9 / 58
8アリシア、母を思い出す
しおりを挟むキラキラしたシャンデリアを見つめているうちにふっと幼いころの母との記憶が蘇った。
『アリシア、あなたはどんな時も正しいことをしなさい。人から押し付けられるのではなく自分の意志で行うのです。そうすれば後悔しなくていいですからね』
『お母様は?後悔してる?』
『いいえ、この国に来てまず生き延びなくてはと思ったんです。でも、悪いことはしていませんよ」
母はそう言って私の頭を撫ぜた。
「あなたを授かった事後悔したことはありませんよ。だってアリシアには滅んでいったペルシス国の誇りが流れているんですから。例え何があってもとにかく生き延びる事を考えるのですよ。後悔しないためにはまず生きる事です』
『うん、アリシアもそうする。後悔したくないもん』
まだ幼かった私は母が何を言いたいかもわかっていなかった。でもこの年になると母の言いたかったことがよくわかる気がする。
そんな母はある日、多分毒を盛られて死んでしまった。詳しい事は幼かったアリシアにはわからなかったが。
母は私を残して逝く事をものすごく心残りだと言い残して逝ってしまった。
幼かった私はただ母にすがって泣く事しか出来なかった。
そしてすぐに神殿に連れて行かれて聖女としての力を見出されて…
でも、私は母が言った”まず生き延びる事”と言う言葉を忘れたことはなかった。そして正しい事をしなさいと言う教えも。
これまで自分なりに国や人々の為になると信じて聖女としての責務をはたして来たつもりだ。
今回だって国の一大事だって言うから。
だって私はみんなが困ることや悲しむことを黙って見ていることは出来ないから。
それが母が言った正しい事だと思うし自分もそうありたいって思うから…
そうだ。この仕事が終わったら王都に帰って騎士隊の門でも叩いてみようかとも思った。
***
アリシアはそのまましばらくうとうとしてしまったらしい。
扉をノックする音がしてはっと目が覚める。
「はい、どうぞ」
アリシアは急いでベッドから起き上がり髪を手で撫ぜつけた。
「失礼します」
入って来たのはメイド服を着た女の人だ。
「お茶をお持ちしましたがよくお休みの用でしたのでサイドテーブルに置かせて頂きました。あのベルジアン様がお呼びなのですが」
「ああ、そうだったわね。ありがとう。あなたお名前は?」
「はい、ご滞在中お世話をさせていただきますミーシャと言います。よろしくお願いします」
ミーシャはこくんと音がするかのように腰を深く折り曲げた。
「そんな、私だってそんないい所のお嬢様なんかじゃないのでミーシャさんお互い気楽に行きましょう。あっ、お茶いただきますね。ありがとうございます」
アリシアはミーシャが止める間もなくカップを手に取った。
ちょうど喉が渇いていて冷めた紅茶はすごく美味しかった。
「そんな。アリシア様はすごく立派な聖女様だと伺っておりますから…お茶だってお替りをお持ちしましたのに…それに髪が乱れています。お直ししてもよろしいでしょうか?」
「えっ?ええ、その前に服を着てから」
アリシアは断ろうかと思ったがやめた。
だって今からマティアス殿下と会うことになるのだろうからと思う。
聖女服は脱いで横になっていたのでしわになった薄手のワンピースの上にまた聖女服を着た。
大司教から貰った首飾りを聖女服の上に引っ張り出して髪を整えてもらう。
「さすが聖女様です。すごく素敵です」
「そんな…いつもの事ですから」
部屋には半身が映るほどの大鏡があってアリシアの姿を映しだした。
もっ、ミーシャがあんなことを言うから…つい鏡を覗き込む。
ううん、いつもの自分だ。あっ、でも…唇が熱を持っている気がしてさらに鏡を覗き込んだ。
さっきグレンに口づけされた唇はいつになく赤く感じたから。
違う!何も変わってなんかいないから。
あんな失礼極まりないクソ。
「さあ、急ぎましょうか」
アリシアはミーシャに案内されてヴィルフリートと一緒にベルジアンの待つ部屋に向かった。
「アリシア疲れてないか?」
「大丈夫です。ヴィルフリートさんは?」
ヴィルフリートはアリシアがそう呼ぶと顔をしかめた。
「アリシアいくら何でも一応兄だから。その呼び方はまずい。せめてヴィルと呼んでくれないか」
「ええ、そうかもしれないですね。ヴィルこれでいいですか?」
「ああ、まあ。それより俺は殿下の治療の時どうしていればいい?そばにいて欲しいならそばにいるが」
「いえ、気が散ると思うのでなるべく他の人はどなたも下がっていてもらいたいので」
「ああ、わかった。じゃあ、隣の部屋にでも待機していよう。何かあったらすぐに呼んでくれ」
「ええ、わかりました」
「もっと気楽に行こうアリシア。なっ!」
ヴィルに軽く肩を叩かれた。
アリシアも自分でも気づかないうちに緊張していると思う。
だってこの国の殿下を治療するなんて…それも治癒魔法使った事もないのに。
アリシアは薄ら笑いを浮かべてヴィルを見た。
ミーシャに案内されてベルジアンの元を訪れる。
「遅くなりましたベルジアン様。それで殿下のご容態は?」
「お待ちしておりました。殿下は隣の部屋に休んでいらっしゃいます。どうかご覧になって…」
ベルジアンに促されてアリシアは隣の部屋に入った。
「うっ、こ、これは…」
アリシアの目に入ったのは白い包帯を身体中に巻かれた人間。
それにこの匂いは?弟切草?
脳内で弟を切るって…冗談にもほどがあるなどと不埒な考えが浮かんでアリシアは首を横に振った。
まさか…グレン殿下が犯人とかじゃないわよね?
「お待ちしておりました。マティアスを救ってくださいお願いします」
ひとりの女性がアリシアに縋りつく。
「こちらは王妃。殿下の母君です」
「お母様、全力で殿下をお治しします。ですがまず傷を見せて頂かないと」
アリシアはしっかりしなきゃと自分を奮い立たせる。
23
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
俺の番が見つからない
Heath
恋愛
先の皇帝時代に帝国領土は10倍にも膨れ上がった。その次代の皇帝となるべく皇太子には「第一皇太子」という余計な肩書きがついている。その理由は番がいないものは皇帝になれないからであった。
第一皇太子に番は現れるのか?見つけられるのか?
一方、長年継母である侯爵夫人と令嬢に虐げられている庶子ソフィは先皇帝の後宮に送られることになった。悲しむソフィの荷物の中に、こっそり黒い毛玉がついてきていた。
毛玉はソフィを幸せに導きたい!(仔猫に意志はほとんどありませんっ)
皇太子も王太子も冒険者もちょっとチャラい前皇帝も無口な魔王もご出演なさいます。
CPは固定ながらも複数・なんでもあり(異種・BL)も出てしまいます。ご注意ください。
ざまぁ&ハッピーエンドを目指して、このお話は終われるのか?
2021/01/15
次のエピソード執筆中です(^_^;)
20話を超えそうですが、1月中にはうpしたいです。
お付き合い頂けると幸いです💓
エブリスタ同時公開中٩(๑´0`๑)۶

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる