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11私にだって
しおりを挟むその夜は砂漠で明かすことになる。
とは言っても砂漠にある岩場のそばにテントを張るだけの事らしいが。
あっ、砂漠で寝るためにテントが必要だったんですね。
どうりで荷物が多かったわけだわ。そんな事さえも知らないなんて…改めてシエルはため息をつく。
「シエル姫、今夜はここで休むことになります」
「ここで?」
唐突にそう言われて素っ頓狂な声が出た。
こんな砂漠の真ん中で?ボルクに不安が伝わったのだろう。
「大丈夫です。皆手慣れたものばかりで、すぐにテントを張ります。準備が出来次第その中でゆっくり過ごせますのでご安心ください」
ボルクはきびきび指示を出して隊員たちは荷物を広げて見事な手さばきでテントを仕上げていく。
見る見るうちに四角い囲いだ覆われ天幕を張ったテントが一つ、二つと出来上がっていく。
シエルはそんな光景を眺めながら男たちの動きに見ほれる。
特にラファーガとソルは息もぴったりで手慣れた様子でテントを仕上げていく。
シエルは気づかないうちにラファーガの近くに来ていた。
自分でも気持ちが高揚しているとわかる。
「凄いですわ。こんな所で一夜を明かすなんて私の人生の中で初めての経験です」
思わず彼らに声を掛ける。
「女性がこんな所で過ごすのは珍しい事です。夜になるとそれは星がきれいですよ。良かったら案内しましょうか?」
ラファーガが気をよくしてそんな事を言った。
「まあ、星が?見たいですわ。きれいでしょうね」
「ええ、それはもう。今夜は天気も良さそうだし流星が見えるかも知れません」
「でも、いいの?あなた方も疲れているわ。無理をさせたくないから」
「無理だなんて、私たちに取ったらこれくらい朝飯前の事ですから、それに驚きましたよ。シエル姫はラクダに乗るのがうまいんですね」
「そう?私すごくご迷惑かけていますから、気にしてたんです」
シエルはパッと笑顔になった。
ラファーガは気さくで茶褐色の髪色の顔立ちの整った青年だ。
そんなやり取りを少し離れたところでボルクは聞いていた。
なんだ?気さくに話なんかして、ったく、彼女はラファーガお前が気やすく声を掛けれるような人ではないんだ!
シエルもシエルだ。あんなに男に近づいて危機感はないのか?
着ている服もすっぽり体を覆ってはいるが、下には今はコルセットも付けていないのだ。
風が吹きつければ胸元に布が張り付きその尖りさえ見て取れそうだというのに。
「シエル姫!準備が出来ました。こちらに入って少しお休みください」
ボルクは一番にシエルが入るテントをこしらえていた。
安全の為に隊列のテントの真ん中になるように、そしてすぐ横には自分のテントがくるように。
「えっ?もう出来たの?すごいわ。ありがとうウィスコンティン様」
「いえ、何か飲むものを用意させましょう。べルールこの水筒をシエル姫に」
ボルクは自分の持っていた水筒をべルールに差し出す。
「はい、ありがとうございます。シエル様出来ればお茶をご用意しますから先にテントに入ってお休みください」
「ええ、でも私も手伝うわ。こんな場所でそんな事言ってられないもの」
シエルはべルールと一緒にテントを張っている少し前側で火を起こしている男たちのところに行く。
またしてもシエルはそこで火を起こし食料を鍋に入れて食事の用意をしている男に声を掛ける。
「凄いわ。あなたが火を起こしたの?」
「はい、すぐに食事を用意しますのでもう少しお待ちください」
そう言ったのは隊でも一番若いイクルだった。
彼は今回が初めての遠征で張り切っていた。剣の太刀筋もよく気の利くいい青年で、おまけに故郷は砂漠地帯で育っていて砂漠には慣れている事でボルクが隊に加えたのだった。
「あなたの瞳も青いのね…きれいだわ」
イクルの瞳がブルーだと気づいてシエルがイクルを褒める。
「いえ、うちの家系は皆、青の瞳で珍しくはありません」
「そうなの。いいわね。私なんか、こんなぼやけた茜色ですごく羨ましいわ」
「そんな。すごくきれいです。僕は好きです。その色夕焼けの色ですよね」
「そう?」
「ほら、見て下さい。すごくきれいな夕焼け、その瞳と同じです」
イクルが指さした先に、西の空に太陽が沈みかけて地平線が茜色に染まり始めている。
幾重にも橙色のグラデーションの帯が広がりそれは美しい茜色に染められていた。
「きれい…」
「ああ、すごくきれいだ。俺の大好きな色だ」
いつの間にかボルクがそばにいてシエルは少し驚いたが、そんな事さえも気にならないほど夕焼けの空は美しかった。
ひとしきり景色を堪能するとボルクがいきなり笛を吹いた。
「その笛、私と同じでは?」
「ええ、この笛はガルを呼び寄せるときに使うんです」
シエルは空を見上げる。
しばらくすると本当に空に豆粒ほどの何かが見えた。
それは真っ直ぐこっちに近づいてくる。
そしてそれが隼だと気づいたときにはもうボルクの腕に舞い降りたいた。
「ガルってすごいのね。今度私も呼んでもいいかしら?」
「ああ、また今度。ガルほら喰え」
ボルクは腰に下げている袋から干し肉を取り出すとそれをガルに与えた。
ガルは美味しそうにそれを貪る。
ひとしきり餌を食べ終えるとガルはテンとの先端にあるポールの上に止まる。
「ああ、そこで寝るのか。いいだろうお前がいてくれれば安心だからな」
ボルクはガルにそう言うとまた作業に戻った。
おいしそうな匂いがして来た。
「いい匂い。お腹が空いたわ」
シエルはまた火のそばに戻る。
「ええ、そうでしょう。今日はお疲れでしょう。こんなものしかないですがたっぷり召し上がって下さいよ」
イクルが作ったのは、豆や干し肉、タロイモなどを一緒に煮込んだスープだ。
「すごく美味しそうです。私も何か手伝いをさせていただきたいのですが」
「とんでもありません」
「いいえ、こんな所で自分だけ働かないのは嫌なんです。だからなんでもおっしゃって下さい」
「そうですか…では黒パンをスライスしていただけると助かります」
イクルが細長くて黒っぽいパンを差しだした。
「これがパンなの?」
「はい、日持ちがして持ち運びにも便利なので重宝するんです」
イクルからそのパンを受け取る。
こんなパン初めて見たわ。こんなパンがあったなんて…
シエルははっとして急いでパンのスライスを始める。
もう、失礼だわ。私ったらみんなこのパンを食べるのは初めてじゃないのよね。
黒パンは硬くてぱさぱさしていてはっきり言ってシエルからの見た目はとてもまずそうだった。
我慢。我慢。みんなもこれを食べるんだから…
そんな事を思いながらスライスしたパンをかごに入れる。
イクルが食事が出来たと告げたので隊員たちが集まり始めた。
その間にべルールはお茶を煎れていたしアマルも食器を出したり手伝いをしていた。
シエルは鍋のスープを器につごうと思った。アマルがならべた器を手に取る。
「シエル様がそんな事。私がやりますから」アマルは慌てて器を持つ。
「いいのよアマル。私も何かお手伝いがしたいの」
アマルはそう言われて掴んでいた器を離した。
シエルは器を持つと鍋のスープを大きなさじでよそおうと鍋の前に出た。
ぐつぐつ煮え立ったスープからは湯気が立ち上り前が見えにくかった。
シエルは誤ってスープを手の甲にかけてしまう。
「熱っ…ああ…どうしましょう。大事なスープをこぼしたわ」
シエルはよそおうとした器ではなく地面にたくさんこぼしたのを見て愕然となる。
「何してるんだ?シエル姫」
そう言ってシエルの手をつかんだのはボルクだった。
「ごめんなさい。私お手伝いがしたくて…でもこんなにこぼしてしまったわ」
「そんな事いい。それより手は?」
「あっ…」
ボルクはシエルの赤くなった手の甲を見て恐い顔になった。
「こんなになって…君はそんなことしなくていいんだ。ほら見てみろ。こんなになって…すぐ水で冷やそう」
ボルクは手のひらが浸かる入れ物に水を入れるとその中にシエルの手をつける。
「痛くないか?」
「大丈夫です。自分でやれます」
「いいから、後で薬草を塗っておこう。跡が残らなければいいんだが」
ボルクはそんな心配ばかりでシエルの胸は苦しくなる。
自分は足手まといになってばかりで役に立たない事がもどかしい。貴族の娘と生まれて台所仕事などしたこともないし、すべてが万事人任せに生きて来た。
そんな自分に出来る事は皇帝の愛玩人形になるくらいなんだと思うと存在価値すら薄っぺらく思えてくる。
「もう、私ったら何をしてもだめですね」
「そんな事はない。今日もよく頑張っていたじゃないですか」
「ラクダに乗るくらいみんなやってますわ」
シエルは頬を膨らませてボルクを見上げる。
ボルクが微笑んでシエルの頭を撫ぜた。
途端にこらえていた涙があふれた。
「ボルク、私は皇帝の暇つぶしになるくらいしか役に立つ方法を思いつきません」
「シエル…そんな事。そんな事あるはずがありません。あなたは愛されるべき人なんです」
ボルクは濃い青色の瞳に悲しい色を浮かべるとシエルを掻き抱く。
「あなたは決してそんな人ではないんです。二度とそんな事言わないと約束して下さい!」
その声は怒っているのに悲しさでにじんでいた。
シエルが出来たのはボルクにしがみつく事だけだった。
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