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7-1シエルの唇は魅惑的

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  ボルクは宿の一室で医者が熱病の薬だと置いて行った包みを見た。

 薬もそうだが、水分をしっかりとるようにとも言われた。

 どうやらこの流行り病は、前に騎士団でもはやったことがある病らしい。

 だから一緒に来た騎士団の者には移る心配はなさそうだ。

 シエル姫や侍女たちは気の毒としか言えないが、今は摺りを飲んで水分を取って安静にしている事しか出来ないだろう。




 薬の包みを開けて匂いを嗅いでみる。

 どうやらオナモミとバニラを粉にした粉末だろう。

 あの医者、患者が女だから匂いの柔らかいものを調合したのか?

 診察にはきっとシエルの胸元に触れたに違いない。

 もう老人の部類に入るであろう医者にまで妬けるとは俺は相当重症らしい。



 そう言えば食事も1人で食べるのは無理かもしれん。

 宿の者には何か消化の良いものを頼んであった。もうすぐ昼になるころだな。

 ボルクは宿の厨房に顔を出した。

 「すまん。病気になったシエル姫と侍女の食事を頼んでおいたのだが、出来ているか?」

 「はい、具合が悪いと聞きましたので、豆のスープと麦のお粥を用意しましたが」

 「ああ、ありがとう。助かる。シエル姫には私が運ぼう。後のふたりには悪いが持って行ってもらえるか?」

 「はい、もちろんです。隊長さんも大変ですね。このあたりで熱病が流行っていてお気の毒に…あっ、それから南天の実を煎じたお茶を準備してるんで、こっちも一緒に持って行ったらいいですよ。喉や咳によくききますからね」

 「ああ、それは助かる。一緒にはちみつをもらってもいいか?」

 「ええ、そうですね。口直しに」

 宿の女中は棚からハチミツの入った入れ物を取り出すとそれを小皿に入れるトレイに乗せてくれた。



 ボルクはそれを持つとシエルが休んでいる部屋の扉をノックした。

 「シエル姫、ボルクです。入ってもよろしいですか?」

 「ええ」

 力ない返事が聞こえるとボルクは急いで中に入る。



 シエルはくったりとしてベッドに横になっていた。今朝より顔色も悪そうだ。

 置いてあったお茶には手も付けていないらしい。

 「お加減はいかがですか?医者はこの辺りではやっている熱病だと、熱はもう数日続くらしいです。医者から貰った薬を飲んでしっかり食べて休めばすぐに良くなります」

 「喉は痛いし…飲み込むのも無理よ。それにべルールは?」

 シエルはうつろな目で何とかそう言った。

 「そんな事を言わないで少しでも食べなければ、べルールとアマルも熱が出たのでだからふたりともあなたの世話は無理なんです。あなたのお世話は私がしますから…さあ、一度起きあがってお茶を飲みますよ」

 ボルクはトレイをサイドテーブルの上に置くとシエルの身体を抱き起こした。

 触れた首筋は熱で熱く力ない身体は人形のようにだらりとボルクの腕にしなだれた。

 「シエル?大丈夫か?」

 大変だ。これは脱水症状なのでは。クッソ!もっとこまめに彼女を見に来るべきだった。

 ボルクは自分を責めた。今はそんな事を考えている時ではない。



 「シエル、さあお茶を」

 彼はベッドのすぐ横に置いたサイドテーブルからお茶をカップに注いだ。そのカップを手の取るとシエルの口元に運ぶ。

 シエルは力なくそのお茶を口に流し込むが、ほとんどが唇の端から流れ落ちる。

 どうやらもうお茶を飲む力もないほど弱っているらしかった。



 「くそっ!」どうすればいい?

 ボルクはシエルを横に寝かせた。

 彼女はほとんど意識もなくボルクは焦る。

 こうなったら…

 「シエル頼む。俺が飲ませるからちゃんと飲み込んでくれ」

 ボルクはお茶を口に含ませるとシエルの唇を指で開いてその隙間に唇をぴたりと合わせた。

 少しずつお茶をシエルの口の中に流し込む。

 最初は飲み込もうとしなかったが口の中にある程度の水量が溜まるとシエルはそれを飲み下した。

 そうやって何度も南天の身を煎じたお茶を飲ませる。

 シエルは喉の潤いと共にもっと水分が欲しくなったのか、次第にボルクの唇に吸い付くようにしてそれを飲みはじめる。

 次第にボルクの理性は失われそうになる。こんな時にと思うが彼女の柔らかな唇が自分の唇に吸い付くとそれはもう何とも言えない心地良さで。

 離れなければいけない。

 でもこれは水分を取らすために仕方のない行為なんだ。

 だったら理性を失うな。

 何度も何度も自分にそう言い聞かせる。



 シエルの瞳が見開かれ何をしているの?とでも言いたげな視線を送られてボルクはやっと唇を離した。

 「な、何を」

 「シエル姫勘違いです。あなたは危険な状態で…脱水症状を起こしていました。ひとりで水分を取ることも出来なかったのです。だから仕方なくこんなことをしました。申し訳ありません」

 「っ、もぅ…知りません」

 シエルは首を横にそむける。顔は熱のせいで赤いが照れていることは明白だ。



 シエル、俺だってこんな事していいとは思っていない。

 それを態度で表すようにボルクはシエルから距離を取った。

 「ゴホッゴホッ」シエル姫が咳き込む。

 「大丈夫ですか?このお茶は後口が悪いでしょう。これをどうぞ」

 ボルクはハチミツを差しだす。

 「これは?」

 「ハチミツですよ。さあこれを口に入れれば苦い味が和らぎますから」

 ボルクはハチミツをさじで掬ってシエルの口元に運ぶ。

 シエルは恥ずかしそうに口を開けた。

 可愛らしい唇が開かれピンク色の口の中にさじを入れる。シエルは唇をすぼめてさじのハチミツを舐めとる。

 その様が何とも可愛くてボルクは何度もハチミツをすくってはそのさじを口に入れてやる。

 調子に乗り過ぎてハチミツを入れ過ぎる。

 シエルの唇の端からハチミツがたらりとこぼれた。



 「あっ…」

 一瞬の出来事だった。

 ボルクは無意識にそれに唇を当てた。甘い味が口の中に広がる。

 さっきからずっと妄想していた。もう一度彼女に口づけたいと。

 その衝動が抑えきれなくなりボルクはシエルの唇を奪う。

 彼女の唇は蕩けそうに柔らかで、まるで春の予感のように心がざわめき命の息吹が芽生えてくるような気がした。



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