悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる

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23こんなはずじゃぁ

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 ミモザとセルカークは診療所に戻って来た。

 朝が早かったせいで昼になったばかりだった。

 午後からは診療をするのでセルカークはせわしげに来ていたコートを脱ぎながらミモザに話をする。

 「残念だったミモザさん。元気出せよ。それで、これからどうするつもりだ?」

 「そうですね。先生にはほんとにお世話になりっぱなしで心からお礼を言います。でも、いつまでもくよくよしても仕方ありませんから、一から出直します。平民ですのでまず住まいと仕事を探さなくてはいけませんね。明日にでも住むところを探してここを出て行きますのでご心配なく」

 (だって、部屋はシルヴィの時に住んでいた家だし、いくら模様替えしてあるとはいえやっぱり嫌な事を思い出したりするのよ。確かにセルカークはあの頃とは変わったのかもしれない。でも、だからってシルヴィにした仕打ちがなくなるわけでもないんだから…まあ、彼は私がシルヴィの生まれ変わりだって気づいてもないでしょうし、それに怪我の事だって考えてみればどうせ女ともめたかなにかに違いないもの。まあ、今さら彼を責めるつもりもないけれど…)

 と思っているとセルカークが心配したらしい。


 「いや、若い女性の独り住まいは危険だろう。俺はここに住んでもらっても構わない。部屋は空いているしここで仕事を続けてもらっていいと思っている。もちろん君が良ければの話だが…どうだろう?」

 ミモザがはっと目を開く。

 「でも…そんな事は出来ません。それにあの男からおかしな勘繰りをされて先生すごく気分を害されたんじゃないんですか?本当にすみません。お世話になっておきながらあんなひどい事を…」

 (言いたくもなかったことを告白までして頂いて…)


 セルカークは慌ててそれを否定する。

 「そんな事ちっとも怒ってないさ。むしろミモザさんこそ嫌な思いをして辛かっただろう。すまん。君は疲れているのにこんな話をして、いいから今日はもう休んだ方がいい。ゆっくり風呂にでも入って…そうだ。夕食は一緒に食べに行かないか?」

 「ええ、でも先生は今から仕事をされるんでしょう?先生こそお疲れじゃないんですか?私もお手伝いしますから…そうだ。お昼を作ります。少し待っていてください」

 (まあ、この話はきちんと住むところが見つかってからにしよう…さあ、それよりご飯の用意をしなくちゃ!)

 ミモザは貧乏子爵家の出身なので、身の回りの事は幼いころからやって来た。使用人は最低限だったので食事の手伝いや掃除、洗濯なども出来る。

 父親は男は仕事があると全く家事を手伝うこともなかったのでミモザは母の手伝いを早くからするようになったのだ。


 ミモザはキッチンに行くとすぐに小麦粉でパンケーキを焼く。

 そうしながら鍋を火にかけて野菜のくずやベーコンの切れ端を切ってスープを作り香りづけにスターアニスをいれる。

 他にも肉を細かくしてこねて丸めて焼いてトマトソースで煮込む。仕上げに肉の上にチーズをのせる。

 いやなことを忘れようとミモザは一生懸命昼食作りに集中した。

 手早く出来て安上がりな昼食が出来ていく。

 ワンプレートにして盛り付けると見栄えも豪華で片付けも楽なのでミモザは子爵家にいた頃も良くこうやって昼食を作った。

 「先生。お昼にしませんか?」

 診察室の扉を叩いてセルカークに声をかけるとダイニングに戻ってスープを皿に注ぎ始めた。

 「もう出来たのか?早いな」

 セルカークは驚いたようで診察室から出てダイニングに入って来た。

 「何だかいい匂いだな」

 「スターアニスのスープですよ。疲れた時にいいんです。お口に合うかわかりませんが…」

 ミモザは少し照れ臭そうに言う。

 セルカークはスープの匂いを嗅ぐとその液体をスプーンで口に運ぶ。

 「ごくり。…うん、旨い。これは塩気と甘みが絶妙に相まっていくらでも飲めそうだな」

 彼はほんとに美味しそうにスプーンでスープを掬い何度も口に運んでいた。

 「気に入ってもらえてよかったです。さあ、パンケーキや煮込み肉もどうぞ」

 「パンケーキなんて何年ぶりかな…それにトマト煮込みか。これはうまそうだ。女性が作るとこうも美味しそうに作れるとは…まったく。参ったな」

 セルカークは嬉しそうに美味しそうにパクパク食べる。

 「ミモザさんも食べないと、俺が全部食べてしまうぞ」

 「ええ、張り切って作ったらお腹がすきました。うん、意外と美味しいですね。このスープ」

 自分で作っておきながらスープが美味しいって言うなんておかしい。と思いながらも楽しい食事をした。


 「片づけは俺が…」

 「いいえ、先生は仕事があるんです。これは私の仕事ですよ」

 皿を取り合いながらセルカークと楽しい会話が弾む。

 セルカークが診療室に戻って行くとひとりきりになって、あっ!と思った。

 (私ったらあんなに彼の事憎いって思ってたのに…彼に気を許すなんてどうかしてる。

 でも、今日はうれしかったな。何度も彼は私を助けてくれた。最後には自分の言いたくない身体の事まで暴露して。

 そこまでしてくれる男の人なんて初めてかもね。

 だからこんなに胸の奥がくすぐったくなるのかな?

 何だか私、彼が好きになりそうかも…

 ううん、冗談じゃないわ。彼は憎むべき相手で好意を抱く相手じゃないのに。

 私ったらほんと、どうかしてるわ。やっぱり相当疲れてるんだ)

 ミモザは手伝うつもりだったが、少し休むことにした。



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