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しおりを挟む陽介はエレベーターをおりると自分の部屋のドアをノックした。これで二度目だ。
「はい、あっ、すぐ開けます」
ドアが開いたが、はつねは中でじっとしたままだ。
陽介はまだ怯えているのかと思う。
何となく優しい声色を出してみる。
「ただいまはつねさん。これおみやげ」
そう言ってお土産を差しだす。
はつねさんと目が合ってしまい思わず目を伏せてしまった。
やっぱり恥ずかしすぎて彼女がまともに見れない。
こんなものを買ってきてしまうなんて。
「えっ?ピヨピヨ堂のプリン?どうして…」
「はつねさんあの時…好きだ、って言ってた…だから」
口のなかで言葉がもごもご泳ぐ。
はつねは海斗がプリンを持ってきた日の事を思い出す。
あの時陽介さん怒って帰ったよね。なのにわたしがこのプリンが好きなことを?
彼が帰ってきたらすぐに帰るつもりで身構えていたのに、こんなの…
「ええ、ありがとうございます」
はつねはそのプリンの袋を受け取るとどうしていいかわからなくなる。
「ひとりにして悪かった」
陽介さんがそう言いながらはつねを抱きしめた。
ずっとこうしたかった。ほんとは離したくなかった。君を置いて行くのがどんなに心配だったか…
陽介は心の中で延々つぶやく。
「よー、すけさん…」
はつねはプリンを持ったまま腕を宙に浮かせたまま驚く。
こんなのずるい。
わたし、あなたを信じれなくてすぐ家に帰るつもりで‥‥
あっ、そう言えば夕食の支度もしていなかった。
うわっ、どうしよう…
そんな焦りにも気づかず陽介はすっと唇を重ねてきた。
外から帰ったばかりの彼の唇もスーツも冷たかった。
でもすぐに口を開かれて彼の舌が滑り込んでくると一気に体温が急上昇してはつねは体中が熱くなった。
それは彼の優しさのせいかもしれない。
はつねはプリンを落とさないようにしっかりと握りしめたまま彼の首に腕をまわした。
「はつね…」
優しく名前を呼ばれてとうとう目がうるうるしてしまう。
眦に涙が溜まっていく。
こんなのいけないってわかってる。
でもわたしは陽介さんが好き。
どうしようもないほど彼が好き。
でも、彼は違うかもしれない。
もしかしたら海斗さんの言うようにわたしを騙しているのかもしれないのに。
「どうした」
「あっ…夕食の支度出来てなくて」
「俺がしなくていいと言った」
「でも…」
とうとう涙がひとすじ頬を伝い落ちた。
「ばか。そんな事で泣く奴がいるか」
陽介さんの冷たい指先がそっと頬を優しくなぞった。そして私を抱く腕にさらに力がこもる。
強く抱きしめられた。
わたしのワンピースはもうとっくにくしゃくしゃだったけど、彼を好きって気持ちを絡めとられたみたいに心までぐしゃぐしゃになってしまった。
彼の唇が頬に伝った涙を拭い、その唇がそっと耳朶を吸った。
「ん、ぅ……っ!」
そのまま彼の舌が首すじからうなじに這わされるとはつねの背中に甘い疼きが走った。
「やっ、あっ‥‥なに、を‥‥んっ」
「はつね…‥」
陽介の吐息には、はつねを熱くする効果があるらしくはつねは体をよじって顔をのけ反らせた。
頭の中で警報ランプが灯る。
こんなのいけない。
彼に騙されちゃダメよ。
きっとこうすればわたしを騙せると思ってるのよ。
だって陽介さんは女たらしであっちの方も手慣れてたし‥‥
わたしなんかを騙すのは簡単なことなんだから…
現に彼はわたしには満足しなかったじゃない。
だって彼は最後までいかなかった。
体中、溢れるほど彼を求めていたが必死でそれを押しとどめる。
はつねの理性が彼を信じてはいけないと言い続ける。
「待って…待ってったら、陽介さん」
「なんだ」
いぶかしい彼の顔と素っ気ない言葉に、はつねは一気に現実に引き戻された。
やっぱり。
「悪いけどわたしもう帰ります。着替えもしてないし…携帯の充電もなくなりそうだし。そうだ、夕食出来てなくて。うちに冷凍のチャーハンがあるからそれ持ってきます。ちょっと取りに帰ってきます」
はつねはきょとんとした陽介を残して急いでバッグを取って部屋を出た。
自分の部屋のドアを開けて冷凍庫からチャーハンを取り出すとそれをもって彼の部屋のドアをノックした。
ドアがすぐに開いて陽介にチャーハンを差しだす。
「これ食べてください。色々ありがとうございました。じゃあ、おやすみなさい」
「ちょっと待ってくれ。どういう事だ?」
「あっ、プリンありがとうございます。じゃ」
はつねは訳を言えるわけもなくドアをバタンと閉めた。
鉄のドアは扉がしまると静寂を取り戻した。
一体何があった?
俺達は熱く燃え上がるはずじゃなかったんだろうか?
取り残された陽介は考え込んだ。
勇気を出して買って帰ったプリン。これは喜ばれたはず。
では、いきなりのキスが?
何がいけなかったんだ?
陽介は大きくため息をつく。
取りあえずはつねが持って来た冷凍チャーハンをキッチンのテーブルに置くと着替えをしに寝室に行く。
クローゼットの鏡に映った自分の顔をじっくり見る。
「北村さん、俺、さっき行ったお宅の奥さんに何だかすごく怯えられたんですけど…」
「桐生さん、言っちゃ悪いがあんたその顔けっこういい顔してるのに、何せその仏頂面が…そりゃいきなり来られてそんな顔で問い詰められたら誰でも怯えますよ」
「俺って、そんなに顔恐いですか?」
「だって桐生さん、滅多に笑わないだろう?表情筋固まってるんじゃないの?」
「まあ、確かにあまり笑いませんが」
今日の聞き込みでの会話が思い浮かぶ。
俺エレベーターの中であんなことを考えてたから恐い顔でもしてたのか?
だからはつねさん‥‥そんな俺がいきなり抱きしめてキスしたから驚いて?そう言えば彼女泣いてた。
やっぱり俺が恐がらせたのか…‥
陽介は脱いだ上着の内ポケットに入った避妊具に目をやる。
何を期待してたんだ俺?
それに昨日あいつが彼女をあんな風にしたから今夜は俺のものだと証明でもしようと思っていたのか。
あの時はきっとたまたま勢いであんな風になっただけで、彼女が俺なんかと本気になるはずがないじゃないか。
何と言っても彼女は高嶺の花だからな。
はつねさんは俺のものじゃないんだ。
陽介は大きなため息をつくと、彼女が持ってきてくれた冷凍チャーハンをレンジで温めて食べた。
これ以外とうまいな。
陽介は食べ終わるとはつねに、海斗を寄せ付けないために噓の結婚の話をするつもりだったことを思い出す。
携帯電話を手に取るが、なかなか電話をすることが出来ない。
何て言えばいいんだ?頭の中で何と言おうかと考える。
”実ははつねさん。考えたんだが香月海斗を近づけないために、俺とけ、けっこ、ん…するって嘘をつくのはどうだろう”って?
陽介は結婚の言葉を口にしただけで言葉に詰まった。
電話は無理だ。すぐに諦めた。
そうだ!この世にはメールと言う文明の利器があるじゃないか。
早速メールで入力を始める。
【はつねさん、俺はさっき君を脅かしたのだろうか?だから怒って帰ったのか?もしそうなら謝る。俺、帰ったらはつねさんが家にいてくれて君の顔を見たらついうれしくなって…すまん。これからは気を付ける。ところで今日考えたんだが、俺達、結婚するって事にしたらどうだろうか?
もちろん香月海斗を近づけさせないための噓の話でだが、考えてみてくれないか?そうすればあいつも結婚を諦めるんじゃないだろうか。二度と君に手出しはさせない。返信を待っている。陽介】
陽介は何度もその文面を読み返した。これでいいだろうか。こんなものを送るのはやめた方がいいだろうか。何度も送信ボタンに手を触れようとして考えた。
その時ピー助が鳴いた。
「はつね拉致るピーピーピー」
陽介は驚いて送信ボタンを押してしまった。
うわっ!やってしまった。えっと…これ取り消しするにはどうすれば…
「ピー助おかしなことを言うな!それにお前いつの間に拉致るなんて言うようになった‥‥お前のせいではつねさんに嫌われたらどうしてくれる?今日のご飯やらないぞ。いいのか?」
ピー助な陽介が怒ったらしいと感じたのか
「さくら好きさくら好きピーピーピーさくら好き‥‥」と繰り返し始める。
「ピー助もうわかった。ご飯やるから心配するな」
陽介はのろのろと立ち上がると、ピー助の鳥かごに餌と水を入れてやった。
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