一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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29嘘だろ、まじか?

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 「ドンドン。隊長起きて下さい。大変です……おい、ボルク起きろ。いるんだろう?ドンドンドン」

 うるさいな。誰だ?

 ボルクは皇帝の寝室から戻って来てベッドの突っ伏したはずだった。

 しまった。眠ってしまったのか。

 ボルクは急いで飛び起きるとドアを開ける。


 「ったく、隊長どこか具合でも悪いんですか?いつもなら一番に起きてみんなを起こして回る癖に…」

 サージェスが呆れたような声を出した。

 「ああ、すまん。それでそうしたんだ?」

 「おっと、大変です。どうも皇帝が死んだみたいなんです」

 ボルクの脳は皇帝が死んだという言葉に食いつく。

 「皇帝が。死んだだって?どういうことだ?」

 思わず笑みがこぼれそうになる。

 その顔をぐっとこらえてわざと顔をしかめる。

 何せ昨夜あんなことがあってボルクは目が覚めた途端から吐き気をもよおしそうだったのだ。

 彼の一番のプライドをぐちゃぐちゃにするあんな出来事の後で皇帝が死んだと言われてほっとしたのも事実だが。


 「いえ、ついさっき近衛兵が慌てて集まって行ってて、そいつらの話が聞こえたんです。皇帝が亡くなったと」

 「だが、今朝…いや、昨晩は元気だったはずで、どうして。近衛兵が冗談でも言ったんじゃないのか?」

 サージェスの言うことに心が浮き立つ。

 いや待て。ここで安心してはいけない。

 事実がどうか確かめるまでは安心出来るもんか。

 今夜もまたあんな事をされるのかと思うと男のソレは今にも縮み上がりそうになる。


 「ですが冗談にでもそんな事言わないでしょう。仮にも皇帝直属の近衛兵なんですから」

 「よし、その辺の事情を確認して来る」

 落ち着けいいから落ち着くんだ。

 さあ、息をしろ。ゆっくり吐いて吸って…

 ボルクは着替えをしながら自分に言い聞かせる。

 まさか、俺が殺したんじゃあ?

 いや、そんな記憶はどこをどうやってもない。と思う。

 昨夜の事も今朝の出来事もあまりにも衝撃的すぎて、皇帝の部屋を出るときもしかしたら皇帝に手をかけてしまったのではないかとさえ思う。

 それほどボルクは皇帝に激しい嫌悪を抱いたし実際殺してやりたいと何度も思った。


 鏡で何度も自分の顔を見て今朝の記憶をたどる。

 絶対にそんな事はしていないと思う。

 うそだろ?何だか唇が腫れてないか?いや、そんなはずはない。

 そうだ。すべて気のせいだ。

 実際、俺は皇帝を殺すはずがない!

 唇だって腫れてなんかないに決まってる!

 ボルクは顔を何度も洗い髪をきちんと撫ぜつけ騎士隊服を着るとやっと近衛兵司令官室に出向いた。


 「失礼します。セルベーラ国騎士隊、隊長ボルク・ウィスコンティンです」

 「ああ、君か入りたまえ」

 司令官室に入るとボルクはいきなり近衛兵に腕を掴まれた。

 「何をするんです?」

 一瞬、体が強張る。やっぱりと湧き上がる不安。


 「いや、あなたにお聞きしたいことがある。昨夜陛下の寝室を訪れたであろう?」

 「いえ、それは…」

 ボルクは心の中で叫んだ。仕方がなかったんだ。皇帝が俺を奴隷のように扱って俺のプライドをずたずたにしたから…

 それとも昨夜のあのハレンチな行為がばれたのか?


 「はっきり答えてほしい。昨晩近衛兵が貴方が陛下の寝室に来たと証言している。それにウィスコンティン殿、近衛兵はあなたに殴られて気絶していたそうじゃないか?朝になって陛下が何者かに刺されて亡くなっていたとなるとあなたに事情を聞かなければなるまい!」

 司令官アストラはかなりいきり立っている。


 ボルクの不安がピークに達した。

 やっぱり俺が?記憶にはないが頭に血が上ってもしかしたら脳が思い出したくないから…

 いや、でも俺は刺すようなものは持っていなかったはずだ。

 一体いつ皇帝は殺されたんだ?

 朝方までは生きていたはずなのに?

 一体いつなんだ?


 クッソ、どこまで話せばいい?

 シエル姫を連れ出して部屋に訪れたことはもはや隠しようがないだろう。

 とにかくそのことを話してみるしかなさそうだ。

 ボルクはやっと脳の中を整理して昨夜の事を話し始めた。


 「はい、恐れながら、昨晩シエル姫様より至急の呼び出しがあり、部屋を訪ねましたところ陛下の部屋にいるということで、私は姫に何かあったのだと思い、何分急いでいたのでつい近衛兵を殴りつけて部屋に入りました。驚いたのは配下の寝室には他にも女性がおられて無理やり姫を犯そうとしている皇帝陛下のお姿に私はつい声を荒げてしまいました。それで陛下は気分を害されたようで姫を連れて帰れと言われてすぐに姫を部屋に連れ帰って、私はもう一度陛下に謝りに行ったのです。陛下は近いうちに何らかの責めを負ってもらうとおっしゃられて私は陛下の部屋から退室しました。それ以後の事は何があったかわかりません」

 「ああ、近衛兵もそのようなことを話している。こちらとしてもあなたが陛下に何かするとは思ってはおりませんでした。事情は分かりました。どうも申し訳ありませんでした」


 えっ?お咎めなしか?じゃあ、やっぱり俺は殺してないんだ。

 ああ…良かった。驚かせるな。本当に肝がつぶれるかと思った。

 じゃあ、誰が皇帝を?

 「いえ、とんでもありません。それで陛下を殺めたのは?」


 「ええ、犯人は側妃のヒメルと言う女です。朝、陛下の部屋に行ったそうです。昨夜はあなたがおっしゃったようにシエル姫の事で陛下は酷く憤慨されてヒメルとナターシャは早々に部屋から追い返されたようでして、それでヒメルは機嫌を取っておこうとでも思ったのでしょう。いえ、こんなことは今までもあったのです。側妃が朝から陛下の部屋を訪ねることは…」

 「そうですか。それでどうしてそのヒメルとか言う女性は陛下を?」

 「いつもなら喜んで相手をする陛下が、今朝は邪険にヒメルを扱ったそうです。邪魔だから出て行けと言われて…いえ、ヒメルは今陛下が一番のお気に入りの側妃でしたのできっと嫉妬でもしたのでしょう。ちょうど運悪くヒメルはリンゴの皮をむこうと小さなナイフを持って来ていたらしく、かっとなってそのナイフで陛下の首筋を切りつけたらしく…血が、かなり出血がひどく私たちが駆け付けた時にはもうどうすることも出来ませんでした。ヒメルはその場で泣きじゃくっていてこんなことになるなどとは思ってもいなかったと…それはわかりますが、こうなってはヒメルを助けることは無理でしょう」


 「そうだったんですか…でも、それならどうして私が?」

 「念のためです。一応昨晩ちょっとしたいざこざがあったと聞いたもので…先ほどお聞きしたことで私も納得しましたのでもう問題はありません。シエル姫がわざとヒメルを貶めるために何かしたとしたらそれは問題かもしれませんが、昨日着いたばかりの方々にそのような事出来るはずもありませんので。申し訳ありませんでしたウィスコンティン殿」


 ボルクは大いに胸をなで下ろした。

 シエル姫の事もおとがめなしだし、まして自分と皇帝の間に会った事は誰も気づいていないようだし…とにかくこれで一安心だ。


 「いえ、司令官も大変でしょう。あのそれで私たちはこれからどのようにすればいいでしょうか?」

 「ええ、そのことはまた宰相の方からでも話があると思います。今はそこまでの話は無理かと思われますので、申し訳ありませんが騎士隊の方々には今しばらくご滞在頂いてをお願いすることになると思います」

 「わかりました。ではシエル姫の所に事情を話して来ます」

 「はい、シエル殿には部屋を移動していただいてこれからの事を決めさせていただくことになると思いますので」

 「はい、わかりました。あの、それでは侍女を呼び寄せたほうがいいでしょうか?こちらも大変でしょうし」

 「そのことはまた後程詳しく側近と話をして頂いてと言うことでいかがでしょうか?」

 「ええ、そうですね。申し訳ありません。では失礼します」



 ボルクは司令官室を出ると小さくガッツポーズをした。

 良かった。俺もまた今夜皇帝のところに行くかもと思ったら逃げ出していたかもしれん。

 そうだ。急いでシエル姫にこの事をお伝えしなければ。

 ボルクはシエル姫の部屋のドアをノックした。



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