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16嵐の前のひと時
しおりを挟む私はヴィオレッテ公爵家に帰って来た。
一応荷物も持って帰った。これはメアリーに気を使ったからだ。
帰って来いと言われたのだから一応許しが出たと思う。
まだ父は屋敷におらずリルが出迎えてくれた。
「お嬢様…サムから聞きました。いいんですか本当に?」
「ええ、大丈夫。ルドルフも付いててくれるし。それよりリルは大丈夫だった?お父様に何かされたりしていない?」
私はリルの首元や手首に視線を走らせる。
特に痣はないようだが、あの人のやることはえげつないから。
「いいえ、そんな事は何もありませんでした。お嬢様はフィアグリット公爵様の所にいらっしゃると聞かれるときっと安心されたのだと思います。そうかとお返事をされてそれ以上は何もおっしゃいませんでした。それからは私は仕事をしていましたから…」
「それよりリル。何か変わったことはなかったか?」
そう聞いたのはルドルフだ。
「それが特には…旦那様はあれ以来屋敷にはお戻りになっておりません。ずっと王宮の方に詰めておられるようで、お嬢様が戻られたら知らせるようにと言付かってはおりますが…」
「その伝言は誰が?」
「はい、騎士隊の方がされています」
「そうか。お嬢様お疲れでしょう。部屋でお休みになられた方が…」
ルドルフは荷物を持つと先に立って部屋に向かう。
私はそれを追うようにルドルフの後を追う。
思えばルドルフは馬に乗るときも手を貸してそれはもう優しくて手綱ヲ握らせて鞍がきちんとなっているか馬に変わりはないかと死きりに心配をしてくれて…
「ルドルフそんなに慎重にならなくても…」
「いえ、こんな事態です。どんなところに罠があるかわかりません。お嬢様は何も心配しなくていいですから。これは俺の仕事と思って下さい。馬も鞍も大丈夫です。では、出発しましょうか。俺の少し後ろをついてきてください。いいですか?」
ルドルフは腰の剣を一度確かめるように握ると馬にまたがった。そして屋敷まで帰って来たのだ。
屋敷に入るとルドルフは玄関から廊下までくまなく調べた。
それから部屋まで先に立って歩く。私の部屋の前に着く。
「お嬢様ここで待って下さい。一度中を調べますので」
ルドルフは颯爽と部屋の中に入ってあちこちくまなく調べ回った。
「以上ありません。どうぞ。荷物はリルに解いてもらいましょう。さあ、腰を掛けてゆっくりして下さい」
そそくさと荷物を置くと手を差し伸べ私をソファーに導く。
「もう、ルドルフったら私は子供じゃないのよ。でもありがとう。ここはいいからあなたも少し休んで」
「いえ、しばらく俺はお嬢様のそばを片時も離れるつもりはありません!」
「そんなに気を張っていたら倒れてしまうわ。じゃあ、一緒にお茶でもどうぞ」
そこにリルがお茶を運んできた。
「お嬢様の好きなお菓子も用意しました。料理長が今夜は張り切ってごちそうを作るって言ってました。ほんとにみんな心配していましたから」
「ええ、後で謝らなくちゃね。でもきっと今夜は父が帰って来るでしょうから…今から気が重いわ。きっと大変だと思うわ」
「お嬢様には指一本触れさせません。安心して下さい!」
「そうね。何も怖がる必要はなかったわね。あなたがいてくれるんだもの」
「でもルドルフ、旦那様に逆らったりしたら…」リルはぎゅっと目をつぶる。
「俺は旦那様には辞めると伝えたんだ。今はお嬢様に雇われている」
「まあ、お嬢様が貴方を雇ったの?」
ルドルフは満足そうな顔でうなずいた。
私はここでやっとルドルフにお金を渡していなかった事を思い出す。
「ええ、そうだわ。ルドルフに支度金を払っておくわね」
急いで荷物からお金を取り出してルドルフに渡した。取りあえず2千ガナル。
「お嬢様?このお金がどうやって…」
「殿下からいただいた宝石を売ったの。結構な額になったわ。だから安心してルドルフ」
「売ったって?いつそんな事をしたんです。大金を持って街中をひとりで歩いたんですか?」
「ええ、そうよ」
「もう、何やってるんです!どうして俺に言ってくれなかったんです。お嬢様に何かあったら…」
ルドルフは途端におろおろしてまるで迷子になった子供みたいに落ち着きがなくなる。
「ルドルフったら大げさね。ほら、私は大丈夫でしょう?さあ、お茶が冷めてしまうわ。リルも一緒に座って飲みましょう」
「でもお嬢様…」
「いいから、遠慮なんかしなくていいから。リルには私が煎れてあげる」
私はカップにお茶を注ぐと私の隣にカップを置いた。
リルは諦めたように私の隣に座った。
そして私たちはしばし楽しい時間を過ごした。
そして夕方になって父は帰れないと連絡が入った。
私は張っていた気持ちが緩んでその夜安心して寝付いた。
ルドルフには使用人部屋で休んでもらうことになったが…可哀想だが仕方がない。
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