一途なエリート騎士の指先はご多忙。もはや暴走は時間の問題か?

はなまる

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5 あなたの煎れるお茶が飲みたい

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 ボルクの呼ばれてすぐに侍女のべルールが来てくれた。

 「シエル様お加減が悪いとか?すみません。私がついていながら気づかないなんて…」

 べルールは寝間着のまま慌てて来たらしく髪も乱れたままだった。

 額に触れて熱があると分かるとべルールはすぐに着がえをと思ったのだろう。

 「あの、ウィスコンティン様、シエル様の着替えをしますので、あのもう休んで下さって結構です。後は私の方でやりますので」



 えっ?ボルクったらまだいたの?

 べルールがそう言って初めて彼がまだ部屋にいたと気づく。

 「ですが、心配です。そうだ。医者の手配をした方がいいですね。私はすぐに」

 「ウィスコンティン様今は真夜中ですよ。朝になったら医者をお願いします。とにかく今は着替えを…ああ、もう、忙しいので」

 べルールは忙しいとばかりにバタバタと着替えを取りに行く。

 

 シエルはうつろながらも聞き耳を立てていた。

 彼は小声でぶつぶつ言うとそっと私の額に触れた。

 「まだ熱が高いな…シエル君の好きなハーブティーは飲めそうか?」

 彼は何か力になりたいらしくそう聞いた。

 シエルはこくんとうなずいて彼を見た。

 心配そうな紺碧の瞳が目の前にあって、こちらを見ていてシエルはすぐに目を閉じる。

 心臓弁が一気に開いたかのように大きく鼓動を打った。血液がドクンと押し出されて身体中にさらに熱が広がって行くみたいだ。

 耳まで熱くなりきっと頬はリンゴみたいに真っ赤になっているかもしれない。

 「すぐに持ってくる。ああ…こんなに赤くなって…」

 彼の手のひらがそっと頬をなぞる。たったそれだけの行為。

 なのに全身の肌が粟立ってどうしようもなく恥ずかしい。

 シエルはそっと目を開ける。

 心配そうに見降ろした彼の瞳が見えるとまたギュッと目を閉じた。

 「すまん。つい心配でこのようなことを…」

 彼はすぐに手を放した。

 熱を失った頬は一気に冷気に包み込まれてぶるっと悪寒が走った。

 目を開けるとボルクはもう部屋を出て行こうとしていた。

 何だか寂しい感覚にシエルはカサカサの唇をぎゅっと噛みしめた。

 

 しばらくしてべルールが着替えをしようと戻って来た。

 「まあ、先に身体を拭いたほうがいいですね」

 べルールはシエルの寝間着をはだけて背中やお腹をタオルで順番にきれいに拭いてくれる。

 「さあ、少し横になれますか、今から寝間着を着替えますよ」

 シエルは声がしっかり出せなくてうなずく。

 べルールは手慣れたように寝間着を脱がせると新しい寝間着を着せかけてくれる。



 その時ドアがノックされる。

 「どなたです?今は無理です。少しお待ちください」

 べルールは着替え中なので慌ててそう言ったのだが…扉が開いて誰かが中に入って来た。

 寝室の灯りは煌々とついていてシエルの胸は晒されたままで。



 「あっ!これは申し訳ないことを…失礼した。ハーブティーを持って来ただけだ。ここに置いておくから…」

 あたふたとボルクがそう言ってポットとカップを置くと急いで出て行く。

 「もう!だから今は無理だと言ったではありませんか。ウィスコンティン様!」

 追うようにべルールがそう言う。

 「シエル様大丈夫ですか?」

 「えぇ…」

 かなりの衝撃だったが何とかうなずく。

 だって…きっとボルクに胸を見られましたわ。

 羞恥心はむくむくと湧き上がるが怒りは湧いてこない。一体どうして腹は立たないのだろう。

 そんな考えも熱が高いせいか、すぐに散漫してシエルはまた朦朧とした。



 着替えが終わるとべルールがせっかくですからとハーブティーを進めてくれた。

 「あ り がと…」

 その味は何だか懐かしくとてものど越しが柔らかでシエルの身体の隅々にまで染み渡った。

 潤ったおかげか喉の痛みが少し和らいだ。

 「すごく、美味しいわ‥あっ声が出たわ。べルールのおかげよ」

 「とんでもありません。そのハーブティーはウィスコンティン様が持ってこられたものですよ。かなりご心配のご様子でしたから」

 「そう」

 だからこんなに懐かしく感じたのかと思ってしまう。

 彼は屋敷に来るとよくこうしてハーブティーを入れてくれた。何でも騎士隊では男ばかりでお茶を飲むので煎れるのがうまくなったと聞いた。

 彼が煎れてくれるハーブティーにはほんの少しはちみつが入っているのも好きだった。


 ハーブティーを飲んだおかげか少し気分が良くなったが、シエルはそのまま横になるとうつらうつらと眠り始めた。

 やがて窓から薄っすらと薄紫の光が差し込むころまた目が覚めた。

 今度は酷く咳込んで目が覚めた。

 寝室の椅子にはべルールが座ったまま眠っていた。

 もうべルールったら、あなたまで風邪をひいたら…

 シエルは急いで起き上がるとズキッと頭痛がしたが、べルールにひざ掛けをかけた。

 そしてベッドの端に座ってポットに入っていたボルクの煎れてくれたハーブティーを飲もうとしていた時だった。

 

 その時扉が開く音がした。

 「だれ?」

 驚いて身体を丸めるようにする。

 「すまん、起こしたか?」

 ボルクが顔を出した。

 「ボルク?もう驚いたじゃない。違うの。目が覚めて喉が渇いてたから…あなたの煎れてくれたお茶を飲もうと思っていたところなの。だってあなたの煎れるお茶は美味しいから」

 堅苦しい言葉を使うのも忘れてつい友達のように話しかける。

 「そうか。良かった。どうせなら温かいお茶を持ってこようか?」

 「ううん、まだ早いわ。あなたも疲れてるのにごめんなさい。コホンコホン」

 「そんなこと気にする必要ない。熱は?」

 ボルクが近付いてシエルの額に手を当てる。

 もう子供扱いして…と思うが彼の真剣な眼差しにまたドキドキしてしまう。

 「やはりまだ熱がある。もう横になった方がいい」

 

 いきなりふわりと身体が宙に浮く。

 「ヒェッ」

 ボルクがシエルを抱き上げた。そっとベッドの横たえると満足したように微笑んだ。

 「さあ、姫は大切な身体。朝いちばんに医者を呼びますから大人しく寝ていて下さい」

 そんな事を言われて急に腹が立った。

 あなたは皇帝に差し出す身体がそんなに大切なの?あなたはそれで平気なのよね。

 こうなるとただの僻みとしか言えなくもないが。

 「そうね。皇帝陛下に抱かれるためにこんな苦労してオーランド国に行くんですもの。大事にしなくてはね」

 思わず心にもない言葉がこぼれた。

 「俺がそれを平気だとでも?」

 ボルクの口からそんな言葉が漏れたが、彼はそのまま部屋を出て行った。

 

 ああ、怒らせたわ。

 でも本当の事だもの。オーランド国に行けばそういう運命が待っている。

 考えるだけでも嫌だ。

 その間も咳が出て苦しくなった。

 そうだ、お茶を飲もうとしていたのだった。

 ゆっくり起き上がる。べルールを起こしたくはなかった。彼女も疲れているはずだから…



 するとまた扉が開いてボルクが入って来た。

 「温かいお茶の方がいいかと思って」

 「ありがとう。今、お茶を飲もうと思っていたの」

 ボルクはすぐに手を差し伸べてベッドに座らせてくれた。

 カップにお茶を注ぐと隣に座りそっとカップを口元に持って来てくれた。

 「さあ、ゆっくり飲んで」

 彼はシエルを抱き寄せゆっくりとカップを口元に運ぶ。

 シエルは言われたままゆっくりお茶を飲む。お茶は柑橘系の香りがしてとても飲みやすい。

 何度か同じ動作を繰り返してお茶を飲むと喉が和らいで咳が落ち着いた。

 シエルはそっと顔を上げた。

 碧い瞳に茜色の瞳が映し出された。

 シエルは紺碧の海に広がる夕焼けにも似ていると思う。



 「シエルあなたの瞳は俺が子供の頃見ていた夕日にそっくりで心が落ち着く気がする」

 「あなたこそ、そんな美しい瞳を持っていて憎らしいわ」

 「何を言ってるんだ。君の方が断然美しい。誰よりも君は美しいよ」

 ボルクは切ない瞳でシエルの濡れた唇をそっと指の腹で拭う。

 「ボルク…」

 彼の男らしい指先を感じてずっと秘めていた思いが溢れそうになる。

 ボルクあなたが好き。今すぐそう言ってあなたにキスして欲しい。私を奪って欲しい。

 心の声はそう叫んでいるのに、それを言ってはいけないと理性がそんな気持ちを押さえつける。

 

 ゴトン。

 音がしてふたりは振り返る。べルールが目を覚ましたらしい。

 「シエル様大丈夫ですか!あなたは誰です?人を呼びますよ!」

 

 ボルクが弾かれたように立ち上がった。

 「安心しろ。今、シエル姫にお茶を持って来たところだ。驚かせてすまん」

 「もう、いくらウィスコンティン様でもこんな時間に…」

 べルールは文句を言いながらシエルが持っているカップを見てため息をついた。

 「シエル様お茶が欲しいなら私を起こして下されば良かったんです」

 「ええ、ごめんなさい。でも、べルールはよく眠っていたからつい…これからは気を付けるわ。ウィスコンティン様どうもありがとうございました」

 「いえ、お役に立てて良かったです。まだ熱があるようです。横になって休んで下さい。医者は手配しますので」

 そう言って急いで寝室を出て行くボルクの指先は親指と人差し指を擦り合わせていて、シエルの気は一機に沈んだ。



 迷惑だったんだわ。

 もう二度と彼にあんな口をきいてはいけない。

 もう二度と彼を好きと思ってはいけない。

 そう思うと身体がベッドに深く沈み込んだ。



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