悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる

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38うそでしょ?

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 それから1ケ月が過ぎた。

 ミモザは教会の診療所で看護助手として働いていた。

 だが、このところ気分が悪くて仕方がなかった。

 食べ物の匂いを嗅ぐと吐き気がしたり、妙に熱っぽい気もした。

 「ミモザさん、一度先生に診てもらったほうがいいわ」

 シスターにそう言われて医者に診察を受ける。

 「ミモザさん、お目出たですよ。2カ月に入るところでしょう」

 「えっ?…」

 ミモザは妊娠の事など爪の垢ほども考えていなかった。

 義理父の子供。キャメリオット公爵家の跡取り。義理母の待ち望んでいた銀髪で碧色の瞳の跡取りがこのお腹の中にいる。

 どうしようもない嫌悪で震える身体をミモザは自らの両腕で抱いた。

 (どうすればいいの…お腹の子供の事を知れば義理母は黙ってはいないだろう。ヴィオラは淑女教育を嫌がっているし結婚したいとも思ってはいない。私が帰ることに何の問題もないわ。それにここにいればいずれヴィオラから妊娠したことがキャメリオット公爵家に知れてしまう)


 「先生お願いします。この事はまだ誰にも言わないでもらえませんか?」

 ミモザはとにかく妊娠の事を隠したかった。

 「まあ、話すのはあなたの気持ちの準備が出来てからの方がいいでしょうね。ミモザさんは離縁されてますよね。どうするかよく考えたほうがいい。もし何かあればいつでも相談にのりますから」

 「ありがとうございます」

 ミモザはそう言って仕事に戻った。


 「どうだった?どこか悪い所があるって?」

 シスターが心配して来る。

 「いえ、ただの疲れみたいです。ご迷惑かけてすみません」

 「いいのよ。まだ慣れないあなたに無理をさせたこちらも悪かったわ。今日は午後から休んでもいいから」

 「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらいます」

 ミモザはそう言って午後は休むことに。

 これからどうしたらいいか考えるがまともな答えは出てこなかった。

 部屋に閉じこもっていると気がめいってしまうので翌日からはいつも通り仕事に戻った。

 (気分は悪いけど病気じゃないんだもの。それに休んでばかりもいられないわ。働かなくてはやって行けないし)

 どうするか決めれないまま数日が過ぎた。


 司祭から話があると呼ばれた。

 執務室に出向く。

 「まあ、座ってくれ」

 司祭がそう言ってミモザを座らせる。

 「ミモザさん、君は良く仕事をしてくれていると聞いている」

 「ありがとうございます。それで私にどんなお話でしょうか?」

 「ああ、それなんだが…個人的な事を聞いてすまないが君は妊娠しているそうだね」

 「どうしてそれを?」

 ミモザは驚く。医者には秘密にしてほしいと頼んだはずなのに…

 「ああ、ここは他とは少し違って女性ばかりが暮らしている。だから妊娠の事は私に報告をする決まりになっているんだ」

 「ああ、そうですね。隠していてすみません」

 「いや、君の気持ちはわかる。ミモザさんは離縁したばかりだったね?」

 「はい」

 「元の夫の所に戻る気は?」

 「まったくありません」

 「まあ、すぐには決めれないだろうがお腹の子はどうするつもりなんだい?」

 「私一人で育てようかと」

 「それなんだが…実はキャメリオット公爵家から君を引き取りたいと言ってきている」

 「えっ?でも、どうして?」

 ミモザはあっけに取られて啞然とする。

 「うちもキャメリオット家にはかなり世話になっていてね」

 「そんな…私あの家には戻りたくないんです。どうかここに置いて下さい」

 ミモザは縋るように司祭に頼む。

 「だが…うちも多額の寄付や薬剤などの絡みがあって、なかなか強く拒否することも難しい。どうだろう?一度キャメリオット公爵家に行って話をしてみては?君の気持ちもわかるがこれから生活していくには色々と大変なことも増えて来るし…どうだろう?」

 司祭の言葉使いはあくまでも穏やかで優しい。

 でも、ミモザにでも司祭が言いたいことはわかった。

 これはすでに決定事項でミモザの意見はお構いなしっていうパターンだと気づく。

 (後は素直に行くか無理やり連れて行かれるかだけの事なんだろう。でも、嫌なものはいやだ)

 「司祭様世話になりました。今日限りで辞めさせていただきます。すぐに出て行きますので…シスター優しくして頂いてありがとうございました。では」

 「いや、それは困る。ミモザさん待ってくれ」

 「いいえ、死んでも嫌です。あんなところには二度と帰りません」

 「まあ、そう言わず。ミモザさん落ち着いて…」

 司祭がミモザの手を掴んだ。

 「放してください!私に触らないで!」

 「そうじゃない。まったく。おーいラーマスさん入って来てくれ!」

 司祭はどうにも無理と判断したらしい。

 そこにキャメリオット公爵家の執事と護衛兵がふたり入って来た。


 「若奥様、お身体に触ります。さあ、一緒に行きましょう。大奥様がお話があるそうですので…大丈夫です。きっとあなたの悪いようにはなりませんから」

 執事のラーマスは優しく声をかけた。

 それはそうだろう。公爵家の音取りを身ごもって居るのだから…

 「ラーマスさん。私はもうあの家の者ではありません。絶対に行きません。あの人と話はありません!」

 「ですが、お腹の子はキャメリオット公爵家のお子でもあります。あなたの一存でどうにかなるなどと思わないでいただきたい。これは法律でも決まっている権利なんですよ。爵位のある嫡男の子供はその爵位を受け継ぐ権限があるのです。それを誰も邪魔することは例え母親でも出来ません。ご存知のはずです」

 「それは…」

 ミモザも学院で習ったことがあった。貴族の跡継ぎがいかに大切な存在かと言うことも自分には権利があることも。

 だからそれ以上何も言えなくなった。

 「大奥様は大喜びなさっているんです。あなたの事を決して悪いようにはなさいません。私どもも無理に連れて行きたくはありません。ですから安心していらして頂けませんか?」

 「わかりました。あの屋敷には話をしに行くだけですから…荷物は持って行きません。司祭様私が戻って来てもよろしいでしょうか?」

 「ええ、きちんと話がついての事でしたら構いません。部屋はそのままにしておきます」

 「お願いします」

 ミモザは逃げることは出来なかった。後ろには護衛兵がいる。

 仕方なく諦めて執事について馬車に乗るしかなかった。


 
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