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22侍女はベテランです
しおりを挟むシエルが案内された部屋はとても豪華だった。
大きな窓にはバルコニーがあり、目の前には大きな中庭が広がっている。花が咲き乱れ噴水もあった。
部屋はふかふかの絨毯が敷かれソファーも大きく寝転ぶこともできるようなものだ。
調度品はどれも素晴らしいものばかりで置かれている彫刻や花入れも美しかった。
中でも鏡台は素晴らしかった。花や蔦の模様が彫られていて鳥の目には宝石がはめ込まれて、ぶどうやきいちごの房はすべて宝石で出来ていた。
シエルはその鏡台の前の椅子に座り込む。
しばらくしてドアがノックされた。
「失礼します」
返事をするとベージュのお仕着せを着た侍女が入って来た。
年はもう40歳近いかも知れないと思う。
「侍女のメルロと申します。シエル様のお世話をすることになりました。どうぞよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「早速ですがお疲れと思いましてお茶をお持ちしました。これからお風呂の用意もさせていただきましょうか?」
「まあ、ありがとう。お風呂は、そうね、後でもいいわ。それより荷物を片付けてもらえると助かるわ」
ここってお風呂もあるのね。また驚く。
「はい、わかりました。ではそのように。あの、それで今夜の晩さん会のドレスですが」
「今夜、晩さん会が?」
「はい、エリクサー様はお話されませんでしたか?」
「ええ、多分そのような話はしていらっしゃらなかったと」
「そうですか。エリクサー様はとても前の皇帝陛下の時から側近をされていてそれは立派な方なんですが、何しろお年なもので物忘れされることがありまして申し訳ありません。今夜は陛下とお妃さま、宰相様と高位貴族の皆さまとそれから側妃の方々との晩餐会となっております。陛下は毎回側妃の方を迎えると早く城に慣れて頂くようにと重要な方々との顔合わせをされておりますので、気軽な会食程度と思われてご心配なさらないようにして下さい」
「ええ、わかりました」
「では、私は荷物を片付けてまいります。後でドレスを決めて頂ければ支度をしておきます」
「そうね。ドレスは舞踏会用や公式行事、簡易式な行事などに困らないように入れてあるはずだから、そんな気軽な場ならあまりかしこまったドレスでは失礼かしら。あなたはよくご存じなのでしょう?」
「はい、皆さまシンプルなドレスをお召しになっていらっしゃいます。気軽な雰囲気のドレスでよろしいかと」
「そう、ではメルロあなたに決めてもらっていいかしら?私、何だか疲れてしまって少し休ませていただきたいの」
「はい、もちろんです。シエル様どうかご遠慮なさらず少しお休みください。今夜はまた陛下の寝室に伺われると聞いておりますので、午後には入浴の支度をさせて頂きます。晩さん会の後で陛下の所にご案内することになると思いますので」
「入浴は晩さん会の後ではいけませんか?」
「では都合を確認してまたご案内します」
「ええ、ありがとう」
「とんでもございません。では私は荷物の整理をしてまいります」
メルロは手慣れた侍女らしく、何を言ってもテキパキとした返事が返って来た。
なるほど、べルールやアマルにはこのような対処は出来ないでしょうね。
シエルは感心しながらメルロが煎れてくれたお茶を飲むとソファに横になった。
**********
どれくらいそうしていたのだろう。
またドアをノックする音がしてシエルは返事をする。
「シエル姫私です。ウィスコンティンです。入ってもよろしいでしょうか?」
「まあ、ボルク?あっ、いえウィスコンティン様。どうぞ」
シエルは急いでソファーから起き上がる。横になって寝てしまったらしい。
慌てて髪を手櫛でなおすと彼が入って来た。
ボルクは着替えをしてすっかりきちんとした身なりになっていた。
ここに来るときも隊服を着てはいたが、何日も着替えもしていなかったしかなりくたびれた感じになっていた。
真新しい紺碧色の隊服に身を包みきちんと髪を整えたボルクを見るとまた見惚れて胸が高鳴った。
「すみません。お休みでしたか?」
「えっ?いいの。あなたこそ疲れているのにごめんなさい」
シエルは取り乱したように乱れた服を何度も撫ぜて直す。
「とんでもありません。先に休ませていただいたので、あの、それで皇帝陛下との謁見はいかがでしたか?」
ボルクは家来としての態度を崩さずシエルのそばにはあまり近づかないで話をする。
指先は?と彼を見る。
どうやら彼はうれしいらしい。指先が親指と中指で摺りあわされている。
もしかして私と会えたから?
都合のいいことを思ってしまう。でも、そんな事を聞けるはずもないが。
「ええ、とても歓迎されました。穀物も明日にでもセルベーラ国に向けて運ぶようにして下さるとおっしゃって、皇妃さまもそれはお綺麗な方で、あのそれで今夜は宰相様や高位貴族の方たちとの会食があるそうなの。だからまた支度があると思うわ」
「そうですか。お疲れの所申し訳ありません。私は別館の方に部屋を頂きました。ですからお呼びになられてもこちらに来るのに少し時間がかかると思います。それから騎士隊は数日のうちに国に帰ることになります。何でも皇帝陛下はあまり男性の家来を置くことを好まないとお聞きました」
「ええ、そうらしいわ。でもいきなりひとりっきりなんて、だから無理を言ってあなたにいてもらうようお願いしたの。ボルクはそれでよかった?」
シエルは座ったままでボルクを見あげる。
彼の青い瞳は真っ直ぐこちらを見ていて、光の加減だろうか輝いても見えた。
「もちろんです。シエル姫言ったはずです。あなたを守るのが私の仕事だと。もしここから追い出されるようなことがあってもすぐそばにいることをお忘れなきように。何か問題が起これば必ず私を呼んで下さい。必ずあなたの所に駆け付けますので」
「呼ぶってお城にいなかったらどうやって呼べばいいの?」
「そのために笛をお渡ししたはずですよ。あの笛は高周波という特殊な音で離れていても聞こえるのです。だからガルが高い空を飛んでいても来てくれるのです」
「まあ、すごいのね。この笛って」
シエルはペンダントにしている笛を首から出して見つめた。
「シエル姫、べルールたちも、じきに怪我が治りこちらに来れるはずです。支度が整い次第こちらに入るように段取りしておきますのでご心配なさらないように」
「それがね無理なの。私の侍女はメルロって言う人が付いたから、心配ないわ。彼女はベテランらしいから色々なことをよく知ってるみたい。べルールたちではとてもそんな風にはいかないと思うから、それでね。ここにいるのは1か月らしいわ。その後は側妃は皆さん離宮で住まうと聞いたわ。そこでは侍女も皆さんと共有するらしいの。私うまくやって行けるかしら」
シエルはつい愚痴をこぼす。
「そうなんですか。でも、一度エリクサー様に相談してみましょう。出来ればひとり侍女をつけたいと、あまりご心配なさらないように」
いつものようなやんわりした優しい声が降って来る。
シエルはボルクを見つめた。
彼の顔は心配いらないとでも言いたげに柔らかな笑みを浮かべている。
シエルの胸は切なくなる。
ボルクは私の事となるときっと無理を押し通すかもしれない。
ふっとそんな考えが浮かんで余計なことを言ったと思ってしまう。
「ええ、ありがとう。でも無理はしないでね。ここのやり方があるみたいだから。あまり無理を言うと他の側妃の方に嫌われるかもしれないもの」
「側妃の方はどの程度いらっしゃるのです?3~4人ですか?」
もう、ボルクったらちっともわかってないんだから。
シエルの顔が落ち込んだように沈んで首を横に振る。
つい言わなくてもいい事を言ってしまう。
「私は11人目の側妃なんですって、あのエロ皇帝ったら私の耳元で言ったのよ…もういやだ。はぁ…」
「11人?そんなに。それでその皇帝は何と言ったのです!」
ボルクの顔が豹変する。
眉が45度上がり鼻息が荒い。
指先は怒りの指で。
ほら、やっぱり。
そんな彼を見るととてもうれしいと思ってしまう。
でも、私が余計なことを言うのも悪いのよ。
えっ?待って。
こんな調子じゃ今夜皇帝の寝所に呼ばれたって言えるわけがないわ。
彼が知ったらどれほど怒るか知れない。
でも、そんな事を皇帝が知ったら…とっさにボルクを守らなきゃと思う。
でも、それとは別に今夜皇帝のものになるなんて彼に言いたくもなかった。
こんな事ボルクに知られたくない。
「シエル姫、皇帝は何と言ったのです?はっきり聞かせてください。不躾な事だったら抗議します!」
ボルクの剣幕は収まることを知らずシエルはしどろもどろになる。
「いえ、その。たいしたことではないの。ただ、私が気に入ったってきれいだって、その皇帝が舌なめずりして言ったの。気持ち悪くて…いいの。余計な事だったわ」
シエルはその時の事を思い出してまた身震いした。
ボルクの怒った顔が次第に緩んでいく。
「そんなに、おいやでしたか」
「当たり前じゃない。あんな人と‥考えただけでぞっとするわ」
「何とかそのような事をしなくてもよければいいんですが…それに10人もいるんですよね?いったいどうやってそれほどの人数をこなすのやら…」
「さあ、皇帝陛下ってもう40歳を超えてるんですよね。あのお年で…ねぇ」
シエルも不思議に思っていた。年は自分の父親とあまり変わらないのだ。それが毎晩数人の女性と?無理でしょ。
でも、今夜はそうはいかないわよね…
「……」
「そうですよ。シエル姫あまりご心配なさらない方が、それに今夜も会食があるのでしたらもう少しお休みください。そうだ。昼食は?」
ボルクの気がやっとそがれたとほっとする。
「いえ、まだでした」
「では、私から昼食をお持ちするように伝えておきましょう。しっかり食べて休まれて今夜の会食に備えて下さい」
「ええ、そうね。ありがとう。あなたも忙しいんでしょう」
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「明日?えっ、ええ、そうね。ウィスコンティン様ではまた」
シエルは今夜の事を思うと明日彼と顔を合わせる事さえ気が重い。
ボルクは機嫌良さそうに出て行った。
もちろん指は親指と中指ですり合わせていた。
シエルは大きなとても大きなため息をついた。
明日はどんな顔をして会えばいいのだろうかと。
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