一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

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30えっ、国に帰れるんですか?

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 ボルクはシエルの部屋に入るとすぐに話を始めようとした。

 シエルはもう着替えも済ませて朝食も終わっていた。

 だが、先に話を始めたのはシエルだった。

 「ボルクったら心配したのよ。昨夜あれからどうなったの?私はボルクが部屋を訪ねて来るかもと思って待ってたのよ」

 シエルはきっとずっと眠れなかったに違いない。少し疲れた顔をしていた。


 ボルクの顔から笑みが消える。

 すっかりシエルの事を忘れていた。

 皇帝が亡くなったと知って喜んでやってきたが…

 ボルクの指先は親指と中指からすぐに薬指に変わる。


 「シエル姫すみません出来たご心配をかけて、昨夜は後で処分を考えると言われてすぐに皇帝の部屋から自室に戻ったんです。いえ、そんな事はもういいんです。実は奇跡が起こりました。驚かずに聞いてください。皇帝は今朝亡くなりました」

 「今なんて言ったの?皇帝が亡くなったですって?」

 「そうです。昨夜陛下の部屋に来ていた一人の側妃が朝、陛下を訪ねたそうです。陛下の機嫌が悪かったらしく、彼女は逆上してナイフで…」

 シエルは目をぎゅっと閉じた。

 「すみません。恐がらせてしまって…」

 「ううん、でもボルク、陛下の機嫌が悪かったのは、もしかして私のせいじゃなかしら?」

 ボルクは胸が熱くなる。シエルはなんて優しい。

 自分が皇帝を拒否したからだなんて理由は全然違うんです。

 俺が思うには皇帝は俺が気に入ったことでその女性に冷たく当たったのだろうと思うんです。

 それって全く喜ぶべきことではないんです。

 むしろ逆なんですが。

 ヒメルとやらが逆上してそんな事をするとはだれも予想してはいなかったでしょう。

 でも、俺はほんと、心からよくやってくれたと言いたいです。

 彼女には悪いがとにかく俺も姫も助かったんですから…

 ヒメルにはまじで感謝しかありません。

 俺はもし皇帝が死んでいなかったらと思うとぞっと身の毛がよだつ思いなんですよ。

 ですからシエルには全く原因はないんです。

 安心してくれていいんですシエル。

 この時ボルクの脳内ではこのようなやり取りが行われていた。

 「そのようなことは絶対にありません。そうだ。姫もしかしたらこのままセルベーラ国に帰れるかもしれません。まだ決まったわけではないのですが、私からもそうなれるよう話をしてみるつもりです」

 「まあ、ほんとにそんな事出来るのボルク?」

 シエルが嬉しそうに笑う。 

 「まあ、私ったら皇帝が亡くなったのに喜んではいけないわね。ごめんなさいボルク。あなた無理しないでね。私はもうこの国に来た身なんですから。帰れなくても仕方のない事です…」

 シエルは喜んだことをいけないことをした子供のように謝った。


 ボルクの脳内ボルテージは一気に上がる。

 可愛い。可愛い。可愛い。シエルなんて可愛いんだ。

 俺はそんなあなたを全力で守ると誓います。

 自然に指先はもう止まる事を知らずに中指が痛くなるほど擦っていた。


 その日ボルクたち騎士隊は喪に伏すために部屋で静かに過ごした。

 シエルは皇帝の部屋の隣から別室の客間に部屋を移されていた。

 侍女のメルロがすべてを取り仕切ってシエルは自分の身ひとつ動かすだけで良かった。

 シエルも喪に服すという姿勢で日々を過ごしていた。


 **********


 皇帝が亡くなって数日が経った。

 シエルとボルクは宰相のヘルラードに呼ばれた。

 「この度は皇帝陛下の事お悔やみ申し上げます」

 シエルが部屋に入ると一番にお悔やみを言った。

 宰相は椅子に座るよう言うとすぐにお茶が運ばれて来た。

 「いえ、こちらこそ来て間もないあなた方には嫌な思いをさせてしまったことお詫びします。まあ、お茶でも飲みながらお話を…」

 シエルとボルクは部屋の中央にあるソファーに腰かけてお茶を頂く。

 一緒に出されたお茶菓子も勧められるままシエルはクッキーを一つ摘まむ。


 そしてやっと宰相が重い口を開いた。

 「我が国の皇帝にはいろいろ問題もありましたがこうなってはもう何も言うことはないとしか言いようがありません。次の皇帝には皇太子であるラグナン様が即位されますので国葬が終わり次第即位をされることになります。皇妃様も側妃の方々の事は手厚く保護するようにとはおっしゃっておりますが、今までのように離宮にてお過ごしいただくのはもう無理だろうと言われておりまして、それでいかがでしょうか。シエル姫様にはまだ皇帝とのご関係もなかった事は明白ですし、もし良ければこのお話は取り消しとさせていただけないかと思っております」

 「あの、それはどういう?」

 思わず手に持ったクッキーがポロリと床に落ちた。

 シエルにはどういう意味にとっていいかわからなかった。


 すかさずボルクが宰相に尋ねる。

 「宰相様。それは側妃としてこの国に来るお話がなかった事になると言う事ですか?」

 「ええ、そうです。シエル姫様にもご不快なお話で申し訳ありませんが、決してシエル姫様に非があるのではございません。あくまでこちらの都合ですので、もちろん取引の話はこのまま穀物の輸出は続けさせていただきますし。両国の関係に何の問題も生じることはございませんのでご安心ください」

 宰相は申し訳なさそうに何度もオーランド国の都合だとはっきり告げた。


 「わかりました。そう言う事でしたらこちらとしてもそのお気持ちをありがたくお受けするということで構いませんね姫?」

 ボルクは念を押すようにシエルを見た。

 シエルは黙ってこくりとうなずいた。

 「では、いかがでしょうか?国葬までにはまだ1ケ月ありますので、やはり国王であるシエル姫の御父上のルドルフ王に出席させて頂く方が良いのではないかと思います。シエル姫には早速ではありますが帰国の準備をさせて頂たく思いますが?」

 「ええ、構いません。それでは側近にそう申し伝えます」

 「ありがとうございます。支度はこちらでするので皆さんお忙しくしてらっしゃいますでしょうから」


 そこに皇帝の妃であるティロースが入って来た。

 「これはお妃様」

 宰相がそう言ったのでシエルとボルクは立ち上がって頭を下げて挨拶をする。

 「皇妃様、この度はお悔やみ申し上げます。さぞ、お辛いかと存じます」

 「ありがとう。シエル姫だったわよね?つい昨日側妃になられたばかりでこのようなことになって申し訳なく思っておりますのよ」

 「とんでもございません」

 「あなた方には帰って頂いても結構だとお話していましたの。でもね、私気づいたことがあるんです。昨夜陛下の寝室に護衛騎士の方が乱入されたとか?それはどういうことですの?もしかしてそのことが今回の事と関係があるのではありません?」

 ボルクはぎくりとする。

 いや、何も関係はないが気持ちでは大いにあるのだから…


 宰相が迷惑そうな顔でお妃に話を始める。

 「いえ、お妃様、そのことについては私の方でお話を伺いましたので、全く問題はなかったと認識しております。この件は片付いております」

 だがお妃はしつこかった。

 「宰相。ですが陛下の寝室にまで男性が入って来ると言うのは普通ではありませんわ。私シエル姫とこちらの騎士の方が関係でもあるのではと思いましたのよ。それで陛下がたいそう怒ってヒメルに八つ当たりでもしたのではないかと…ヒメルは何か勘違いしてあんな事をしたのではないかと思いましたので。まあ、ヒメルをかばう気はさらさらありませんけど」

 ティロースはシエルとボルクをねめつける。


 「お妃様、陛下の振る舞いはあまり褒められたものではありませんでした。お妃様もいつも嘆いておられたではありませんか。ですからシエル姫様の事はもう最初からなかった事にした方がよろしいかと思います。これ以上我が国の恥をさらす必要はないかと…セルベーラ国の方々には早々に帰国していただくよう手配しますので。ではシエル姫様ウィスコンティン殿準備のほどよろしくお願します」

 宰相はお妃の嫉妬くらいに思ったのだろう。



 だが、ボルクはそうは思わなかった。

 これは相当気を付けないとまずいかもしれない。

 この城を出れば解決と言う事でもないだろう。きっと追手が秘密裏に見張るに違いない。

 諜報部に所属するボルクには皇妃があんなことを言ったにはただで済ますはずがないと思えた。

 決してこちらの不利になるような失態をするわけにはいかない。

 ボルクは皇城を出るときはシエルと一緒に城に入った騎士隊で一緒に出たが、国境サマストで怪我をしている騎士もいたのでボルクは数人の怪我が治るまでサマストにとどまることにした。

 サージェス率いる騎士隊7人と来るとき手伝ってもらった国境警備隊のふたりが途中まで迎えに来ることにしてシエルをサージェスに託すことにする。

 「シエル姫、私にはここにいる騎士たちに責任があります。サージェスに従って砂漠を超えて先にセルベーラ国に戻って下さい。もちろん侍女のべルールとアマルも私が責任をもって連れて帰りますので、どうかご安心ください」


 「どうしてボルクは一緒に帰らないの?だってあなたは私の護衛騎士なのよ」

 シエルは納得がいかないとボルクに食い下がる。

 「姫、私には責任があります。ここがセルベーラなら問題はありません。ですがここはまだオーランド国内です。全員を無事に帰らせることが私の責任ですので。ですが心配はありません、サージェスは優秀な騎士です。ご安心ください」

 「そこまで言われると我が国のそれもべルールたちもいる事ですから仕方ありませんね。ではあなたも気を付けて必ず無事に帰ってくるようにして下さい」

 「もちろんです。ではお気を付けて」

 国境の町、サマストでふたりは別れた。


 ボルクはすぐにセルベーラ国の諜報員たちに皇妃や宰相の動向に注意するよう指示を出した。





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