってるだろう?
昼間に俺が話していたことを聞いただろう?
俺達に間違いはなかったって胸を張って言いたくないのか?
こんなことをすればオーランド国の皇帝を殺めた疑いを掛けられるかもしれないんだぞ。
待て、待てったらシエル。
ボルクの脳は理性と本能の板挟みになり、何とか理性を保とうと必死でそんな事を思ってみる。
「ああ…苦しいの。ボルク助けてお願い…」
シエルはとうとうベッドに転がり胸元をかきむしるような仕草をした。
そのせいで胸元がはだけてしまう。
胸の膨らみがのぞいてボルクの脳芯は発火しそうになる。
ばか!やめろ。シエルこらっ!
「あっ…息が…息が、出来ないの。ぼ、ボル、クぅ…」
シエルが突然苦しみだした。
ボルクは慌ててシエルに覆いかぶさるようにして彼女の顔に自分の顔を近づける。
「し、シエル?大丈夫か?しっかりしろ!」
彼女の頬を両手で挟んだ。
いきなりシエルの上半身が浮き上がり腕が俺の身体に絡められた瞬間。
シエルに唇を奪われる。
「…ッツ!」
シエル!
な、何をするだ!くっそぉ。
俺の力をもってすればシエルなどすぐに振り払えるだろう?
だったら早くシエルの唇を突き放せ!
そっと押し付けられた唇が離れて「ごめんなさい。わたしったら…」シエルの唇からそんな言葉が零れる。
彼女は唇をぎゅっときつく噛みしめて顔を横にした。
その拍子に片方の眦から涙が頬を伝う。
シエルがどうしてこんなことをしたのかもうわかっていた。
今日、俺は君を愛していると言った。
シエルも俺を愛してると言ってくれた。
お互いを求めているとあの時からわかっていたんだ。
でも、それがオーランド国に行かなければならなかったから。
皇帝にシエルの初めてを捧げるために。
だが、皇帝は死んだ。
もう何をためらう必要がある?
シエルはそう言いたいのだと、ただ、俺がそれに応えようとしないから。
俺は彼女を傷つけている。シエル。君を傷つけようなんて思った事もない。
いつも君を守りたい。ずっとそのことばかり考えて来たんだ。
だったら、何をためらうことがいる?
「シエル?こっち見て」
ボルクはシエルの手首を押さえつけ彼女の身体の自由を奪うと唇でシエルの眦から流れ落ちた涙の後に口づけるとぐっと噛みしめた彼女の唇にそっと触れた。
ふわりと唇の戒めが解かれるとボルクはその唇をいたわるようにそっと羽のようなキスをした。
「…ボルク?」
「君って人は…ったく。俺をどれだけ煽る気なんだ?」
「だって…だって…こうでもしなければあなたは私の事なんか触れてもくれないわ」
シエルは恥ずかしそうに耳朶を染めながら頬を膨らます。
はぁっ?そんな顔するなんて反則だろ!
ボルクの自制心を根底から揺るがした。
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