隣人は不愛想な警部!大人の階段登りたい男性恐怖症のわたしはロマンチックを所望しています

はなまる

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  部屋を片付けて急いで玄関に行くと海斗はもう靴を脱いでキッチンのところまで来ていた。

 「もう、海斗さん。待ってって言ったじゃない」

 「だって100数えたら入るって言ったし」

 「知らない…」

 「はつね可愛い。そんなに唇尖らせて」

 海斗さんがわたしの唇に触れる。

 いや!とっさに顔を反らす。彼が睨みつけるような目で見た。

 ぞくっととする恐怖。

 とにかく早く帰ってもらうにはお茶を煎れて。

 「もう仕方ないわね。お茶にするコーヒー?」

 私は何でもない風を装い声を掛けた。

 「そうだな‥‥」

 彼はカウンターキッチンの椅子に腰かけた。

 はつねはキッチンで湯を沸かし始める。

 早く帰ってほしい。

 張りつめたいとは今にもプチンと切れそうだ。


 「はつね、何か食べ物ない?おなか減ったー」

 その時、いきなり海斗が気の抜けた甘えるような声を出した。


 何よ。海斗さんもう調子よすぎ…こんな時にそんな事言うなんて‥‥

 ふっと笑ってしまう。

 すると何だか気持ちがほっと緩んだ気がした。

 ほんとはわたしだって彼があんな事したなんて信じたくない。

 やっぱりわたしの勘違いじゃないかって‥‥

 海斗さんはわたしの思っていた通りの人だって思いたい。


 「ねぇはつねー聞こえてる?おなか減ったよ~」

 彼がまたゆるゆるの声を上げた。

 もう、海斗さんったら子供みたい。


 この人があんな恐ろしい事出来るはずないじゃない。

 うん、きっとそうよ。

 海斗さんがそんな事するはずがない。

 きっとわたしが考えすぎてるだけなのよ…

 つい、はつねの張りつめていた糸が緩んだ。

 それもそうだ。彼とは長い付き合いなのだからと。


 「ええ、ちょっと待って海斗さん、今、冷蔵庫見てみるから」

 つい、気の抜けた声が出た。


 冷蔵庫を開けて中を見る。たいしたものはなかった。

 冷凍の焼きおにぎりとうどん。後は冷蔵庫にレタスやトマト。ハムも…

 「そうねぇ…せいぜいサラダうどんくらいかな…」

 そう言った途端、海斗さんがすかさず言う。

 「俺それ好き。ねぇはつねちゃんサラダうどん作ってよ。俺、もう腹減って死にそう」

 「海斗さん調子よすぎ。お茶飲んだら帰るってさっき言ったくせに…‥」

 「ごめん。これ食べたら帰るから。ほんとに…あっ、でもはつねちゃんの肩揉むって約束したよね。食べたら肩揉んだげるから」

 もう、海斗さんは嫌になるほどいつもの海斗さんで‥‥


 はつねは呆れたような顔をして彼を見て微笑んだ。

 もしこれで本当に海斗さんが大人しく帰ってくれたらわたしの思い過ごしかも知れないって思えるかも知れない。

 かすかな期待に今はすがりたいと思ってしまう。

 ううん、本当にそうだったらどんなにいいか知れない。

 はつねは思わず神に祈る。どうか間違いであって欲しいと‥‥


 「ほんとに約束してよ。ご飯食べたら今日は帰って、肩もみはまた今度でいいから」

 「そう?うん、わかった。だからお願いご飯作ってはつねちゃん」

 「じゃ、ちょっと待ってて…もう、海斗さんみたいな人と結婚したら奥さんは大変よ。まるで甘えん坊の子供がいるみたいだもの」

 「仕方ないだろう。俺は甘えん坊なんだから今頃気づいたの?でもはつねちゃんには優しくするって約束する」

 「もう!」

 海斗さんは笑っていた。


 はつねは思わず心の中でつぶやく。

 はあ…優しくするって…‥

 でも、海斗さんは頼れるお兄さんって感じだったから甘えん坊だったなんて知らなかった。

 ううん、甘えん坊じゃなくて思い通りにならないと気がすまないだけじゃない?

 それにけっこう自分勝手なところもあるわよね。


 そうそう、いつだったか高校生の時わたしとばったり会って買い物を一緒に付き合ってもらったことがあったけどあの時もわたしが買おうとした服が気に入らないってすごく怒った。

 あの時は友達とプールに行くからってキャミソールワンピースを買うつもりで、それに水着もビキニはダメだとかワンピースの上にはパーカーを羽織るのが当たり前だとか…‥

 わたしはそんな海斗さんの言うことをまったく聞かなかったけど…

 その後だった。わたしが暴行されたのは…‥


 はつねの体がぶるりと震えた。

 やっぱり…海斗さん怪しい…‥

 脳がまた危険信号を送り始めた。

 はつねは恐くなった。

 やっぱりだめ。彼に今すぐに帰ってほしい。



 「海斗さん、やっぱり悪いけどもう帰ってくれない。話なら昼間どこかのカフェでもいいじゃない。わたし気分悪いの…」

 「何だよそれ?今いいって言ったじゃないか。はつね最近おかしいよな。どうして?俺を避けてるみたい」

 海斗さんの顔は一気に怖い顔になる。

 まるでジキルとハイドみたいに…‥



 「そんなんじゃないから…お願い。とにかくもう帰ってよ!」

 はつねはついむきになった。

 「どうせさっき言ったことも嘘なんだろう?あいつと何でもないなんて俺を騙そうなんて許さないから、俺から逃げられると思うな。俺はずっとお前を見て来たんだ。誰にも渡したりしないから」

 彼がこっちに近づいてくる。

 「海斗さん恐い‥‥やめて…お願い。それ以上わたしに近づかないで‥‥」


 その会話は兄の流星も聞いていた。

 海斗?お前どうしたんだ?今のは本当に海斗なのか‥‥

 驚いたのははつねの兄の流星だった。

 海斗の話し方はとてもいつもの彼とは思えなかった。

 それにはつねの声には恐怖を感じた。

 流星はすぐにはつねのところに行こうとしていた。


 捜査一課を後にして廊下に出るとそこで桐生陽介とすれ違った。

 彼は留置場に連れていかれるところだった。

 「胡桃沢管理官」

 流星は陽介に呼び止められた。



 陽介は今朝本庁に出向いて管理官から話があると言われいきなり拘束された。 

 最初は何が何だかわからないままだったが落ち着いて考えるうちに香月海斗にはめられたと気づいた。

 彼の本能がはつねが危ないと知らせていた。

 何とかして彼女を守らなければ…

 そこに管理官と鉢合わせしたのだ。

 こんなチャンスを逃すことが出来るか。



 「何だ。今急いでいるんだ。話なら明日にしてくれ」

 「明日じゃ間に会わないんです。俺が捕まったのはあの香月海斗の陰謀なんだ。あいつははつねさんの証拠の偽装だって出来ます。俺は見たんだ。コンビニで香月がはつねさんの後を追うのを…でもその映像がなくなっていた。いいからはつねさんが無事か確かめてください。今だってはつねさんのところにあいつが行ってるかもしれないんです。あいつはあなたにはつねさんのマンションの暗証番号を聞いたって言ってたから、もしかしたら部屋の合いかぎだって持ってるかもしれません」

 流星はぎくりとする。

 はつねが危ないってどうしてわかるんだ?



 「桐生、お前はつねとどういう関係なんだ?」

 「俺、はつねさんと結婚するつもりです」

 「でも、はつねは海斗と結婚するんじゃ?」

 「はつねさんは彼と結婚する気はないんです。でも香月は彼女に結婚を断られて、先日も彼女を酔わせてホテルの部屋に連れ込んで乱暴する直前でした。そんな男が信用できますか?課長いいからはつねさんの無事を確かめてください」

 流星は桐生の性格をよくわかっているつもりだった。

 でもこんなことがあって彼の言うことすべてが信じれなくなっていた。

 だが、妹を思う気持ちに嘘はなさそうだとすぐに気づいた。



 「今しがた妹から電話がかかってきて、今ふたりは、はつねの部屋にいるらしいんだがどうも海斗の様子がおかしいんだ」

 流星は電話をスピーカーにした。



 『いや。わたしに近づかないで‥‥あなたやっぱり…わたしを襲ったのはあなたなんでしょ?わかってるんだから。陽介さんに罪を擦り付けようとしたのね…‥いや。やめてったら!』

 もみ合う音がしたかと思うと、何かがこすれる音がして、バタンと大きな音がした。そしてはつねの逃げ惑う声が聞こえた。

 『来ないで……わたしに近づかないで‥‥ねぇ、海斗さん落ち着いて話をしましょう…お願い乱暴しないで…』

 『だめだ。悪い子にはお仕置きが必要だ。もうわかってるんだろう?』


 陽介は血の気が引いた。

 やっぱりあいつが……はつねさんに指一本でも触れたら…‥

 次には怒りで気が狂いそうになる。

 「管理官もう時間がありません。早くはつねさんのところに…俺も行かせてください。彼女を守りたいんです。お願いです」

 陽介の声は悲痛だった。

 その声は心の底からの叫びとわかるほど。

 電話の声を聞けば何が起こりそうになっているかはもう一目瞭然だった。

 もはや一刻の猶予もない。

 こんなことはしていられないい。流星は決断した。





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