5 / 58
5 あなたの煎れるお茶が飲みたい
しおりを挟むボルクの呼ばれてすぐに侍女のべルールが来てくれた。
「シエル様お加減が悪いとか?すみません。私がついていながら気づかないなんて…」
べルールは寝間着のまま慌てて来たらしく髪も乱れたままだった。
額に触れて熱があると分かるとべルールはすぐに着がえをと思ったのだろう。
「あの、ウィスコンティン様、シエル様の着替えをしますので、あのもう休んで下さって結構です。後は私の方でやりますので」
えっ?ボルクったらまだいたの?
べルールがそう言って初めて彼がまだ部屋にいたと気づく。
「ですが、心配です。そうだ。医者の手配をした方がいいですね。私はすぐに」
「ウィスコンティン様今は真夜中ですよ。朝になったら医者をお願いします。とにかく今は着替えを…ああ、もう、忙しいので」
べルールは忙しいとばかりにバタバタと着替えを取りに行く。
シエルはうつろながらも聞き耳を立てていた。
彼は小声でぶつぶつ言うとそっと私の額に触れた。
「まだ熱が高いな…シエル君の好きなハーブティーは飲めそうか?」
彼は何か力になりたいらしくそう聞いた。
シエルはこくんとうなずいて彼を見た。
心配そうな紺碧の瞳が目の前にあって、こちらを見ていてシエルはすぐに目を閉じる。
心臓弁が一気に開いたかのように大きく鼓動を打った。血液がドクンと押し出されて身体中にさらに熱が広がって行くみたいだ。
耳まで熱くなりきっと頬はリンゴみたいに真っ赤になっているかもしれない。
「すぐに持ってくる。ああ…こんなに赤くなって…」
彼の手のひらがそっと頬をなぞる。たったそれだけの行為。
なのに全身の肌が粟立ってどうしようもなく恥ずかしい。
シエルはそっと目を開ける。
心配そうに見降ろした彼の瞳が見えるとまたギュッと目を閉じた。
「すまん。つい心配でこのようなことを…」
彼はすぐに手を放した。
熱を失った頬は一気に冷気に包み込まれてぶるっと悪寒が走った。
目を開けるとボルクはもう部屋を出て行こうとしていた。
何だか寂しい感覚にシエルはカサカサの唇をぎゅっと噛みしめた。
しばらくしてべルールが着替えをしようと戻って来た。
「まあ、先に身体を拭いたほうがいいですね」
べルールはシエルの寝間着をはだけて背中やお腹をタオルで順番にきれいに拭いてくれる。
「さあ、少し横になれますか、今から寝間着を着替えますよ」
シエルは声がしっかり出せなくてうなずく。
べルールは手慣れたように寝間着を脱がせると新しい寝間着を着せかけてくれる。
その時ドアがノックされる。
「どなたです?今は無理です。少しお待ちください」
べルールは着替え中なので慌ててそう言ったのだが…扉が開いて誰かが中に入って来た。
寝室の灯りは煌々とついていてシエルの胸は晒されたままで。
「あっ!これは申し訳ないことを…失礼した。ハーブティーを持って来ただけだ。ここに置いておくから…」
あたふたとボルクがそう言ってポットとカップを置くと急いで出て行く。
「もう!だから今は無理だと言ったではありませんか。ウィスコンティン様!」
追うようにべルールがそう言う。
「シエル様大丈夫ですか?」
「えぇ…」
かなりの衝撃だったが何とかうなずく。
だって…きっとボルクに胸を見られましたわ。
羞恥心はむくむくと湧き上がるが怒りは湧いてこない。一体どうして腹は立たないのだろう。
そんな考えも熱が高いせいか、すぐに散漫してシエルはまた朦朧とした。
着替えが終わるとべルールがせっかくですからとハーブティーを進めてくれた。
「あ り がと…」
その味は何だか懐かしくとてものど越しが柔らかでシエルの身体の隅々にまで染み渡った。
潤ったおかげか喉の痛みが少し和らいだ。
「すごく、美味しいわ‥あっ声が出たわ。べルールのおかげよ」
「とんでもありません。そのハーブティーはウィスコンティン様が持ってこられたものですよ。かなりご心配のご様子でしたから」
「そう」
だからこんなに懐かしく感じたのかと思ってしまう。
彼は屋敷に来るとよくこうしてハーブティーを入れてくれた。何でも騎士隊では男ばかりでお茶を飲むので煎れるのがうまくなったと聞いた。
彼が煎れてくれるハーブティーにはほんの少しはちみつが入っているのも好きだった。
ハーブティーを飲んだおかげか少し気分が良くなったが、シエルはそのまま横になるとうつらうつらと眠り始めた。
やがて窓から薄っすらと薄紫の光が差し込むころまた目が覚めた。
今度は酷く咳込んで目が覚めた。
寝室の椅子にはべルールが座ったまま眠っていた。
もうべルールったら、あなたまで風邪をひいたら…
シエルは急いで起き上がるとズキッと頭痛がしたが、べルールにひざ掛けをかけた。
そしてベッドの端に座ってポットに入っていたボルクの煎れてくれたハーブティーを飲もうとしていた時だった。
その時扉が開く音がした。
「だれ?」
驚いて身体を丸めるようにする。
「すまん、起こしたか?」
ボルクが顔を出した。
「ボルク?もう驚いたじゃない。違うの。目が覚めて喉が渇いてたから…あなたの煎れてくれたお茶を飲もうと思っていたところなの。だってあなたの煎れるお茶は美味しいから」
堅苦しい言葉を使うのも忘れてつい友達のように話しかける。
「そうか。良かった。どうせなら温かいお茶を持ってこようか?」
「ううん、まだ早いわ。あなたも疲れてるのにごめんなさい。コホンコホン」
「そんなこと気にする必要ない。熱は?」
ボルクが近付いてシエルの額に手を当てる。
もう子供扱いして…と思うが彼の真剣な眼差しにまたドキドキしてしまう。
「やはりまだ熱がある。もう横になった方がいい」
いきなりふわりと身体が宙に浮く。
「ヒェッ」
ボルクがシエルを抱き上げた。そっとベッドの横たえると満足したように微笑んだ。
「さあ、姫は大切な身体。朝いちばんに医者を呼びますから大人しく寝ていて下さい」
そんな事を言われて急に腹が立った。
あなたは皇帝に差し出す身体がそんなに大切なの?あなたはそれで平気なのよね。
こうなるとただの僻みとしか言えなくもないが。
「そうね。皇帝陛下に抱かれるためにこんな苦労してオーランド国に行くんですもの。大事にしなくてはね」
思わず心にもない言葉がこぼれた。
「俺がそれを平気だとでも?」
ボルクの口からそんな言葉が漏れたが、彼はそのまま部屋を出て行った。
ああ、怒らせたわ。
でも本当の事だもの。オーランド国に行けばそういう運命が待っている。
考えるだけでも嫌だ。
その間も咳が出て苦しくなった。
そうだ、お茶を飲もうとしていたのだった。
ゆっくり起き上がる。べルールを起こしたくはなかった。彼女も疲れているはずだから…
するとまた扉が開いてボルクが入って来た。
「温かいお茶の方がいいかと思って」
「ありがとう。今、お茶を飲もうと思っていたの」
ボルクはすぐに手を差し伸べてベッドに座らせてくれた。
カップにお茶を注ぐと隣に座りそっとカップを口元に持って来てくれた。
「さあ、ゆっくり飲んで」
彼はシエルを抱き寄せゆっくりとカップを口元に運ぶ。
シエルは言われたままゆっくりお茶を飲む。お茶は柑橘系の香りがしてとても飲みやすい。
何度か同じ動作を繰り返してお茶を飲むと喉が和らいで咳が落ち着いた。
シエルはそっと顔を上げた。
碧い瞳に茜色の瞳が映し出された。
シエルは紺碧の海に広がる夕焼けにも似ていると思う。
「シエルあなたの瞳は俺が子供の頃見ていた夕日にそっくりで心が落ち着く気がする」
「あなたこそ、そんな美しい瞳を持っていて憎らしいわ」
「何を言ってるんだ。君の方が断然美しい。誰よりも君は美しいよ」
ボルクは切ない瞳でシエルの濡れた唇をそっと指の腹で拭う。
「ボルク…」
彼の男らしい指先を感じてずっと秘めていた思いが溢れそうになる。
ボルクあなたが好き。今すぐそう言ってあなたにキスして欲しい。私を奪って欲しい。
心の声はそう叫んでいるのに、それを言ってはいけないと理性がそんな気持ちを押さえつける。
ゴトン。
音がしてふたりは振り返る。べルールが目を覚ましたらしい。
「シエル様大丈夫ですか!あなたは誰です?人を呼びますよ!」
ボルクが弾かれたように立ち上がった。
「安心しろ。今、シエル姫にお茶を持って来たところだ。驚かせてすまん」
「もう、いくらウィスコンティン様でもこんな時間に…」
べルールは文句を言いながらシエルが持っているカップを見てため息をついた。
「シエル様お茶が欲しいなら私を起こして下されば良かったんです」
「ええ、ごめんなさい。でも、べルールはよく眠っていたからつい…これからは気を付けるわ。ウィスコンティン様どうもありがとうございました」
「いえ、お役に立てて良かったです。まだ熱があるようです。横になって休んで下さい。医者は手配しますので」
そう言って急いで寝室を出て行くボルクの指先は親指と人差し指を擦り合わせていて、シエルの気は一機に沈んだ。
迷惑だったんだわ。
もう二度と彼にあんな口をきいてはいけない。
もう二度と彼を好きと思ってはいけない。
そう思うと身体がベッドに深く沈み込んだ。
20
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18

【完結】体目的でもいいですか?
ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは
冤罪をかけられて断罪された。
顔に火傷を負った狂乱の戦士に
嫁がされることになった。
ルーナは内向的な令嬢だった。
冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。
だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。
ルーナは瀕死の重症を負った。
というか一度死んだ。
神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。
* 作り話です
* 完結保証付きです
* R18
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される
狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。
ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。
ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる