一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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25救いの騎士参上

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  ボルクは皇城の別館に通された騎士隊のサージェスやイクルたちと夕食を共にした。

 別館は皇帝専属の近衛兵が住んでいる場所で、ボルクたちが案内されたのは上官が使う部屋らしくととても豪華な内装だった。

 ボルクは隊長と言うこともありリビングと寝室バスルームが整った部屋を用意された。

 サージェスたちは2人で一つと言う部屋を与えられた。

 国境警備隊ベルラードたちも同じ別館の近衛兵宿舎に宿泊するようだった。


 ボルクはこの城に到着して挨拶はシエルだけでと言われた時は不安だったが、シエルに会って無事に謁見が終わったと聞いてほっとしていた。

 今夜は晩さん会があると言うので早々に部屋をあとにすると仲間たちと久しぶりにゆったりとした夕食を取った。

 料理はどれもおいしく羊の詰め物やスープに舌つづみを打ち隊員たちと楽しい時を過ごした。

 シエルはまだ今頃晩さん会だろうな。

 そんな事を考えながら自室に戻り風呂にも入ってベッドに横になるとうとうとし始めていた。

 ボルクは夢を見ていた。

 シエルが笛を吹いて自分を呼んでくれる夢を。

 彼女が寂しいとそばにいて欲しいと俺を呼び出して、俺はこっそりシエルの部屋に忍び込んで彼女のベッドで一緒に…


 そんな時だった。

 あの笛の音がしたのは。

 最初は気のせいかと思った。シエルが自分を呼んでくれたらいいのにと夢を見ていたせいでそんな気がしたんだと思った。

 だが、何度も聞こえる笛の音にやっと夢ではないとわかった。

 前にシエルがあの笛を使った時は…

 そうだ、あの時シエルは高い熱でうなされていた。

 きっと今回も何かあったに違いない。

 シエルは寂しいくらいではあの笛を吹くはずがないんだから。

 ボルクは飛び起きるとシャツとトラウザーズ姿のまま部屋を飛び出した。

 目指すはシエルの部屋。

 ボルクは一目散にシエルの部屋を目指す。



 ボルクはシエルの部屋の扉をノックする。

 なんの応答もない。

 「シエル姫、どうされましたか?ウィスコンティンです。開けますよ」

 返事がなく。慌てて扉を開ける。

 「シエル姫?どこです。どこにおられます?」

 部屋は真っ暗で中には誰もいないとわかる。



 廊下の奥には近衛兵が立っていた。

 転がるように近衛兵に近づくと尋ねた。

 「シエル姫はどこにおられるかご存じないか?」

 「陛下のお部屋におられますが」

 「どうして今夜、陛下の部屋にシエル姫が?」

 「決まってるじゃないですか。さあ、これ以上騒がないで下がって下さい」

 一瞬脳が混乱してしまう。

 ボルクはそう言われて動きを止めた。

 これは最初から決まってたこと。シエル姫もわかっていたはず。

 心は行きたくないと叫んでいたがそんな訳にはいかないと思わず引き返そうとした。


 するとその時また笛の音がした。

 今度は間違いなく目の前の部屋からだった。

 どうしてシエルは笛を吹いているんだ?

 まさか…何かあったのか?

 眉間にぐっと力が入る。

 シエルが笛を吹く音は彼女の叫び声のように聞こえた。

 助けてボルク。私を助けに来てと。

 ボルクは何かあったのだと確信した。



 「悪いがそれは出来ない。中に入らせてもらう。シエル姫に何かあったに違いない。姫は助けを求めておられるんだ」

 「いえ、ここを通す訳にはいきません」

 近衛兵が手をかざしていく手を阻む。

 ボルクは仕方がないと近衛兵のみぞおちを握りこぶしで殴った。

 ぐふっ!

 急所を突かれ近衛兵がその場に倒れ込んだ。

 

 ボルクはノックもせずに皇帝の部屋の中に入った。

 部屋には四中式ベッドがあり、燭台がいくつも置かれ明かりが煌々としていて部屋の中が隅々まで見えた。

 「何を…」次の言葉が出ない。

 シエルがすっ裸でベッドの上に転がされ、両胸は別の女にもまれている光景に思わずつんのめりそうになる。

 脚の間には皇帝が今まさにその滾りをシエルの秘所にあてがおうとしているのが見えた。

 「ボルク、助けて…」

 シエルの顔は恐怖と涙でくしゃくしゃになっていて、髪は乱れ脚は何とかその行為から逃れようともがかれている。

 それでもシエルの手にはあの笛が握りしめられている。

 まるで自分を待っていたかのように…

 シエル!これはまるで…もはや暴力ではないか!


 ボルクの頭に血が上る。

 男としてあるまじき行為。何たる醜態。見るに耐えれん!

 「一体これはどういう事です?一国の皇帝がこのような無茶なことをなさるとは信じれません。わが姫がこのように乱暴に扱われるとは…いくら皇帝陛下といえ私は家来としてこのようなことを見逃すことは出来ません。失礼して姫を連れて帰らせていただく!」

 それだけ言うとベッドの女をひっつかみシエルから離す。

 女は悲鳴を上げて逃げる。


 ギストロが怒って怒号を上げた。

 「貴様、何の権限があってそのようなふざけたことを言っておる。近衛兵こいつを摘まみだせ!」

 ギストロの声が部屋にとどろく。

 だが、近衛兵は入っては来ない。それもそのはずさっきボルクが気絶させているのだから。


 ボルクは有無を言わずシエルを抱き上げベッドから引き離す。

 すぐ床に落ちていた薄い寝間着でくるむとシエルを抱き上げた。

 「シエル姫もう心配ありません。助けに来ました」

 シエルは混乱していてボルクに抱かれても暴れようとする。

 「いゃぁ、たすけてー」

 ボルクはシエルをぎゅっと抱きしめる。そして彼女の耳元に優しく言葉をかける。

 「落ち着いてください。私です。ボルクです。もう心配ありません。さあ、ここから連れ出しますから」

 やっとシエルがボルクが助けに来てくれたのだと気づいて。

 「ボルク。ボルクやっぱり来てくれたの。私…こんな、こんな恥知らずな事されて…」

 「わかっています。この様子を見ればあなたがどのような目に遭ったかわかりました。さあ、安心して下さい。すぐにこの部屋から連れ出します」

 シエルはボルクの胸にもたれかかり腕を彼の首に巻き付けた。

 「ボルクが来てくれた。私を助けに来てくれたのね‥」シエルは気づかないうちにつぶやく。

 そして安堵したのかほっと息を吐いた。


 ボルクはすぐに部屋を立ち去ろうとした。

 「おい、お前。そんな事をしてただで済むと思うのか?このわしをコケにしておいて?」

 ボルクがその場に立ち止まるとギストロの方に振り返った。

 彼はすっ裸で股間を滾らせたままで彼を睨みつける。


 「陛下お話は後で伺います。私はどんな罰でも受ける所存です。ですが、これはあまりにも恥知らずな行為にしか思えません。女性を相手にするなら相手も納得の上でするのが当然だと思いますが、我が姫は正真正銘無垢なお方。その方にこのようなひどい仕打ちとは。あまりに非道としか言いようがありません」

 ギストロはそう言われて少し恥ずかしいとでも思ったのか。

 「そこまで言うならすぐにここに戻って来るのだろうな?お前との話は終わっておらん」

 「もちろんです。私はセルベーラ国の騎士。シエル姫の護衛兵としてこの国に参りましたボルク・ウィスコンティンです。ご安心下さい。逃げも隠れもしません」


 ボルクはそう言うとシエルを抱いたまま部屋を出る。

 シエルの部屋に彼女を連れて行くとそっとベッドに横たえた。

 そして燭台に火を灯す。

 「おけがはありませんか?」

 シエルに近寄ると頬にかかった乱れた髪の毛を耳の後ろに撫ぜつける。

 「ええ、きっと大丈夫」

 「どうしてこのようなことになったのです?今夜は晩さん会があるとしか聞いておりませんでした。一体いつ陛下に呼ばれたのです?」

 ボルクは相当苛ついているらしく親指と人差し指がしきりに摺りあわされていて。

 「謁見の時に今夜寝所に来るようにと言われたの。あなたに言うのも恥ずかしくて、つい…でも、あんな乱暴な事をするなんて…」

 シエルはまた思い出したのか眦から涙がこぼれ落ちそうで慌てて指で拭おうとする。

 ボルクの指はとっさにシエルの頬を転がり落ちた涙を受け止めるように頬を撫ぜ上げた。



 「ボルクお願い。私を抱きしめて。もう、二度とこんなわがまま言わないわ。だから今だけ…」

 震える声はボルクの耳殻を揺さぶる。

 どんなに抱きしめてキスしてシエルを…胸の奥がナイフでえぐられるようにしめつけられる。

 ボルクはぎゅっと唇をかみしめるとそっと彼女を抱き寄せ子供をあやすように背中をさする。

 シエルはどんなに傷ついただろう。

 あんなことをされて無垢で純真な彼女がどんなに恐かっただろう。

 ただ、それだけだ。

 ボルクはひたすら自分に言い聞かせる。

 ガラスに爪を立てるようなやりきれない音が脳に響く。

 切ない自分の気持ちなどまるで感じないふりをして。


 シエルがほっと溜息をつくとボルクはそっと彼女から離れる。

 まるで繊細なガラス細工から手を放すかのように。

 そして彼女が握りしめていた笛を首にかけてやる。


 「さあ、もう大丈夫です。これからあの恥知らずな皇帝のところに行ってあなたにそんな真似をしないよう話をして来ます。どうかご安心下さい」

 「そんなの無理に決まってるわ。あのエロ皇帝にそんな事…それにあなたが困った事になったらどうするつもり?聞いた話ではかなりの暴君だと…ああ…ごめんなさい。私が貴方を呼んだから。ボルクに何かあったら私…」

 ボルクはシエルが伸ばしたその手をそっと握る。


 「心配ありません。私はあなたの護衛兵として正しい事をしたまでです。ましてあのような野蛮な行為をするあいつの方がおかしいのです。シエル姫の拒絶も当然の事です。もし皇帝が私に罰を与えるとしてもセルベーラ国の騎士としてあなたを守った事を後悔しません」

 紺碧色の瞳は揺るぎない決意を見せつける。


 茜色の瞳はそんな気高く崇高な瞳に魅せられる。

 「ぼるく…あなたが好き。この気持ちを抑えるなんて出来ない」

 ふたりの唇は自然と重なり合いそしてその感触を愛しいと思う。
 

 そっと唇が離され2人はただ黙ったまま見つめ合った。

 「さあ…」

 彼がシエルと繋がれた手をそっと振りほどく。

 触れていた熱の温もりがふたりの間からすぅっと逃げていく。

 「行かないでボルク…行けばあなたは…」

 「心配ないシエル。悪いのは皇帝だ。君は何も心配しなくていい。さあ、お休み俺の大切な姫」

 途端。ボルクはさっと身をひるがえした。


 これ以上は越えてはいけない。この一線を越えたら俺はあの恥知らずな男と同じになってしまう。

 シエル心から愛してる。お前のためなら俺の命だって捧げる。

 でも、それは決して誰にも知られてはならない事。

 俺の胸の中だけにしまっておかなくてはならないんだ。


 ボルクはもう一度皇帝の部屋の扉をノックした。

 近衛兵はまだ気絶したままだった。



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