一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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10-1ラクダは揺れるんです

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 翌朝シエルは、馬車に乗っていた時のような服装ではなく侍女たちが着るようなすっきりした簡素な服を身に着けていた。

 持っていく荷物にもドレスは入っていない。とてもボルクが言った荷物の袋にはドレスは入りきらなかったからだ。

 必要最小限は、簡単な着替えや汗拭き用の布小さな小物を詰めるともう一杯だった。

 だけどシエルはかえってその方が気分は良かった。

 もともとシエルは窮屈で歩きにくいドレスや靴よりも、簡素なドレスが好きだった。

 父の手伝いをしている時も、あんな浮わついた噂のせいで派手なドレスよりなるべく地味な目立たない服装をすることが多くなったのだが、これが意外と機能的で動きやすいと知ったからだ。

 しかも女らしくないと見えてシエルにはなお良かった。

 

 「おはようございます」

 「おはようございますシエル姫。早いですね」

 ボルクの眉が上がり腕が揺れた。

 腕にいたガルが驚いて翼を羽ばたかす。餌をもらっていたのかくちばしにまだ肉片がついている。

 「ガルすまん。さあ、今日は頼むぞ」

 ボルクはそう言うとガルを羽ばたかした。

 「ガルも一緒だったのですか?」

 「ええ、砂漠では何が起こるかわかりません。ガルは空から見張ることが出来ますので」

 「頼りになるのね」



 「はい、それにしてもその格好は?」

 「はい、私なりに考えて少しでも機能的にと思いましたので…いけませんか?」

 「いや、砂漠ではそれくらいでないと、いい考えですシエル姫」

 「そう?ありがとう。髪はこれでいいかしら?」

 長い髪は後ろで一つに束ねてポニーテールのような髪型で。

 思わずくるりと回って見せる。

 「ああ、良く似合っている」

 ボルクはしきりに指を擦り合わせている。もちろん親指と薬指で…



 「コホン。では、早速ラクダに乗れるかやってみましょうか」

 そこにはサージェスや他の隊員数人がいた。

 ラクダには、平行になるように蔵が取り付けてある。

 シエルはボルクに手伝ってもらって恐る恐るラクダに乗る。

 ラクダはじっとしてシエルが乗る間もじっとしていた。

 「いかがです?」

 身体を左右に揺らしたり前後に揺らしてみる。

 ええ、これなら思っていたより揺れないし大丈夫そうだわ。

 「ええ、これなら行けそうですわ」

 思わずシエルはラクダの顔を間近で見る。

 すこし上から見下ろすせいで長い長いまつ毛が良く見えた。それにくりくりした目。鼻はぴったりと穴がふさがるようになっていて、口元は下あごが突き出ていて面白い顔に見える。

 以外に大人しく愛嬌があるようにも見えてシエルはおかしくなった。

 「かわいいですね」

 「えっ?」

 ボルクは何を勘違いしたのかしきりに親指と薬指を擦り始めた。

 「ラクダです」

 「ああ、こいつらはほんとに頼りになるんです」

 なぜか顔が赤い。

 「ええ、まるでウィスコンティン様みたいなんですね」

 「言い過ぎです」

 そう言うと彼はべルールの方に視線を向けた。

 指先は親指と中指が摺りあわされていて。


 べルールも同じようにラクダに乗って様子を見ている。

 「シエル様いかがです?私は大丈夫な気がしますが…」

 「ええ、べルールもそう言うならきっと大丈夫だわ。ウィスコンティン様大丈夫です。私たちはひとりで乗れそうですわ」

 「そうか、良かった」

 ボルクが安堵したようにほっと息を吐いた。

 なのに指先は親指と人差し指で…どうして怒ってるの?

 さっきは喜んでたじゃないとシエルは思う。

 まったく彼の頭の中はさっぱりわかりません。



 いよいよ支度が整った。

 騎士隊の人数は12名。ふたりは国境騎士団から来たラファーガとソルだった。

 ラファーガは騎士隊の中でも優秀な男で何度も砂漠を横断している。

 ソルもベテランで年は40代後半、体格の大きい男だった。

 「サージェス、アマルはソルのラクダに乗ってもらう」

 「えぇー?どうしてです?」

 サージェスはさも文句があるとばかりに声を上げた。

 「どうしてもだ。ソルは砂漠に慣れているし大柄だし。だからアマルも安心だろうからな」

 「何です?それじゃ俺がまるで危険だって言ってるみたいですけど」

 なおもサージャスは文句を言う。

 「ああ、その通りだ。好いた女を乗せていたら気が散ってしまう。だろう?」

 「チッ!」

 サージェスはようやく口を閉じるとアマルに何か言っている。



 「アマル何か会ったらすぐに言えよ。ソルとなんか代わってもらうからな」

 「サージェス様大丈夫です。一緒に行けるだけで私はうれしいんですから、それにソル様は父と同じくらいの年齢ですし安心出来ると思います」

 「そうか、アマルがそう言うなら…」

 やっとサージェスがアマルをソルのラクダに乗せてやる。



 そんなやりとりの間にボルクはシエルとべルールに大きなブランケットのような布を持って来た。

 布は綿のような素材らしく汗の吸収も良さそうで涼しそうだった。

 「シエル姫、これを頭からすっぽりかぶって下さい。砂漠では太陽と地面両方から熱せられます。これで肌を覆っておいた方がいいでしょう」

 「まあ、そうなのですか。私はそのような事気づきませんでしたわ。ありがとうございますウィスコンティン様。べルールにまでお気遣いいただいて申し訳ありません」

 「いえ、当然の事ですので、では、何かあったら声を掛けて下さい」

 ボルクはそれだけ言うと隊の先頭にラクダを進めた。先頭に立つラファーガに何やら指示を出しているのだろう。




 隊列の先頭はラファーガが案内役だ。その後ろにボルクが続いた。

 ボルクの後ろにシエルとべルールが続き、最後尾にサージェスとソルが並んだ。

 そして隊列はいよいよ出発した。

 うそ。もう、ラクダってこんなに揺れるんですの?

 私、大丈夫かしら?ううん、そんな心配より彼の視線の方が気になります。

 だってボルクはしきりに後ろを振り返ってはシエルを確かめるように見てくるから。

 シエルはひとり内心でつぶやく。



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