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38最終話

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 「陽介さん‥‥どうしてここに?」

 はつねの声だった。

 
 ベッドの上にいる奴に飛び掛かろうとしていた陽介の体が急停止ボタンを押されたみたいになる。

 脳の命令が間に合わず前に飛び出しそうな上半身を、腕と下半身が引き留めて体のバランスを崩し倒れそうになった。

 何とかつんのめる体の体制を整えるとはつねと目が合った。


 「はつね…大丈夫なのか?君はてっきり意識を失ったのかと‥‥」

 「もう、嫌だ‥‥」

 ベッドの上にいたのは、はつねだった。

 海斗ははつねの下に組み敷かれていた。

 おまけに意識を失っていて‥‥

 彼は裸でボクサーブリーフだけで‥‥

 陽介はまだ状況が飲み込めない。

 「はつね、どうなってるんだ?」

 流星の方が驚いて先に聞いた。

 「お兄さん来てくれたの?…‥わたし彼に首を絞められて意識がなくなる前に気を失ったふりをしたのよ。彼はわたしをベッドに運んだ。そして彼が油断したのを見計らって上にまたがって彼と同じように首に手をかけたのよ。柔道の落とし技、陽介さんに習っていて良かったわ。女でも出来るって陽介さんが教えてくれていなかったら危なかったわ」


 陽介は呆れた顔で言う。

 「はつねなんて無茶を…俺は君が意識を失ったと思ってもう生きた気がしなかったんだぞ」

 「だって‥‥陽介さん。わたしだって必死だったんだから、時間を引き延ばすためにお芝居したのよ。わたしもこんなにうまくいくとは思わなかった。でも失敗してもお兄さんが来てくれると思ってたのに、陽介さんまで来るなんて…もう‥‥」


 はつねは恥ずかしそうに顔を染める。

 だってシャツははだけてブラジャーはずり上がって胸が半分見えていたのだ。はつねはシャツを脱がされてもブラジャーをずらされてもじっと我慢して彼が抱きついてくるのを待っていたのだ。やっと海斗が被さって来たところに手をまわしていきなりひっくり返った。そして彼の腕も踏みつけて馬乗りになって首を締め上げたのだった。

 あっという間に海斗は気を失った。

 そこにいきなりふたりが現れたのだった。

 こんなの予想外で…‥



 海斗は意識を戻されると、すぐに手を後ろ手に取られて、陽介が手錠をはめた。

 海斗はまだ意識が混濁しているのか何が起きたのかわからない様子でベッドの端に座ったままボーっとしていた。



 流星は電話で警官をここに来るよう手配していた。

 「海斗まさかお前が…信じれん…」

 流星の落胆は大きい。

 「管理官、彼をお願いします。俺は彼女を‥‥」

 「ああ、頼む。桐生お前はここに残ってやってくれないか、後はこっちでやる」

 「いいんですか?」

 「ああ、はつねのそばには誰かいてやる必要があるだろう」

 「はい、ありがとうございます」



 流星は海斗にズボンをはかせてシャツを肩に羽織らせた。

 「まさかお前が犯人だったとは…」

 ショックのあまりしばらく声が出てこなかった。

 「署で事情を聞かせてもらおう。海斗、諦めてすべて話した方がいい。残念だよ本当に…‥」

 「俺ははつねが…‥」

 海斗はうなだれてそれ以上言葉にならなかった。

 流星は警官が来るのを待つためにキッチンに海斗を連れて行った。



 陽介はすぐにはつねのシャツのボタンをはめてやった。何しろはつねは震えていてボタンがうまくはめれなかったから…

 そしてその震えるからだをゆっくり、でも強く抱きしめた。

 「はつね無事でよかった」

 「よーすけさん、恐かった…」

 「こんな無茶するなんて!」

 「だって…海斗さんが来たから、わたしだって最初は断ったのよ。でも彼がしつこく言って来るし、もう、どうしようもなくなって…それに陽介さんは捕まったって聞いてたのに…こんなのずるいわ」

 「でも、無茶だ!全く君って人は‥‥もし何かあったら俺は…」

 「でも、無事だったからもういいじゃない。許してよ」

 「許せるもんか!」



 陽介さん何だか恐いですよ。

 いつもの仏頂面が何倍もパワーアップしたみたいでその顔渋すぎです。

 あっ、これって褒めてるみたい。

 はつねは思いっきり照れる。

 「あの…わたしトイレ行きたいの」

 はつねは逃げるようにベッドから立ち上がろうとした。

 「ひゃっ!」

 だが、立ち上がろうとして立ち上がれなかった。

 腰が抜けてぎっくり腰状態になったらしい。

 はつねは思わず彼にしがみついた。

 「陽介さん…助けて」

 「ほら見ろ、無茶するからだ」



 陽介ははつねをしっかり抱きとめると、額と額を合わせた。

 「もう、こんな無茶はしないって約束できるか?」

 「何でも言うことを聞くから…」

 「そうか?」

 陽介さんはにやりと口元を緩ませた。



 「胡桃沢はつね、俺と結婚する?」

 「はい、結婚します。何でもあなたの言うことを聞きます」

 陽介は見たこともない笑顔で笑うと、はつねの唇を吸い上げた。

 はつねも彼のキスに応えてキスを返す。

 そしてやっとはつねを抱えあげた。

 彼女の耳元で囁いた。

 「これではつねは俺だけのものだな」

 「もう、陽介さんってば‥‥こんなの…‥お願い。プロポーズもう一回やり直してよ。こんなロマンチックじゃないプロポーズはいやなの」

 はつねは甘えた声で陽介に文句を言ったが、その顔はちっとも怒っていなかった。




 海斗は警察に連れていかれて事情聴取を受けた。

 最初は先日はつねを襲ったことを否定していたが海斗が鑑定したDNA鑑定が他の事件のものだとわかり、陽介が調べてもらったDNAと海斗のDNAが一致して犯人と断定された。

 だが6年前の暴行や7年前の事件は全く違うと言った。

 陽介は長い間かけて調べて来た証拠を提示した。

 妹の証言で手の甲にやけど跡があること、7年前に被害者についていた毛髪、そのほかの目撃情報や人相、防犯カメラなどありとあらゆるものを…

 だが、決定的な証拠には不十分だった。

 はつねも警察で事情を聴かれてあの時犯人が言った言葉や声が今回襲われた時海斗が言ったものと同じだったとはっきり証言した。

 それでも海斗は自分はやっていないと否定し続けた。

 だが、髪の毛のDNAが海斗の者と一致するともう言い逃れは出来なくなった。

 やっと海斗はすべてを認めさくらさんやはつねを襲った犯人だと認めた。



 陽介はどうしてあんなことをしたのかと海斗に詰め寄った。

 妹がどうしてあんな目に遭ったかどうしても知りたかった。

 うなだれた海斗がぽつりぽつりと話を始めた。

 「好きだった女と初めてベッドを共にした時言われたんだ。俺は早すぎるって笑われた。それからだ。俺は女と関係を持つのが自信がなくなった。でも俺だって男だ。女の子を見ると…だからあんな事をしてしまった。女の気を失わせていると安心できた。だからつい何度も犯行を繰り返した」

 「でも、それならこの6年お前は何もしてなかったのはどうしてだ?」

 「最後にはつねちゃんを襲った時、もうはつねちゃんが好きだった。彼女がもし他の男にでもと思うと我慢できなかった。旨く言って彼女はそれからは他の男に興味を示さなくなった、だから俺は彼女を見ているだけで満足できるようになった。他の女を襲わ気もうせた。それに変にリスクを冒すのも危険だと分かっていたから、でもはつねちゃんがお前と知り合ってからすべてが狂い始めた。クッソ!桐生お前が余計なことをしなかったら‥‥」

 海斗はテーブルを拳で叩いた。



 「そんな勝手なこと良く言えるな。はつねさんがどんなに苦しんだかお前だって知らないはずがないだろう?だからもうあんなこと出来なくなったんじゃないのか?」

 陽介は海斗に言う。

 「ああ、そのことはほんとに悪かったと思っていた。だからこそはつねちゃんをいつも支えてきたんだ。俺ははつねちゃんとの未来を夢見ていたんだ。それなのに…‥」

 「そんなに好きなら真正面からぶつかるべきだったな。それに他の女性を苦しめたことは許せるわけがない!」

 俺の妹だって…クッソ!海斗を殴りつけてやりたい衝動に駆られる。

 陽介は拳にギュッと力をこめてそれをぐっとこらえた。



 「恐かった。いつばれて捕まるかもしれないと思うと…これでやっと楽になれる」

 「香月海斗。楽なれるなんて思うなよ。これからしっかり罪を償ってもらう。それなりの苦しみを味わってもらわなくてはそれが当然の報いだ。刑務所で犯行に及んだ女性の苦しみをよく考えるんだな」

 「…‥‥」

 海斗はそれ以上何も言えなくなった。

 そして留置場に連れていかれた。



 陽介はやっと妹の事件が解決して妹の墓前に事件解決の報告をした。

 さくらの墓は両親と同じ場所に会ってそこは小高い丘の上で桜の木が植えてあった。

 ”さくらやっと犯人を逮捕したぞ。これで少しは成仏してくれるか?

 お兄ちゃんお前の事もう少しみてやるべきだった。ごめんな。ずっと苦しかったよ。

 でもこれでやっと前に進める気がする。

 さくらもそれで許してくれるか?

 聞いてくれさくら、俺にもやっと心から愛する人が出来たんだ。

 その人と家族になろうと思う。どうかな?さくら、お前も喜んでくれるか?”

 陽介はさくらの墓にそうささやいていた。

 不意に陽介の頭に桜の葉がひとつ落ちて来た。

 まるでさくらがおめでとうと言ってくれたみたいだった。



 それから陽介は、はつねに言われた通り都内のホテルのレストランを予約してそこではつねにプロポーズのやり直しをした。

 その日は6月15日彼女の誕生日だった。

 はつねは宝石をちりばめたような夜景の見える展望レストランで夢のようなプロポーズを受けた。

 彼からダイアモンドの婚約指輪が入った小箱を差しだされたのだ。



 「胡桃沢はつねさん俺と結婚して欲しい。これから先ずっと君と一緒にこの日をお祝いしたい。俺と一緒の人生を送ってくれないか?」



 はつねの胸はうれしさでフルフルと震え瞳は涙でいっぱいになった。

 陽介さんがそっとハンカチを差し出して来る。

 そっと手を包み込まれその切れ長の瞳は溢れるほどの優しいまなざしを向けている。

 はつねは深く息を吸い込むと陽介を真っ直ぐに見つめた。



 「はい、あなた一緒ならわたしどこまでもついて行きます。これからよろしくお願いします。もちろん毎年お祝いしてくださいよ」

 「ああ、当たり前だ。なあ、はつね…今夜はここに泊ろう。いや、もう決めてあるからな」

 その夜の陽介さんはいままでで一番激しくて…‥はつねは快楽のるつぼに突き落とされた。

 そしてふたりはめでたく婚約した。



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