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  陽介はカウンターテーブルの椅子おに座ってお茶をすすりながら話を始めた。

 「火事で両親が亡くなったって言ったろう?それで妹は俺が住んでいた狭いアパートで一緒に暮らすことになった。火災保険にも入っていなくてすぐにお金に困った。俺はバイトをしてはいたがそんな給料じゃやっては行けない。それでホストクラブで働くことにしたんだ。ちょうど友人のつてがあって最初は酒の相手をしていればよかった。だがすぐにそれだけでは収入が少なすぎると気づいた。他のホストに聞いたら客を同伴したりその客と付き合うんだと教わった。俺には若いお客はついていなかったから馴染みで年配の金持ちの奥様とかが誘ってくるのに任せた。俺はただクラブについて行って一緒に酒を飲むのが仕事だと思っていた。でも違ったんだ…‥‥」

 陽介さんの顔は苦痛でゆがんで‥‥


 「陽介さん、嫌ならもう話さなくてもいいから」

 はつねは隣で彼の背中をそっとさすった。

 その背中はいつもの陽介さんじゃなかった。

 小刻みに震える背中はとても怯えた小動物のようで何だか彼の心の苦しみを垣間見た気がして‥‥

 それでも陽介さんはしばらくするとまた話を始めた。


 「誘いについて行った客は車をホテルに向かわせた。ホテルで関係を迫られて…俺は若かった。その…あっちの方をさすられて胸をこすりつけられたら嫌でも興奮してそれで関係を持つようになった。最初はぎこちなかったが、何度も色々なことを教え込まれて、相手は金を俺の頬ではたいて自分の好きなことをさせるような女で。俺は奴隷であっちは女王様。そんなことを出来るって仲間内で知られると年上の女たちから声がかかるようになった」

 彼は唇をかみしめ喉から声を絞り出しているのが分かった。

 これはわたしと同じようなことだ。

 わたしも暴行された話をするのはすごく辛くて苦しくて悲しかったから‥‥


 「俺は最初のうちこそ興味本位で…でもすぐに楽しいなんて思わなくなった。これは金もためだ。仕方がないと何度も心を空っぽにして色々な女の相手をした」

 「…‥‥他に仕事はなかったの?」

 わたしには想像もつかなかった。そんな世界があることもまだ一回しか経験がないわたしだけどあれが苦痛だなんて‥‥


 「はつねさんには考えられないだろうな。どんな仕事よりこの仕事は実入りが良かった。俺には金が必要だった。どんなことをしても妹には高校や大学に行ってほしかった。だからこの仕事にしがみついてしまった。くそみたいな世界だったのに…」


 「でも、妹が…さくらがあんな目に合ってそして事故で死んで…俺の中の何かがおかしくなった。しばらくは無茶苦茶した。女たちに言われるまま…でも俺はずいぶん前からその行為に嫌悪を抱くようになっていた…だから…まったく出来なくなったんだ」

 「…‥…」

 「何て言えばいいのか…あそこが役にたたなくなったんだ。それでお払い箱さ。まあもう、俺にはどうでも良かったんだ」

 陽介の瞳は氷のように冷たく感じられた。

 視線の先はどこを見つめているかわからないままにやりと笑う彼はすごく寂しそうにも見えた。

 何か言ってあげたいのに言葉が見つからなくて…


 「でも、こんな立派な捜査官になってじゃない。それってすごいことでしょ」

 「すごいのは君のほうだ。俺あれから誰とも出来なくなった。女を見ても嫌悪感であそこが反応しなかった…」

 「そんな事言わなくても…」

 はつねは真っ赤になる。

 「それがどう意味か分かる?はつねさん」

 陽介さんの切れ長の瞳がいきなり熱を帯びたみたいに見開かれる。

 はつねはそれだけでお腹がギュッと熱くなる。

 思わず頭をふるふる振った。


 「もう…陽介さん、話が脱線しましたから…捜査官になったのはすごいって…」

 「ああ、そうだった。でもそんなかっこいい話じゃない。俺に残ったのは妹をあんな目にあわした犯人への復讐だけだった。だから警察管になって犯人を見つけようと…でもまだ犯人は捕まってないんだ」

 陽介の拳が握り締められる。


 陽介はハッとした。

 まさか…俺は、さくらの犯人を捕まえるために彼女を利用しているんじゃ…

 君を守りたいとか言ってそのくせ何とかして海斗を落としてやろうと躍起になっていて。

 いや、違う。

 はつねさんが好きだ。

 こんな気持ちは本当に自分でも信じれないが彼女が気になって仕方がない。

 だからメールだって、買ったこともないプリンなんか買ったりしているんだ。

 おまけに体も心も彼女を求めていて。

 これは本気だって事の証拠じゃないか。



 「陽介さん。きっと犯人は見つかるわ。今にきっと尻尾を出すに決まってる。あっ!そうよ。わたし気づいたの…」

 「何に?」

 「家に帰ってわたし、あなたと海斗さんの事を比べてたの。あなたは無愛想だけどその分優しいでしょ?」

 はつねが柔らかい微笑みを陽介に向けた。



 「無愛想か?まあいい。それで?」

 陽介は顔色一つ変えずに体を乗り出す。

 本当ははつねが微笑んでたまらなく可愛いと思っているが。



 「海斗さんは優しそうに見えるけど実は恐いところがあって…大学祭の時男の人とただ話をしてる所を見て彼が何て言ったか思い出したの。あの時海斗さん、悪い子にはお仕置きだな。そう言ったの。あの暴行犯と同じことを‥‥それに盗聴器だって昨日だって睡眠薬を入れたのかもしれない。そんな恐いところが彼にはあるから…」

 「それは本当なのか?勘違いとか…」

 「ううん、絶対間違いないから。だからあなたの事信じれるって思ったんだから」

 「良かった。君は覚えていないから俺を信じてくれるしか方法がないからな。だが、あいつの事は少し調べてみる。だからはつねは気を付けないと」

 陽介さんは納得したらしくそっと腰をおろした。



 はつねはやっとプリンを口に入れた。

 口に入れた瞬間とろける。

 「んんんっ‥‥美味しい。陽介さんも食べてみて」

 はつねは彼にプリンとスプーンを差しだす。

 「ああ」

 陽介さんが顔色一つ変えずにプリンを口に入れた。

 「うん、うまいな」

 大したことはないという風な顔だ。

 「でしょ?わたしはたい焼きもいただこうと」

 クロワッサンたい焼きは外はサクッとしていて中はもっちりで‥‥

 「もう、これ癖になる。はい、陽介さんも食べて」

 「俺、はつねさんが持ってきてくれたチャーハン食べたから…」

 「いいから食べて、わたしに信じて欲しいなら」

 「わかった」

 陽介さんもたい焼きを一口、口に入れると顔をほころばせた。

 「うん、これはうまい」

 陽介さんってどうやら和菓子の方が好きなんですね。わたしはどちらも好きですから…



 そこにはつねの携帯メールの着信音がする。

 はつねは携帯電話を開いてメールを見た。

 うそ。海斗さんからだ。嫌だな…

 「陽介さん…」

 「どうした?」

 「海斗さんからメールが来た。どうしよう」

 「開いて、大丈夫。俺が付いてる」

 「うん‥‥」

 はつねは恐る恐るメールを開く。

 【はつねちゃん昨日は悪かった。でも俺の言ったこと嘘じゃないから、それに桐生を家になんか入れちゃだめだよ。あいつ何するかわからないから、もしよかったら今からそっちに行きたい。都合はどう?】

 はつねは首を振る。無理無理…

 「都合が悪いってメールして」

 陽介さんが即座に言う。

 【海斗さん今日は大丈夫だから、じゃあおやすみなさい】

 【大丈夫じゃないだろう?家にいる?】

 【ええ、家から出ないから大丈夫】

 【そうか。しっかり戸締りして出ちゃだめだぞ。じゃ、おやすみはつねちゃん】

 【おやすみなさい。海斗さん】

 はつねは、ほっと息を吐く。

 「そうは言ったけど陽介さんどう思います?」

 「あいつの事だ。きっと君の様子を伺いに来るに違いない」

 「ですよね‥‥」

 きっと来る。そう思うともうたまらなくなる。

 「どうしよう…恐い。だって海斗さん暗証番号だって知ってるし‥‥」

 はつねは陽介の腕にしがみついた。

 「今晩は俺のところに来た方がいい。もちろんはつねさん次第だが…」





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