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14束の間の安らぎが
しおりを挟むシエルの心配など誰も気にする様子もなく隊列は砂漠を進んで行く。
シエルの気持ちなど全く気にもならないとボルクは前を向いている。
最初のうちは緊張で身体が強張り硬くなっていたが、ボルクの胸はあまりに居心地が良く、なおかつ鍛えられた逞しい肉体は頼りがいがあり安心できた。
昨夜あまり寝付けなかったせいもあったのか、いつしかボルクの胸にすり寄りうとうとし始めていた。
その間にも幾度かボルクはシエルを起こして水筒の水を飲ませることを忘れなかった。
そうやってシエルはうたた寝をするように彼に胸にもたれたままラクダに揺られて行く。
太陽はほぼ真上にまで上り詰めた頃、やっとボルクが「休憩にする」と号令をかけた。
「シエル姫?」
彼女はむにゃむにゃと口元を動かす。
誰かに呼ばれた気がするがシエルはまだ眠りの中だった。
とても安らぐこの場所から離れたくないとばかりにボルクの隊服をぎゅっと掴んでまた頬を彼の胸に擦り付けた。
ボルクの胸筋が強張り彼は一度大きく息を吐きだす。
そのせいでシエルの額の髪の毛が揺らいだ。
少し隙間を開けるようにシエルから身体を離すと彼女に声を掛けた。
「シエル姫、悪いが起きてくれ。少し休憩にしよう」
ボルクは腰に巻き付けたひもを緩める。
「はい?もう朝ですか?」
「ぐふっ、か、わいい」思わずボルクの口から洩れる。
「コホン。いえ、昼です。そろそろ昼食にしますので」
やっと目が覚めてココがラクダの上だったと気づく。おまけにボルクの胸の中だとも。
「やっ、ですわ。私ったら眠ってしまったのですね。もう、起こして下されば良かったのに。その…何か失礼な事はしませんでしたか?」
「いえ、良くお休みでした。さぞお疲れだったのでしょう。良かったです。少しでも休めたなら」
シエルは顔じゅう真っ赤になる。
だからと言ってここはラクダの背の上で動くわけにもいかず、ただじっとうつむいたままで。
「さあ、下ろしますよ」
「はい」
ボルクがシエルの腰を掴むとゆっくりと地面におろされた。
「いかがです?脚の方は、まだ痛みますか?」
「いえ、大丈夫です」
シエルはゆっくりと一歩ラクダから下がる。少し痛むがかなり痛みは和らいだようだ。
ふっと息を突いた間にボルクが灌木の根元に向かってシエルを抱きかかえて連れて行く。
「ひとりで歩けます。下ろして」
そう言っている間にさっと下ろされた。
諦めたようにシエルは灌木の根元に腰を下ろすとべルールとアマルの姿が見えた。
「シエル様お加減はいかがですか?」
「え、ええ、おかげでかなり良くなったわ」
べルールとアマルは簡単にその場にカップと籠に入ったパンやチーズを持ってくると3人は食事を始めた。
他の男達もめいめいにパン屋チーズを頬張っている。
ボルクは腕を上げて空の見ていた。
ガルが空から舞い降りてボルクの腕に鋭い足を乗せた。
彼はガルに話しかけ腰の袋から干し肉を取り出す。ガルもそれを待っていたかのようにうっとりした瞳で彼を見つめるとその干し肉に食らいついた。
ボルクはそれを嬉しそうに眺めている。ガルを見る眼差しは優しく愛に溢れている。
そんな瞳で私も見つめてもらいたい。
とんでもない考えが脳に浮かんでシエルは飲みかけのお茶でむせた。
「ゴホッゴホッ」
ガルはボルクに干し肉を食べ終わるとすぐにまた空に舞い上がった。
シエルはそんな姿に思わず見惚れながら硬いパンを頬張った。
そしてまた。
「ゴホッゴホッ」
「シエル様さっきから大丈夫ですか?」
べルールがいぶかしい目で見ながら背中をさすってくれる。
ボルクに見とれていて喉に詰まったなどと言えるはずもなく。
手を上げて大丈夫よと合図する。
そんなわずかな時間もすぐに終わり簡単な昼食を取ると隊列はすぐに出発の準備を始めた。
ボルクが灌木の所までシエルを迎えに来た。
「出発します。さあ」
ボルクはまたシエルはを抱き上げようとした。
シエルは慌てる。
「歩けますから」
「ですが…」
しつこい男は嫌いです。と言いたくなる。
シエルはにっこり笑うと脚を前に進める。心配そうにぼるくは後ろからついてくる。
ラクダの前に着くと今度はボルクが前に進み出た。さっとラクダにまたがるとシエルに手を差し伸べる。
「さあ、シエル姫」
”さあ”と言われて、シエルは、”はい”と素直にはなれなかった。
午前中の事を思い浮かべると恥ずかしさが込み上げて来た。
彼の胸に縋り顔をこすりつけ彼の香りを吸い込みながら、ああ…なんて気持ちの良いひと時だった事か…
はぁ…だめです。
また、あのように抱きしめられたら自分の気持ちを抑えきれなくなるかもしれません。
「あの、ウィスコンティン様。私、自分のラクダで行けるかも…」
「いえ、急げば水場のあるところまで行けるかもしれない。だからあなたは私のラクダで。さあ…」言葉を遮るようにボルクが言った。
何だかボルクに「さあ」とばかり言われている気がするが、ボルクの「さあ」はシエルの耳に破壊的な優しさと温もりを注ぐものだから、そう言われると逆らうことが出来なくなる。
彼は珍しくこぼれんばかりの笑顔を差し向けて来て。
シエルの心臓はまた大きく波打つ。
諦めるようにシエルはボルクの抱き上げられて横抱きに座る。同じように腰に紐を巻き付けふたりの身体はぎゅっと密着する。
「大丈夫ですか?」
「あっ、はい」
ぎこちなく身体をひねって少し隙間を取る。
「私の事は構わずしっかりつかまっていてください。手綱を持つとどうしてもあなたから手を放すことになる」
そう言うとシエルが広げた隙間を腕でまた詰める。
「でも、紐でつながれていますもの」
「さっきも言ったように水場まで行きたいので少し急ぎますので、申し訳ありません」
ボルクはどうしても隙間を開けるのが気に入らないらしく。
「わかりました」
シエルはもじもじしながらボルクの身体に身を寄せた。
彼の力強い心臓の鼓動が伝わり、思わず異性を意識してしまう。そうでなくても好きな人とこのように身体を密着させているのだ。
もっとこうしていられたらと思ってはいけない事を考えてしまうのは無理のない事で。
シエルは視線のやり場に困り行く手に目を向ける。
彼の手綱を握る武骨な手が視界に入ると、その手で私の身体を触られたらどんな感触なのだろうなどと思ってしまう。
彼にキスされた時の事が脳裏に鮮やかに蘇り、もう一度口づけして欲しいなどど良からぬ考えが脳内を巡ると身体の奥がズクンと疼いた。
「ぁあっ…」
思わず唇をかみしめる。
「うん?シエル姫どこかお加減でも?」
首を激しく横に振る。
「良ければ私にもたれていて下さい。その方が私も安心ですので。さあ、遠慮なさらず」
「えっ?えぇ…」
シエルは身体を硬くしながらボルクの胸にもたれる。
午前中と同じようにそこは楽園を思わせる。
彼の匂いがかすかに香り逞しい筋肉や温もり、規則的な心臓の鼓動さえもシエルには子守唄のようにさえ感じられた。
そしていつしかまた眠りに誘われていた。
どれくらいの時が経ったのかはわからなかった。
いきなり怒号がしてラクダが激しく揺れた。
「シエル、しっかりつかまってろ!」
ボルクの声がしたと思ったら大勢の叫び声がする。
「盗賊だ!皆、持ち場を守れ」
「姫をお守りしろ!」
「隊長逃げて下さい…」
シエルが前を見ると、そこはもうもうと砂ぼこりが舞い上がり、その中で人とラクダとが入り混じり戦っていた。
剣が激しくかち合う音や、ラクダの嘶いななきなのか、ぎぉぉぉぐぉぉぉなどと言う声が聞こえて来てシエルは震えあがる。
恐い!
とっさにボルクにしがみつく。
「心配ない。皆闘いには慣れている。すぐに制圧する」
ボルクはシエルを怖がらせないようにぎゅっと片腕でシエルを抱きしめた。
すぐ横に盗賊が躍り出てシエルの乗ったラクダが上半身を持ち上げた。
そのせいでボルクとシエルは一緒にラクダの背中から滑り落ちる。
落ちる瞬間ボルクがシエルをかばってシエルは彼の身体にくるまれるように落ちた。
ボルクはすぐに腰に結んであった紐をゆるめると叫んだ。
「シエル、ラクダの陰に身を隠せ!」
そう言うのと彼はほぼ同時に自分の身体を起こして敵に立ち向かう。
敵はボルクに向かって剣を突きつけてくる。ボルクの身体はしなやかにカーブを描いてその剣の切っ先をかわすといつの間にか鞘から抜いた剣で敵の背後から剣を下ろした。
盗賊の一人が叫び声を上げながら砂の上に倒れた。
安心したのも束の間岩場から別の仲間がいたらしく弓矢を射って来た。
そのせいで隊員たちは次々に矢を受けて行く。
ラクダも矢を受けてその場に倒れ込むさまが見えてシエルはブルブル震えたまま動けなくなった。
「シエル手を出して」
ボルクの声がした。
彼はラクダにまたがりシエルの手を差しだしている。
シエルは震える身体から手を差しだす。
その手を大きな手が掴む。
一気にラクダに引き上げられシエルはまるで荷物のようにラクダに乗せられる。
そのまま一気に速度を上げるとボルクはその場を離れた。
まだ闘いは終わってはいないはずだった。
だが、ボルクはとっさに判断をした。
このままではシエルが危険だと。
何があっても一番大切なのは彼女を守ること。
これがこの隊の指名なのだ。
そのことを一番わかっているのはボルクだ。
ラクダに乗って大声で隊員に声を張り上げていた。
「シエルを連れて先に行く、いいか、後はお前ら頼んだぞ」
そう、これは最初からこんなことがあった場合はどうするか決めてあった事だった。
シエルの命を優先させる事。それがセルベーラ国の為に今やるべきことだと誰もが分かっていた。
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