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 はつねは陽介の家に冷凍チャーハンを届けると自分の部屋に帰って来た。カウンターキッチンの椅子に腰かけたままテーブルにピヨピヨ堂のプリンを置いた。

 頭の中はコンビニのおでんの仕切り板がはずれて中の具材がぐちゃぐちゃになったみたいな気分だった。

 陽介さんの言った事。

 海斗さんの言った事。

 ふたりの言い分は全く反対だし、そう言えばふたりのイメージって真逆だ。


 陽介さんは冷たいイケメンってイメージ。不愛想で生真面目。だけどふたを開けたら以外にも優しくて温かい人だ。

 あっ、意外は余計かも…‥

 それにたまに見せるにやついた顔とかすごく可愛い。


 反対に海斗さんは、すごく甘いマスクでいつもニコニコしていて優しい。

 だけど本心は何を考えているかわからないところがある。

 それに怒ると暴力的になるところも…

 だって盗聴器も仕掛けていたし、いつだったかわたしが大学の学園祭の時、小さな男の子が迷子になって一緒に連れの人を探しててお父さんが見つかってお礼を言われてたら、仲良さそうにしてたみたいに見えたらしく、海斗さんすごい恐い顔をしてわたしの手を引っ張って、腕を後ろ手にまわされて「何してる。悪い子にはお仕置きだな」って、あの時の海斗さんすごく恐かった。

 えっ?今、わたし‥‥悪い子にはお仕置きがって海斗さんあの時そう言ったよね?

 えっ?まさか…いや、まさかでしょ!


 その時メールの着信音が鳴った。

 はつねは携帯を開いてメールを見た。

 あっ、陽介さん。きっと心配してる。

 はつねはクスッと笑った。

 確かに少し恐かったが恐怖という怖さではない。

 だっていきなりプリン。

 そして抱擁とキスなんて。

 ほんと陽介さんっていつもいきなりですよね。



 最初のキスもいきなりで…はつねはそれを思い出すと胸がジーンと熱くなった。

 でも、彼はいつも優しさに溢れていて温かかった。

 メールの続きを読む。結婚?わたしと陽介さんが?

 一瞬、心臓がどよめく。

 今日のようなしおれた心には、枯れた大地に恵みの雨が降り注ぐみたいにしみ込む‥‥結婚の文字。



 その続きを読んではつねはまたしなだれた。

 ああ、もちろん噓の結婚で、口裏を合わせて嘘をつくって事。そうすれば海斗さんも諦めるだろうと…

 なんだ噓か…なに?この焦燥感‥‥

 おまけにメールで改行するなんて陽介さん。

 でも、普通こんな話メールでする?

 何だかくそ真面目な顔が照れている顔が浮かんでおかしくなる。。

 はつねは無意識のうちにすぐに返信を送っていた。



 【わたしこそ今日はごめんなさい。実は海斗さんに電話したんです。そしたら彼、陽介さんが私を裸にしたって言ったんです。彼はあなたは女たらしで信用できない奴だって言って、わたし昨日の事覚えてないし、どちらを信じればいいかわからなくなって、それであなたを見たら余計に混乱して…だから自分の家に帰るって言ったんです。本当にごめんなさい。あなたがそんなことをする人じゃないってわかってたのに。あの、それで、嘘の結婚わたしもいいと思います。海斗さんやうちの両親を諦めさせるにはちょうどいいかなって思いますから。でもこんな大事な話をメールで、ですか?まあいいですけど。はつね】送信。

 メールを送ってぎょっとする。

 えっ?どうしよう。もう、わたしったら秘密全部ぶちまけてるじゃない。

 いいのだろうか。まったく何やってんだろう。


 陽介の携帯の着信音が鳴る。

 陽介は急いで携帯を見た。

 海斗がそんなことを。

 あいつ許せん奴だ。

 彼女にあんな事をしておきながら知らん顔をするなんて…

 だが、結婚の話は分かってもらえたみたいだな。

 「うっ!」思わず声が出た。やっぱりか…当たり前だ!

 はつねさんの機嫌を損ねた。

 陽介はピヨピヨ堂のプリンだけでは足りないとまた出かけた。

 そして今度は駅前にある大人気のクロワッサンたい焼きを買ってきた。



 マンションに帰って来るとエントランスからはつねの家のインターホンを鳴らす。

 「どなたですか」ちょっと緊張したはつねの声が聞こえた。

 「すまん。俺だ。陽介だが」

 「どうしたんですか?そこエントランスですよね?」

 「ああ、さっきはすまん。お詫びと言ってはあれだが…これを食べてくれ」

 モニターに満腹屋のクロワッサンたい焼きが映っている。

 「そんなものを買いに行ったんですか?わざわざ?わたしのために?」

 語尾が上がるたびに陽介が持ち上げた、たい焼きの袋が下がっていく。

 「嫌ならいいんだが‥‥」

 声が消え入りそうになっていく。

 「いえ、せっかくですのでもちろんいただきますけど、とにかく上がってきて下さい」

 「ああ」

 陽介は嬉しそうにエントランスを突っ切った。



 はつねの家の前に来るとチャイムを鳴らした。

 「もう陽介さん」

 「メールであんな話をして悪かった。これはお詫びだ。食べてくれ」

 陽介は玄関口から袋を差しだす。

 「あの、入ってもらっていいですか。そんなところ人に見られてもあれなんで」

 「ああ、そうだな」

 照れた声がたった二言。声がすべてを物語る人だった。


 陽介は玄関に入ると照れ臭そうにはつねに袋を差しだす。

 その瞳はほんの少し緩んでいる。


 はつねはその袋を受け取ると言った。

 「陽介さんも一緒にどうですか?わたしまだ食事してなかったからたい焼きご飯変わりに頂きます。あっ、プリンもまだでした」

 はつねは袋を持ってキッチンに行く。やかんを火にかけて急須を出している。

 「お邪魔します」

 陽介は靴を揃えてキッチンに入る。

 「たい焼きだからお茶でいいですか?」

 「ああ」

 「もう、陽介さん。ああ、しか言えなくなったんですか?」

 「そうじゃないけど、はつねさんを怒らせたからな」

 「それ反対ですから。わたしが怒られる方です。海斗さんに言われたことを真に受けるなんてどうかしてました。陽介さんが来ていなかったらわたしどうなってたか…ほんとにありがとうございました」

 陽介の胸の奥がうれしさで震える。

 「いや、いいんだ。俺は君を守るって約束したんだ」

 陽介はうつむいた。

 何しろうれしくて頬が緩んだからだ。


 「やっぱり陽介さんておかしな人ですね。陽介さんみたいな人だったら、女の人にもてるはずで、いいんです。わかってますから、わたしの事は行きがかり上そんなことになってしまったからで、だからもうそんなに責任を感じないで下さい。わたしが彼について行かなければ良かったんですから…」

 そうだった。

 彼は女たらしで何人もの人と同時に付き合っていた。

 だから、もう彼とは一線を越えてはいけない。

 これ以上好きになってはいけない。


 はつねは湯が沸騰したので急須にお茶を注ぎながら言う。

 「メールの通りわたし明日にでも両親のところに行って言います。あなたと結婚することにしたから海斗さんとは結婚できないって言いますから」

 「そんな大事なことを君ひとり行かせるわけにはいかない。結婚すると決まった以上…いや、あくまで嘘だけど、ご両親に挨拶に行くのは男の責任で…いや、俺も行く」



 まったく真剣で不愛想な顔から、そんな言葉が出てくるとわたし勘違いしてしまいますよ。

 まるで本当に結婚すると決まったみたいで…‥

 はつねの思考が停止する。

 湯呑にお茶を注いだまま…

 「熱っ!」

 急いでふきんを取るってこぼれたお茶を拭く。

 「ばか!すぐに水で冷やせ。こっちは俺が」

 陽介さんがてきぱきと指示を飛ばす。

 はつねはすぐに手に水道水をかける。

 幸いほんの少しだったので大丈夫そうだ。

 「どこ?見せて?まったく君はおっちょこちょいだ」

 彼はまるで救命士みたいにはつねの手を取った。

 あっ、陽介さん‥‥

 彼が火傷を見る眼差しに、はつねの胸はポップコーンが弾けるみたいに、はち切れそうになる。

 こんなのおかしい。おかしいに決まっている。



 彼は絆創膏の場所を知ってしまったようで勝手に棚から絆創膏を取り出すと、そっと火傷した手に貼ってくれた。

 「まじないだ」

 そう言って彼はその絆創膏の上にそっとキスをした。

 

 「そんなことしないで、だって陽介さんわたしの事好きでもないんでしょ?」

 好きだと思えば思うほど嫉妬が膨れ上がった。

 「な、何を言ってる?俺は君が好きだ。そう言ったはずだ」

 「でも、女の人と一緒だったしその人昔付き合ってた人で、他にもいっぱい女の人と付き合ったんでしょう?わたしなんかまるで子供で相手にもならないんでしょう?」

 一度弾けた理性はとどまることを知らなくて。

 「どうしてそんな事を思う?」

 「だって…海斗さんが行ったもの。ホストクラブで働いて女はより取りでやりたい放題だったって…」

 「ったく、そんな話どこから…」

 「さあ…」

 陽介は大学時代の話をぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

 
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