一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

文字の大きさ
上 下
16 / 58

14束の間の安らぎが

しおりを挟む

  シエルの心配など誰も気にする様子もなく隊列は砂漠を進んで行く。

 シエルの気持ちなど全く気にもならないとボルクは前を向いている。



 最初のうちは緊張で身体が強張り硬くなっていたが、ボルクの胸はあまりに居心地が良く、なおかつ鍛えられた逞しい肉体は頼りがいがあり安心できた。

 昨夜あまり寝付けなかったせいもあったのか、いつしかボルクの胸にすり寄りうとうとし始めていた。

 その間にも幾度かボルクはシエルを起こして水筒の水を飲ませることを忘れなかった。

 そうやってシエルはうたた寝をするように彼に胸にもたれたままラクダに揺られて行く。



 太陽はほぼ真上にまで上り詰めた頃、やっとボルクが「休憩にする」と号令をかけた。

 「シエル姫?」

 彼女はむにゃむにゃと口元を動かす。

 誰かに呼ばれた気がするがシエルはまだ眠りの中だった。

 とても安らぐこの場所から離れたくないとばかりにボルクの隊服をぎゅっと掴んでまた頬を彼の胸に擦り付けた。



 ボルクの胸筋が強張り彼は一度大きく息を吐きだす。

 そのせいでシエルの額の髪の毛が揺らいだ。

 少し隙間を開けるようにシエルから身体を離すと彼女に声を掛けた。

 「シエル姫、悪いが起きてくれ。少し休憩にしよう」

 ボルクは腰に巻き付けたひもを緩める。

 「はい?もう朝ですか?」

 「ぐふっ、か、わいい」思わずボルクの口から洩れる。



 「コホン。いえ、昼です。そろそろ昼食にしますので」

 やっと目が覚めてココがラクダの上だったと気づく。おまけにボルクの胸の中だとも。

 「やっ、ですわ。私ったら眠ってしまったのですね。もう、起こして下されば良かったのに。その…何か失礼な事はしませんでしたか?」

 「いえ、良くお休みでした。さぞお疲れだったのでしょう。良かったです。少しでも休めたなら」

 シエルは顔じゅう真っ赤になる。

 だからと言ってここはラクダの背の上で動くわけにもいかず、ただじっとうつむいたままで。



 「さあ、下ろしますよ」

 「はい」

 ボルクがシエルの腰を掴むとゆっくりと地面におろされた。

 「いかがです?脚の方は、まだ痛みますか?」

 「いえ、大丈夫です」

 シエルはゆっくりと一歩ラクダから下がる。少し痛むがかなり痛みは和らいだようだ。

 ふっと息を突いた間にボルクが灌木の根元に向かってシエルを抱きかかえて連れて行く。

 「ひとりで歩けます。下ろして」

 そう言っている間にさっと下ろされた。



 諦めたようにシエルは灌木の根元に腰を下ろすとべルールとアマルの姿が見えた。

 「シエル様お加減はいかがですか?」

 「え、ええ、おかげでかなり良くなったわ」

 べルールとアマルは簡単にその場にカップと籠に入ったパンやチーズを持ってくると3人は食事を始めた。

 他の男達もめいめいにパン屋チーズを頬張っている。

 ボルクは腕を上げて空の見ていた。

 ガルが空から舞い降りてボルクの腕に鋭い足を乗せた。

 彼はガルに話しかけ腰の袋から干し肉を取り出す。ガルもそれを待っていたかのようにうっとりした瞳で彼を見つめるとその干し肉に食らいついた。

 ボルクはそれを嬉しそうに眺めている。ガルを見る眼差しは優しく愛に溢れている。


 そんな瞳で私も見つめてもらいたい。

 とんでもない考えが脳に浮かんでシエルは飲みかけのお茶でむせた。

 「ゴホッゴホッ」

 ガルはボルクに干し肉を食べ終わるとすぐにまた空に舞い上がった。



 シエルはそんな姿に思わず見惚れながら硬いパンを頬張った。

 そしてまた。

 「ゴホッゴホッ」

 「シエル様さっきから大丈夫ですか?」

 べルールがいぶかしい目で見ながら背中をさすってくれる。

 ボルクに見とれていて喉に詰まったなどと言えるはずもなく。

 手を上げて大丈夫よと合図する。

 そんなわずかな時間もすぐに終わり簡単な昼食を取ると隊列はすぐに出発の準備を始めた。


 ボルクが灌木の所までシエルを迎えに来た。

 「出発します。さあ」

 ボルクはまたシエルはを抱き上げようとした。

 シエルは慌てる。

 「歩けますから」

 「ですが…」

 しつこい男は嫌いです。と言いたくなる。

 シエルはにっこり笑うと脚を前に進める。心配そうにぼるくは後ろからついてくる。



 ラクダの前に着くと今度はボルクが前に進み出た。さっとラクダにまたがるとシエルに手を差し伸べる。

 「さあ、シエル姫」

 ”さあ”と言われて、シエルは、”はい”と素直にはなれなかった。

 午前中の事を思い浮かべると恥ずかしさが込み上げて来た。

 彼の胸に縋り顔をこすりつけ彼の香りを吸い込みながら、ああ…なんて気持ちの良いひと時だった事か…

 はぁ…だめです。

 また、あのように抱きしめられたら自分の気持ちを抑えきれなくなるかもしれません。


 「あの、ウィスコンティン様。私、自分のラクダで行けるかも…」

 「いえ、急げば水場のあるところまで行けるかもしれない。だからあなたは私のラクダで。さあ…」言葉を遮るようにボルクが言った。



 何だかボルクに「さあ」とばかり言われている気がするが、ボルクの「さあ」はシエルの耳に破壊的な優しさと温もりを注ぐものだから、そう言われると逆らうことが出来なくなる。

 彼は珍しくこぼれんばかりの笑顔を差し向けて来て。

 シエルの心臓はまた大きく波打つ。

 

 諦めるようにシエルはボルクの抱き上げられて横抱きに座る。同じように腰に紐を巻き付けふたりの身体はぎゅっと密着する。

 「大丈夫ですか?」

 「あっ、はい」

 ぎこちなく身体をひねって少し隙間を取る。

 「私の事は構わずしっかりつかまっていてください。手綱を持つとどうしてもあなたから手を放すことになる」

 そう言うとシエルが広げた隙間を腕でまた詰める。

 「でも、紐でつながれていますもの」

 「さっきも言ったように水場まで行きたいので少し急ぎますので、申し訳ありません」

 ボルクはどうしても隙間を開けるのが気に入らないらしく。

 「わかりました」

 シエルはもじもじしながらボルクの身体に身を寄せた。

 彼の力強い心臓の鼓動が伝わり、思わず異性を意識してしまう。そうでなくても好きな人とこのように身体を密着させているのだ。

 もっとこうしていられたらと思ってはいけない事を考えてしまうのは無理のない事で。


 シエルは視線のやり場に困り行く手に目を向ける。

 彼の手綱を握る武骨な手が視界に入ると、その手で私の身体を触られたらどんな感触なのだろうなどと思ってしまう。

 彼にキスされた時の事が脳裏に鮮やかに蘇り、もう一度口づけして欲しいなどど良からぬ考えが脳内を巡ると身体の奥がズクンと疼いた。

 「ぁあっ…」

 思わず唇をかみしめる。

 「うん?シエル姫どこかお加減でも?」

 首を激しく横に振る。

 「良ければ私にもたれていて下さい。その方が私も安心ですので。さあ、遠慮なさらず」

 「えっ?えぇ…」

 シエルは身体を硬くしながらボルクの胸にもたれる。

 午前中と同じようにそこは楽園を思わせる。

 彼の匂いがかすかに香り逞しい筋肉や温もり、規則的な心臓の鼓動さえもシエルには子守唄のようにさえ感じられた。

 そしていつしかまた眠りに誘われていた。



 どれくらいの時が経ったのかはわからなかった。

 いきなり怒号がしてラクダが激しく揺れた。

 「シエル、しっかりつかまってろ!」

 ボルクの声がしたと思ったら大勢の叫び声がする。

 「盗賊だ!皆、持ち場を守れ」

 「姫をお守りしろ!」

 「隊長逃げて下さい…」

 シエルが前を見ると、そこはもうもうと砂ぼこりが舞い上がり、その中で人とラクダとが入り混じり戦っていた。



 剣が激しくかち合う音や、ラクダの嘶いななきなのか、ぎぉぉぉぐぉぉぉなどと言う声が聞こえて来てシエルは震えあがる。

 恐い!

 とっさにボルクにしがみつく。

 「心配ない。皆闘いには慣れている。すぐに制圧する」

 ボルクはシエルを怖がらせないようにぎゅっと片腕でシエルを抱きしめた。



 すぐ横に盗賊が躍り出てシエルの乗ったラクダが上半身を持ち上げた。

 そのせいでボルクとシエルは一緒にラクダの背中から滑り落ちる。

 落ちる瞬間ボルクがシエルをかばってシエルは彼の身体にくるまれるように落ちた。

 ボルクはすぐに腰に結んであった紐をゆるめると叫んだ。

 「シエル、ラクダの陰に身を隠せ!」

 そう言うのと彼はほぼ同時に自分の身体を起こして敵に立ち向かう。

 

 敵はボルクに向かって剣を突きつけてくる。ボルクの身体はしなやかにカーブを描いてその剣の切っ先をかわすといつの間にか鞘から抜いた剣で敵の背後から剣を下ろした。

 盗賊の一人が叫び声を上げながら砂の上に倒れた。



 安心したのも束の間岩場から別の仲間がいたらしく弓矢を射って来た。

 そのせいで隊員たちは次々に矢を受けて行く。

 ラクダも矢を受けてその場に倒れ込むさまが見えてシエルはブルブル震えたまま動けなくなった。


 「シエル手を出して」

 ボルクの声がした。

 彼はラクダにまたがりシエルの手を差しだしている。

 シエルは震える身体から手を差しだす。

 その手を大きな手が掴む。

 一気にラクダに引き上げられシエルはまるで荷物のようにラクダに乗せられる。

 そのまま一気に速度を上げるとボルクはその場を離れた。



 まだ闘いは終わってはいないはずだった。

 だが、ボルクはとっさに判断をした。

 このままではシエルが危険だと。

 何があっても一番大切なのは彼女を守ること。

 これがこの隊の指名なのだ。

 そのことを一番わかっているのはボルクだ。

 ラクダに乗って大声で隊員に声を張り上げていた。

 「シエルを連れて先に行く、いいか、後はお前ら頼んだぞ」

 そう、これは最初からこんなことがあった場合はどうするか決めてあった事だった。

 シエルの命を優先させる事。それがセルベーラ国の為に今やるべきことだと誰もが分かっていた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

処理中です...