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しおりを挟むレオナルドがその洞窟を見つけたのは偶然だった。彼は隊長としてのいつも責任と行動に心がけている。そのため戦いのないときは息抜きによくひとりで散歩に出かけた。エレナ山を歩き森の中を探索しているうちにある時洞窟の中できれいな泉を見つけた。森の奥深くの洞窟ということもあってか泉には滅多に人さえも近づかないようで、彼はこの場所がお気に入りの場所になっていた。
洞窟に着くと敷物を敷き、火を起こした。そのそばで持って来た食料を広げる。パンにチーズや干し肉、小さな鍋を持って来たので湯を沸かせば乾燥したトウモロコシ粉を入れてスープも出来る。
”今夜は満月だ。狼に戻れば傷の治りも早いだろう”レオナルドはそう思った。
傷はやはり毒のせいだろうかひどく化膿していたし、吐き気が続いて息も苦しかった。
でもその夜はとても晴れた夜で、洞窟の隙間から満月がくっきりとよく見えた。その月光が差し込んで泉に移り込んでそれは美しかった。
レオナルドはもう狼に変身していた。いつもならキラキラ煌めく銀色の被毛は流れるように波打ち美しい輝きを放つが、今日は被毛もすっかり輝きを失っていた。だがシルバーの瞳は荒ぶる獣の血が騒ぐのからんらんと輝いている。体の中からこみあげてくる野獣の血が騒ぎ、ついレオナルドは泉に飛び込んだ。でも傷が痛み息が苦しくなってすぐに泉から上がってしまった。火の横で体を横たえて少しずつ蝕むしばまれて行く死の恐怖にレオナルドは生まれて初めて恐いと感じていた。
”何を馬鹿な…この俺がそんなことを恐れるなんて…”岩の上に体を横たえると馬鹿な考えを押しやった。
それからしばらく静かな時が流れた。
無理にでも眠りに就こうとしていた時だった。
いきなり泉の辺りから光が輝き始めると、その光の中から女が飛び出してきた。
レオナルドは驚いてその女性をじっと見据えた。
女も驚いた様子でこちらを見ていた。
何が起こったのかわからない様子だった。
その女は裸で、みずみずしい裸体を惜しげもなく見せつけて泉の上に浮かんだいる。その妖艶な姿はとても人とはおもえなかった。
まさか女神が現れたのか?
その女の体は宙を浮いて岸まで来ると、ふわりと岩の上に舞い降りた。
レオナルドは狼のままだ。気が付くと体を起こしていた。勝手に野生の本能が得体の知れない女を威嚇していた。
すると彼女は驚いて、そして恐れたらしい。
「あなた狼なの?本物の?わたしを食べる気?ちょっと待って…」女はそう言うが早いか驚いて岩の上に尻もちをついた。
手を足をがくがく触れわせて後ろにじりじり下がっていく。
女がしゃべった。と言うことは女はやはり人間か?
レオナルドはこんな女を襲う気もないし、ましてや食べるなんて…
やっと正気に戻ったように女に話しかけた。
「待ってくれ、お前を脅かすつもりはなかったんだ。俺は狼だけど姿は人間とよく似た獣人だ。今夜は満月で狼になってるが明日の朝には獣人に戻る。だから心配しなくていい、お前を襲ったりしないから…だから落ち着いて…その…」
「噓…狼がしゃべった…」
女はますます混乱したらしく今度は泣きだした。
「いや…待ってくれ、俺は恐くない。ほらどうだ、これでも食え」
レオナルドは持って来たリュックからパンをくわえて女の前に落とした。そして後ろに下がった。
女はその様子をじっと凝視して見ている。だからレオナルドはまた後ろに下がってゆっくりと座った。
それを見るとやっと安心したのか泣き止んだ。
そして自分が裸だと気づくと急いで胸を隠した。
「見ないでよ。もう!わたしどうして裸なのよ?」
彼女は困って辺りを見回す。そして俺が敷いていた敷物を見た。
「それ貸してくれない?」
レオナルドは立ち上げると敷物を口でくわえて彼女の近くまで持って行った。彼女は急いでそれを拾うと体に巻き付けた。
そして少し安心したのか話しかけてきた。
「あなたって人間と狼のハーフなの?わたしのお母さんみたいに外国人と日本人のハーフみたいに?」
女の瞳がじっと狼の俺の方に向けられる。見たこともないほど真っ黒い髪。瞳は美しいまるで王の王冠にはめ込まれているような煌めくエメラルドの色だった。
「お母さんはハーフなのか」
女が恐る恐るこくんとうなずく。
「俺はハーフではない。獣人だ。獣人はいつもは人間と似た姿をしているが今夜は満月だろう?だから狼に変身するんだ。でもお前を襲ったり傷つけたりしないって約束する」
「ええ、約束ね。じゃあわたしもあなたを信じる」
「ありがとう。ところでお前どこから来た。いきなり光ったと思ったらお前が現れたが…」
「……」女は何も答えない。
さっきのパンを握りしめたまま唇を噛んでいる。
「どうした?何か嫌なことを聞いたか?」
女はこくんとうなずいた。
「そうか、じゃあ名前は?」
「るい…よ。あなたは?」
「俺か?俺はレオナルドだ」
「レオナルド…レオナルドの背中触ってもいい?」
女の顔が恥ずかしそうに赤くなる。そっと伸ばされた手は美しくその指は細く長くてとても女らしい。
レオナルドは思わずつばを飲み込んだ。女の指を見ただけで興奮するなんてどうかしている。それもこんな状態で…ったく!
レオナルドは舌を垂らしていたらしく、急いでその舌を引っ込めた。
「ああ、もちろんだ」
瑠衣はレオナルドに駆け寄りそっと背中を撫ぜた。
「ああ、なんて柔らかな毛なの…それにすごくきれい」
レオナルドは瑠衣は触りやすいように胴体をぺたりと地面につけて思う。
”いつもはもっときれいなんだ。でも今日は違う。体は辛いし毛並みも悪いだろう?”
レオナルドはそんな事を思う自分に驚く。女にいいように思われたいなんて…それに彼女に撫ぜられるとうっとりするほど気持ちがよかった。
「大きな足。それに爪も大きいわね」
瑠衣はそう言いながら足から肩にかけて撫ぜると首にしがみついた。
「すごいレオナルドの毛ってふわっふわっなんだ。きゃっ…」
瑠衣がはしゃぐ。
レオナルドはその柔らかな手が触れるたび、なんだか心地よい気分になった。
うっとり目を閉じてその感触を楽しんでいると、急に彼の胸にズキンと痛みが走った。レオナルドは一瞬体を強張らせると、瑠衣もそれが分かったらしく、体をビクンとさせた。
「ごめんなさいわたし…どこか痛かった?」
「瑠衣のせいじゃないんだ。怪我をしたんだ。毒矢だった。だから毒が抜けていないんだ。心配ない」.
「毒って?苦しいの?」
「ああ、少し息が苦しいんだ。それに吐き気もして…それに傷の具合も…」
レオナルドは舌を出して息を吸い込んだ。
「苦しそうね…わたしに何かできたらいいんだけど……」
「心配するな」
レオナルドはそう言ったが、彼はうつぶせて目を閉じると動かなくなった。
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