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しおりを挟む瑠衣は目覚めて周りを見回した。
土の床に土の壁、何やらかび臭い匂いがして、横になっていたのは粗末なベッドだった。その上にシルクのドレスを着た自分がいる場違いな雰囲気に唖然とする。
うそ…どうしてわたしまた牢に入ってるの?
いったいいつの間にこんな所に入れられたんだろう?
ロペについて宮殿に入って部屋に通された。そしてお茶を飲んで…まさか…誰がこんなことを?レオナルドはわたしがいなくなったことに気づいてるの?
そうだ!ロンダ達は?隣の部屋にいたんだもの物音に気付いて‥‥
「ロンダさん?ねぇ…誰かいる?聞こえたら返事して…お願い。誰か助けて…どうしてこんなことに?ねぇったら…いい加減にしてくれない。わたしをここから出してよ。今すぐに!」
瑠衣は大きな声で叫んでみた。
だが、その声に応えてくれるものは何もなかった。
こんな所にたったひとりで、どうしろって言うのよ。
あっ!もしかしたらレオナルドたちも捕まったのかもしれない。どうしたらいいのよ。彼に何かあってももう生き返らせないのよ…
瑠衣は粗末なベッドに腰かけて悶々とする。
わたしはもう何の力もないただの人間になったのだ。もう誰も必要としてくれる人などいない。
瑠衣はますます臆病に、卑屈になって行った。
その頃レオナルドは議員たちと議論をして、ほぼ自分の思っていたように話がまとまった。後は細かい点を詰めて行けばきっとお互いの国はうまくいくに違いない。明日にはプリンツ王国を出発して、帰ったらすぐに食料援助の手配をしなくてはならなかった。
瑠衣とゆっくりしたかったが、今はそんな事も言っていられない。
ただ、瑠衣の体が心配だ。帰りは馬車で一緒に帰ろう。知らせは先に誰かに頼めばいいだろう…ああ、遅くなった。瑠衣は待ちくたびれたかもな…なにしろ行く前に俺は興奮しすぎたから…レオナルドの顔は瑠衣がいる部屋に近づくと全く締まりがなくなっていた。
「瑠衣?どこだ?…おーい、瑠衣?」
レオナルドはソファーにかかっている瑠衣のカモダールを見ると、思わず顔がほころぶ。
「瑠衣?どこだ?俺をからかってるのか?おーい!どこなんだ!」レオナルドは部屋中探して回る。一体どこにいるんだ?そうだ。ロンダ達が隣の部屋にいるはずだ。
隣の部屋のドアを叩く。
「ロンダ?おい、ロンダ?」ドアを開ける。
そこにも誰もいなかった。
そうだ。俺の護衛たちはどうした?
別の部屋のドアを開けてみる。そこにも誰もいなかった。どうなってる?まさか…プリンツは裏切ったのか?
あんな話し合いをさせている間に、瑠衣たちを人質に?おい、嘘だろう。一国の国王を人質に取ろうと言うのか?何のために?
レオナルドは冷静になろうとする。だが瑠衣の事を考えると頭に血がのぼった。
クッソ!覚えていろよ。プリンツなんかもう知らん。絶対に助けてなどやるもんか!とにかく瑠衣たちを探し出してすぐに帰る。
レオナルドは、国王の部屋に押し掛けた。ドアを開けると怒鳴り始めた。
「トラブロスどうなってる?俺の妻も護衛兵も誰もいない。どこに連れて行った?もしかして何かを企んでの事か?」
言葉使いも態度もいつものレオナルドに戻っている。赤い瞳は恐ろしいほど燃え上がり、耳は後ろにピンと尖り、尻尾は上を向いて逆立っている。
「レオナルド陛下いったい何のことだか…あなたの妻と護衛兵がいないんですか?」
「そうだ。今日着くことになって…いや必ずいたはずだ。ソファーには妻のカモダールが掛かっていたんだからな。いいから答えろ!」
レオナルドは牙をむきトラブロスに食って掛かった。
「待ってくれ、わたしには何のことだか。今ルカディウスを呼ぶ」
国王トラブロスはすぐにルカディウスを呼んだ。
「陛下、何の騒ぎですか?」
「アディドラ国の客人がいなくなった。国王の妻も護衛兵たちも誰もいないそうだ。すぐに何とかせよ」
「レオナルド陛下、まさか…いえすぐに宮殿内を探しますので、どうかしばらくお待ちください」
「本当に待っていてもいいのか?もしわが妻に何かあったら許されないぞ」
「その時はどうするおつもりで?」
「この国を滅ぼしてやる。人間のこざかしい奴らめ獣人の力を思い知るがいい」
燃えたぎる怒りに任せてレオナルドの悪態はとどまるところを知らない。思いつくまま言葉をはきだす。
ルカディウスは目を覆うようにしてトラブロス国王に言う。
「トラブロス陛下、お聞きになりましたか?獣人はやっぱり人間の事などこれっぽっちも考えてはおりません。わたしの言った通りでしょう?彼らに助けを求めるなど自殺行為にすぎません。もしかしたらここに来たのは戦いを仕掛ける口実を作るためかも知れません。それに彼は国王ではないのかもしれません。この姿をご覧下さい。恐ろしい化け物じゃありませんか。ここは一刻も早くご決断を。偽の国王を人質に取ってアディドラ国に取引を持ち掛けましょう。おい、近衛兵こいつは偽物だ。アディドラの国王などと噓をついた奴を取り押さえろ」
「いや、早まるなルカディス!」
「もういい!お前らには頼まん。俺ひとりで探す!」
レオナルドは身をひるがえした。
だが、遅かった。一本の矢が彼の脚に突き立った。
レオナルドは、朦朧としてばったりと床に倒れ込んだ。矢には毒が塗ってあった。恐ろしいジキタリスの毒が…
ジキタリスは、めまいや頭痛、錯乱を起こしたり最悪心臓マヒを起こす作用があると言われている毒草だった。
レオナルドは誰かに呼ばれている気がして牢の中で目を覚ます。
「レオナルド陛下、しっかりしてください」
レオナルドは気づいて体を起こそうとした。だが、頭が激しく痛み、それにめまいがして体を起こすことが出来ない。
「誰だ?」
「ロンダです。大丈夫ですか?」
「ロンダ?ああ、イアスは元気か?彼女には悪いことをした‥‥」
「陛下何をおっしゃってるんです?」
「何をって…先日イアスから婚約解消の話が来て…それで‥‥」
「それは1年も前の話ですよ?」
「おいおい、ロンダ冗談はよしてくれ…つい先日の事じゃないか…いや、待て‥‥うん?‥‥ふぅ…何だか記憶があいまいで、どうしたんだろう?クッソ!頭が割れそうに痛い…」
レオナルドは頭を抱えるようにして苦しみ始めた。
ロンダは気づくとひとりで牢屋に入れられていたが、ついさっきレオナルドが連れて来られて自分のいる牢屋に入れられた。
他の護衛兵たちは別の牢屋に一緒の入れられているらしく、事の状況が全くつかめていなかった。だが、レオナルド国王までこんな所に入れたとなると、もうプリンツ王国の罠としか思えなかった。それに瑠衣さんも心配だ。
きっと彼女もどこかに捕らえられているはずで…何とかしなくては…
ロンダは焦った。だが、ここに捕らえられていてはどうにもできない。
クッソ!
”レオナルドしっかりしてくれ!…瑠衣さんがいればきっと何とかできるのに…”
「おい!衛兵。この方はアディドラ国の国王陛下なんだぞ。こんな事をしてただでは済まないからな。今すぐここから出してくれ!」
「そんなことを言われても…もし本当にそうならこんな事をするはずがないだろう?いい加減にしろ!お前らこそプリンツ王国に入り込んでこの国を混乱に陥れようとするアディドラのスパイのくせに…やっぱり獣人は卑劣なまねしかできない奴らだ」衛兵は獣人を蔑さげすむように睨み付けると顔をそむけた。
「おい!…でも、こんなに苦しんでるんだ。医師を呼んでくれ、いいから薬をくれ!」
「勝手に苦しめ!」
衛兵はコツコツ靴音を響かせて牢の前から離れて行く。
「頼む。おい、怪我もしてるんだぞ。手当てだけでも…おーい。聞いてるのか?」
ロンダの声はむなしく牢の壁に響いた。
ロンダはレオナルドの脚の傷口にベルトを縛り付けると、傷口を何度も吸い出した。これはきっと何かの毒に違いない。ロンダも何度か毒矢に当たった兵を見てきたから、レオナルドの異変に気づいたのだ。
「レオナルドしっかりしろ!お前はアディドラ国の国王なんだぞ。おい!わかってるのか?」
「なに?今夜は国王主催の晩さん会があるって?俺は行けそうもないぞ‥‥」
レオナルドの意識は遠のいていった。
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