一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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31-2人の噂なんか

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 こんなの嘘だわと叫びたくなる。

 ボルク。あなたはそれで平気なの?

 ええ、確かにあなたとの間には決定的な事はなかった。

 それはボルク貴方が押しとどまっってくれたから。

 でも、私はあの時ボルクのものになってもいいと思ったわ。



 シエルは思う。あの夜の事はなんだったの?

 ボルクあなたは私を好きだって言ってくれた。

 でも今まではそれをはっきり言う事なんて無理だった。

 もちろん出来るはずがなかったってわかってるわ。

 いつだって国のため民のためにとそんな事もわかってるわ。

 でも、こうやって国に帰って来て私は思ったの。

 どんなに誤魔化してもボルク、あなたが好きだって。

 だから今度こそはっきり好きって言いたいって。

 もう、嘘やごまかしはいやだって思ったのよ。

 でも、あなたはまたそうやって私たちの間には何もないふりをするつもりなの?

 噂なんて人はすぐに忘れてしまうわ。

 疑われたって私たちは何もしていないんだもの。

 だからこそ私は貴方を好きだって思いをもう隠したくない。

 ボルク。あなたと離れていた分だけ思いは募ったの。

 あなたがもっともっと好きだと気づいてしまったのに。



 もやもやした気持ちがまた入道雲のように心の中に沸き上がる。

 喉の奥にそんな言葉を押し込もうと無理やり指を押し込みたくなる。

 彼はこんな事望んでいないのだ。



 胸の奥が張り裂けそうで叫びたくなりそうな衝動をぐっとこらえる。

 こんな時でも私は国王の娘としての振る舞いを忘れてはいけないの?

 ええ、もちろんそうですよねお父様。

 何とか涙を押しとどめるとくるりと向きを変えて執務室の机に目を落とした。

 いまだにボルクの顔さえまともに見る事も出来ずにいる。


 「シエル様。私たちは何も悪いことはしていません。ですから正々堂々としていらっしゃればいいんです。あの…?本当に大丈夫ですかシエル様?このところ大変だったとお聞きしていますが…」


 ボルクの心配そうな声。

 私の何を知ってるって言うの?

 あなたはいなかったじゃない!

 やっと押しとどめた気持ちが鎌首を持ち上げる。

 「ボルク?あなたずっといなかったのに何を聞いたって言うの?」

 「いえ、サージェスが主な情報元なのですが…それに私にはガルと言う頼りになる奴がいるので、その都度色々とあなたの事は…」


 思わず彼を睨みつけているのに、ボルクはいきなり機嫌がよくなったのか親指と中指を擦り合わせ始めていて…

 シエルはなぜか動揺した。

 まさかわたしが貴方を恋しがっていた事も知っているの?

 「嘘うそ、嫌だボルクったら、いつそんな事してたのよ。私何もしてないわよ。あなたに会えないからって泣いたりなんか…」

 シエルはかぁっと顔が熱くなって思わずボルクから顔を背ける。

 きっと耳たぶまで真っ赤になっているに違いない。

 「もう、見ないで下さい。私はあなたの事など考えてなんか…」いるもんですかと…

 やだ、私。


 「シエル?もしかして私に会えないからと泣いてたんですか?寂しいって?どうなんですか?はっきり聞かせてください」

 突然ボルクはもう我慢できないとばかりにシエルに近づいた。

 さっきまで眉間の間にしわを寄せて難問でも解いていたような顔をしていたのに、一変して瞳が輝き目尻にしわを寄せている。


 「もういいの。あなたにその気はないみたいだし、私は行き遅れでこの先貰い手もいないだろうし…ボルクも早くいい人を見つけて結婚すればいいんだわ」

 だってボルクはそんな気はないんですもの。そうよ早く結婚でも何でもすればいいのよ。

 誰が貴方を好きって言うもんですか。

 シエルは貌をプンと反らす。


 「シエル様そんな事を本気で思っているのですか?私があなた以外の人に惹かれることなど未来永劫あり得ません。私は…いえ、こんな事言うべきではありませんね。では」

 ボルクはそう言って一瞬硬直した。

 そしていけないと急いで身をひるがえす。

 その腕をシエルは掴んだ。


 「ボルク!…お願いあなたの本心を聞かせて?私はあなたが好きよ。でもオーランド国に行くことになって仕方なく諦めようとしたわ。でも運よくこうやって側妃にもならずに帰ってこれた。もう自分を偽るのは疲れたの。噂なんかどうだっていいわ。噂通りの事は決してなかったんだもの。私はもう逃げたり隠れたりしたくない。ボルクだってお互いの気持ちをはっきり認めるきだと思わないの?」



 「いえ、そんな事は無理です。そんな事をすればまたどれほどあなたが傷つけられるか…ですがシエル、私もあなたを愛しています。心からずっとあなただけを愛しています。もう自分の気持ちを隠せそうにありませんが、ただ私はシエル様あなたのおそばにいれるだけでそれだけで満足なんです」

 「そんなのいや、私はあなたと一緒にいたい。あなたしかいないの。ボルクあなたを愛してるんです。だからあなたも素直になって…」



 ボルクの手が自然とシエルを引き寄せた。

 顔は切なげに眉が寄せられて離れているのがつらいとでも言いたいのかいきなりシエルの耳朶を口に含み熱い吐息を吹きかけた。

 そして視線が絡み合うと柔らかな唇がシエルの唇に落ちて来た。

 何度も口づけをかわすうち甘い吐息が漏れ、そしてふたりは互いを見つめ合って笑った。

 シエルはボルクと初めて心が繋がった気がしてうれしくてたまらなかった。



 突然ドアがノックされた。

 ふたりはパッと離れるとボルクが返事をする。

 「はい、誰だ?」

 「事務官のオルガです」

 オルガは国王や宰相の補佐として執務を任されているベテランの事務官だ。今はシエルと二人で国王の留守の間の事務処理を一手に任されている。

 

 シエルは一度髪を撫ぜつけ机の引き出しから手鏡を取り出して顔を見た。

 唇も大丈夫。顔は?赤くないわね。

 シエルはほっと息をつくとオルガに入るよう言った。

 「オルガどうぞ入って」


 「失礼します。これはウィスコンティン様、お久しぶりです。ああ、やっと帰ってこられたんですね。ご無事で何よりでした」

 オルガが入って来た。ボルクの顔を見ると嬉しそうに挨拶をした。

 「やあ、オルガ久しぶりだな。ありがとう。今回は参ったよ。まさかオーランドの皇帝があんなことになるなんてお前想像できるか?」

 ボルクは何事もなかったようにオルガに話を振る。

 「ええ、驚きました。でもそのおかげで我が国の大切な人を失わずに済んだのですから…それにシエル様が今か今かとあなたの帰りを待っておられましたよ」

 「もう、オルガったら何を言うの」

 やっと冷静さを取り戻していたシエルがまた赤くなった。



 「でも、本当の事です。シエル様は仕事も満足に手についていないようでしたし…」

 オルガはふたりがお互いに気があると勘づいていたが、今まではそんな事は絶対に言えない雰囲気だった。

 でも、まあオーランド国への側妃の一件が頓挫してこれはもしかしてと思っていたのだ。

 「オルガ、何を期待してるんだ?土産はないからな。それにシエル様だって困ってるだろ?」

 ボルクはそんな事を言ったがそれはもう嬉しそうに笑っている。

 もちろん指先は親指と中指が摺りあわされている。



 「そうよ。オルガったら時々おかしい事を言うんだから…私はただみんなが心配で、だから」

 「はい、はい。すみませんね。年よりはまどろっこしいことが嫌いなもんで、早く告白すればいいじゃないですか?お互い独り身で好きなものどうしなんですから…」

 「オルガ!」

 シエルが怒る。

 オルガは唇の前で摘まんだ指先を右から左に動かす。

 ”はい、はい、お口は閉じます。”と合図を送る。


 「シエル様、私はこれで失礼します」

 ボルクは早く退散しようとしている。

 「ええ、顔を見せてくれてありがとう。べルールやアマルの事本当にありがとう」

 「いいえ、とんでもありません。任務ですから。では失礼します」

 ボルクはすこぶる機嫌よく執務室を後にした。


 シエルはそんなボルクをそっと見送る。

 そして思ってしまう。

 やっぱり私から行かなければ無理みたいだわ。



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