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13ラクダに乗れません
しおりを挟む翌朝シエルが起きるともう皆起きて出発に備えて準備をし始めていた。
べルールがシエルの心配をして声を掛ける。
「シエル様大丈夫ですか。夜中にかなり寝苦しそうにしていらっしゃいましたが」
それもそのはずだった。
テントは女性3人で使うようになっていたので、寝るときにはシエルとべルールとアマルの3人で眠った。
4人用のテントらしく寝るにはゆったりしたスペースがありこの状況を考えるとかなり恵まれた寝床のはずだった。
だが、シエルは慣れない旅に加え、ラクダにまたがるという体制で一日中いたせいか、内ももや背中などがひどく痛んだ。
なかなか寝付けず、それでも皆に迷惑をかけてはとじっと我慢して寝返りもせずに頑張った。
だが、夜中には何度か足の筋肉をもみほぐしたり、何度も寝返りをして痛みをやり過ごそうとしたのだ。
そんな事もべルールはお見通しだったのかと思うと恥ずかしさが込み上げた。
「ごめんなさい。べルールを起こしてしまったのね。少し身体が痛かったので」
「まあ、それは気づきませんで申し訳ありません。昨日はラクダに乗っての移動でシエル様に取ったら苦痛でしたでしょうに」
「いえ、べルールたちは大丈夫なの?私は内ももが痛くて…」
「それはそうでしょう。シエル様はお小さいときから脚を開くなどと言うような格好をしたことがないからです。私たちは仕事柄そのような体制も慣れておりますので、少しは痛みますがそれほどにはないのです」
「あなたの言いたいことはわかるわ。でも、私、もう情けなくて…今日もラクダに乗らなくてはならないのでしょう?本当にどうしましょう…」
シエルは歩くのもままならない様子で、起き上がっては見たが立ち上がると一歩進むのも難しいほどだった。
「シエル様ご無理はなさらない方が…今、水をご用意しますね。それから食事はお持ちしますのでご心配なさらないように」
「ええ、ありがとう」
シエルは何とか自分で歩いて支度をしたかったのだが、べルールに甘えることにした。
悪いけど、今は少しでも休んで出発の時にはきちんとできるようにしましょう。
そうやってシエルはテントに中で顔を洗い食事をした。
食事と言ってもお茶とパンやチーズなどを摘まむ程度のものだったのだが。
外が騒がしくなりいよいよ出発が近いのだろうと思えた。
シエルもいつまでもテントの中にいるわけにはいかないと立ち上がってテントを出る。
歩くと筋肉が引きつれたように痛んで、おかしな歩き方になるがそんな事を構っていられるような状態ではなかった。
一歩進んでは休み、また一歩進んでは止まってやっとテントから少し離れた荷物の上に腰かけた。
「おはようございます。申し訳ありませんがテントを片付けさせてもらいます」
そう声を掛けて来たのはイクルだった。
「ええ、ごめんなさい。もっと早く支度すればよかったのに」
「いえ、いいんです。他の所はすべて片付いていますのでご安心ください」
そう、すべて片付いていたのね。
私ったら…べルールたちもそう言ってくれれば良かったのにそう言えば彼女たちはどこに行ったのだろう。
辺りを見回す。
べルールやアマルは朝食に使った鍋や食器などを片付けていた。
もう、また私だけ役立たずなのね。
思わず肩を落とす。
そこにボルクがやって来た。
彼は疲れも見せずきびきびと指示を出しながら。
「おはようございますシエル姫。昨夜はよく眠れましたか?慣れないテントで何かご不便はありませんでしたか?」
「おはようございますウィスコンティン様。とんでもありませんわ。テントはとてもゆったりとしていて良く休めました。私たちのせいで皆さんは窮屈な思いをなさったのではありませんか?」
「そんな事心配には及びません。騎士隊での遠征などではいつもの事ですから」
「そう言っていただけると…い、痛っ!」
シエルは脚を動かしたのがいけなかった。内ももにズキッと痛みが走る。
「どこか痛むのですか?もしや昨晩の火傷が?」
ボルクが眉間にしわを寄せる。
「いえ、違うんです。火傷はほとんど痛みませんから」
シエルは何でもないというような仕草で彼の視線をやり過ごそうとするが…
「では、どこが痛むのです。はっきりおっしゃってください。事と次第によっては出発を遅らせますので」
「とんでもありませんわ。私ひとりのために出発を遅らせるなんて、大丈夫ですから…」
その時ボルクをサージェスが呼んだ。
「隊長どこにいらっしゃいますか?」
「ここだ」
ボルクは手を上げて合図をする。
「すぐに戻ります」そしてサージェスの所に走って行った。
良かった。シエルは胸をなでおろす。
もう、ラクダに乗ったせいで脚が痛くて仕方がないなんて言えるわけがありません。
そうこうするうちに出発の時が来た。
ボルクがシエルの前にラクダを引き連れて来た。
「さあ、シエル姫昨日と同じラクダです。こいつは人懐こくて大人しい奴ですから昨日も乗りやすかったでしょう?」
「ええ、とっても大人しかったわ」
シエルはにっこり笑って見せるが、その笑顔は引きつっている。
「どうかしましたか?」
ボルクの指先は親指と薬指が摺り合わさって何か勘ぐられていると思う。
「えっ?」
「何だか今日のあなたは様子が変じゃないですか?」
「きっと気のせいですわ」
「だといいのですが…」
ボルクがシエルの前に手を差しだした。
シエルはそっと立ちあがる。
良かったわ。あまり痛くないわ。ほっと息を吐く。
「さあ、ラクダに乗せますよ」
「わかっていますわ」
ボルクに手を差しだすととボルクがシエルの腰を掴んだ。
さあ、いちにの…「ぎゃ~痛い。だめ。とても無理です」
鐙あぶみに脚をかけようとして内ももに激痛がはしった。
シエルはその場に頽くずおれた。
「シエル!大丈夫か?どこが痛いんだ。はっきり言ってくれないか」
ボルクの指は親指と人差し指で擦り合わせていて。
シエルはボルクの顔を睨みつける。
どこって…内ももですけど。それをこのような人目のある場所で言うなんて出来るわけありませんわ。
「シエル様どうされました?」
走って来たのはべルールだった。
シエルはしなだれるようにべルールの耳元で囁くように言う。
「べルール。私、内ももが引きつれて痛くて仕方がないの。これではラクダに乗れないわ。どうしましょう」
ボルクはそんな仕草にゾクリとしてしまう。
自分にもあんな風にあの唇で囁いて欲しい…などと。なにをばかな!
そんな気持ちをごまかすように咳ばらいを一つする。
「それでべルール殿。シエル姫はなんと?」
「はいウィスコンティン様、実はシエル様は昨日慣れないラクダに乗られたせいで脚が思うように動かせないのだと…それで今日はラクダに乗るのも無理なようだと」
「あっ!」ボルクが声を漏らした。
間抜けな声だった。
何とした事だ。それはもっともな話だ。ご令嬢たるもの普段、あのように脚を開く行為などしたこともないはず。
いつもしなりしなりとおしとやかに歩きドレスの裾をゆらりゆらりとさせながら歩くのがご令嬢らしいお姿。ふーむ、これはごもっともな事ではないか。
ボルクは自分でもおかしいほど、それもそうだと思て頷いた。
「ウィスコンティン様すみません。でも私何とかしてラクダに乗りますので、もう一度お願いします」
シエルは気丈にもまた立ち上がるとご令嬢とも思えぬ足取りでラクダの横に立つ。
「いえシエル姫、これは私の不注意でした。こうなるのも当たり前の事。今日は私のラクダに一緒に乗せますのでご心配には及びません」
「へっ?あなたと一緒にラクダに乗る?それはどういうふうに…」
シエルの頭の中でラクダの上にふたりで乗る構図が浮かぶ。
それってもしかしてボルクとぴったりくっついた状態ということですの?
もう、いやです。そんな…彼と一緒にラクダに乗るなんて恥ずかしすぎます。
シエルの顔は赤くなり手は口元にあてられる。
そんな姿を見たボルク。か、かわいい。なんて可愛いんだ。
ボルクの指先は親指と薬指が摺り合わされている。
いや、いかん。これは仕方のない行為なんだ。やむにやまれぬ行動でしかない。
「ですが日程もかなり遅れておりますし、今日ここで過ごすというのも無理があるかと、そうなれば私がご一緒にラクダで行くのが一番よろしいかと存じます」
「そうですね。シエル様ここはウィスコンティン様のおっしゃるようにしませんか。どうせならここにいるより少しでも移動した方がいいというものでしょうし」
どう考えてもそれが正しい答えだろう。
でも、ボルクの身体に寄り添うように乗ることを考えるだけで恥ずかしさで身体が火照るというのに…
「いいですね?時間がもったいない。こうしている間にも太陽は登って行きます。少しでも進んだ方がいい。さあ」
「ええ、そうですね。皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません」
シエルは決心したのかボルクがまたがったラクダに横向きに引き上げられた。
えっ?このような格好でもいいのですか?
ラクダにまたがらず脚を揃えたまま横向きに座っている。
まるでお姫様抱っこのような形で。
しかも彼はふたりを落ちないように腰に紐を巻き付けて結んだ。
おかげでシエルの半身は彼の胸にぴったりと押し付けられるような形になった。
耳元でボルクの心臓の音がどくどく聞こえ、彼の温もりが肌にひしひしと伝わって来る。
このような。このような体制で、今日一日ラクダに揺られて行くのですか?
無理。無理ですから。
心の中で叫んでみるが、ボルクの「出発!」の号令で皆何事もなかったかのように隊列は進み始めた。
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