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しおりを挟む「もうどうしたの?そんな怖い顔をして」
はつねは手の甲で涙を拭うと海斗に尋ねる。
「どうして泣いてる?それにはつねちゃん昨日どこにいたんだ?俺、心配したんだ」
もう、嫌な人に会ったと思った。
今まで海斗さんの事そんな風に思った事なんかなかったのに…
「もう、どうしてそんな事海斗さんにいちいち…‥わたしの行き先まであなたに言わなきゃならないの?」
「決まってるだろう。俺達婚約してるんだ。君の居場所はいつも知っておきたいじゃないか」
「何言ってるのよ。婚約なんて、わたし断ったじゃない!」
さっきまでのやるせない気持ちが、一気にむかついた気持にすり替わった。
「そんな話聞いてないけど?」
もう、パパったら話してないの?
それに海斗さん、わたしの話聞いてる?
ますますイライラが募る。
「もう、聞いてないって海斗さん、パパから返事もらってないの?」
「いや」
「もうパパったら…それに海斗さんわたしと結婚したいなんて冗談でしょ?わたしはあなたの事お兄さんみたいに思っているのに、だから悪いけど結婚なんて無理よ。この話はなかった事にして」
私は急いでその場から立ち去ろうとした。
海斗さんの手が私の手をいきなりぐっとつかんだ。
その力が強くて思わず恐いと思う。
「何言ってるんだ。俺は真剣なんだ。もう一度考え直してくれよ。うちの両親は、はつねちゃんだったら問題ないって喜んでるし、はつねちゃんのご両親だって賛成してくれてるじゃないか。俺達が結婚すればお似合いだって思わないか?」
掴んだ手を握る力は弱まらないのに、海斗さんの顔は微笑んでいて。
何だかもうどうしていいかわからなくなる。
それに今までそんなそぶりなんか見せなかったくせに一体どうなってるのと思う。
海斗さんはわたしの手を握ってわたしを見つめている。
その瞳には何だか男の欲みたいなものが見えて恐いとさえ思う。
はぁ‥‥もう仕方ない。こうなったら本当の事を話すしか都気持ちを切り返る。
「そんな事無理よ。わたしにはもう決めた人がいるんだから…」
「決めた人って?もしかしてあの桐生とか言う?」
「そんなの海斗さんに関係ないでしょ、わたしもう帰るからそこどいてよ」
決めたのはわたしで、陽介さんの気持ちをはっきり確かめたわけじゃないから、それに彼はさっき他の女の人とどこかに消えたし…‥
もう、思い出したくないことを思い出させてくれるわね。海斗さん!
「そんな事言わずに…そうだ。一緒に食事しよう。今までだっていつもそうしてたじゃないか」
「それは…海斗さんとは友達だと思ってたからで‥‥」
「よし、わかった。今夜食事に付き合ってくれたら結婚の事考え直してみるから、いいだろうはつねちゃん」
「ほんとに?」
「ああ、もちろん」
彼に優しくされて、つい心が揺らいでしまう。
そこまで言うなら少しくらいいいんじゃない?
わたしだって帰ってひとりだと、きっとまた嫌なことを考えてしまう。
それなら海斗さんと一緒に食事でもしている方がずっといい気がした。
「じゃあ、今まで通り友達としてなら付き合うけど?」
「わかった。友達として食事しよう。それならいいだろう?機嫌直してくれよ」
「ええ、いいわ。でも結婚は出来ませんからね海斗さん。それはわかってよ」
「そうだな、いまははつねちゃんが怒りそうだから言わない。おっと、友達として食事するから安心して」
「ほんとに結婚無理だから…食事したらすぐ帰るから、いいわね?」
「わかってるって、はつねが言い出したら聞かないことくらい。食事したらすぐに送り届けるから心配ないって」
はつねは安心した。
そして海斗のバイクの後ろに乗った。彼はいつももうひとつヘルメット祖持っているしはつねは何度も海斗のバイクに乗ったことがあったので、特別なことでも何でもなかった。
海斗は30分ほどバイクを走らせ都内の高級ホテルの展望シーフードレストランにはつねを連れて行った。
レストランの案内係がテーブルに案内してくれてふたりは席についた。
「もう、こんな所まで来なくて良かったのに…」
はつねは思っていた以上に遠くに来たのと、高級レストランに連れて来られたことで少し戸惑った。
だってわたしこんな安物のワンピースだし、それを言えば海斗さんもラフな格好だが…
「いいじゃん。今日は金曜日だし明日は休みなんだろう?少しくらい豪華にしたって、もちろんおごるからさ」
「そうだけど。ううん、やっぱり半分出すから」
「はつねちゃん、男の顔を潰す気?黙っておごらせて」
海斗さんはそれ以上聞く耳持たない風で…
「じゃあ、お言葉に甘えて‥‥そう言えばお兄さんは忙しそう?」
「流星?ああ、あちこちの事件で忙しそうだ。俺も連続強盗事件の鑑定で今日は忙しかった」
「そうなの?そう言えば海斗さんはあまり遅くならないわよね?」
「まあ、科捜研は緊急性がない限りは定時で帰れるからね」
「じゃあ、女の子とデートするにも困らないって事じゃない。わたしなんかよりもっと可愛い子とか声がかかるんじゃないの?そう言えばこの前お兄さんと合コンだって言ってたじゃない」
「あれは流星の付き添いだし、そう言う問題じゃないし、俺、はつねちゃんにしか興味ないから…」
海斗さんは目をそらすと窓に広がる夜景を見た。
「海斗さん手首どうしたの?」
海斗が慌ててその傷を隠す。
「何でもない。バイクを倒しそうになって手首を引っかけただけだから」
「そう?じゃあいいけど、気を付けてよ」
海斗が笑いながらうなずいた。
ウエイターが注文を取りに来た。
「はつねちゃん何がいい?」
「わたしお勧めコースでいい」
「そう?じゃあそれふたつ、それとシャンパンを」
「かしこまりました」
「シャンパンって海斗さんバイクでしょ?」
「シャンパンくらいじゃ酔わないから、はつねちゃんシャンパン好きだろう?飲んだらいい俺がちゃんと送るから」
「ええ…」
はつねはお手洗いに行きたくなった。バイクで30分も走って冷えたのかな…
「ごめん海斗さん、ちょっと席外します」
はつねは料理の来る前にと急いでお手洗いに行って来た。
はつねがトイレから戻ると料理が来たところだった。
「ちょうど良かった。今来たところ」
「ごめんなさい。うわーおいしそう」
料理はどれもおいしそうだった。ウニとホタテの付け合わせ、エビのスープが並んでいた。メニューを見ると次は銀鱈のソテーと根菜の温野菜サラダだった。
高校生の頃はよくこんな高級レストランにも両親と出かけていたが、ひとり暮らしを始めてからは両親と食事をすることも減ってこんなごちそうを食べるのは久しぶりではつねのテンションは一気に上がった。
席につくとすぐにエビのスープを口に運ぶ。
「うーん、おいしい…海斗さんも早く食べてみてすごくおいしいから…」
「良かったよ。はつねちゃんの嬉しそうな顔が見れて」
海斗は満足げに笑う。
「じゃあ、ごちそうに乾杯しよう」
海斗に言われてはつねはシャンパングラスを持ち上げる。
「ええ、乾杯」
はつねはシャンパンを半分ほど飲み干す。
「これ、高いやつでしょう?すごくおいしいから」
「そんな事気にする?いいから飲んで、食べて…」
海斗が当たり前のようにさらりと言う。
はつねはすっかり気が抜けて海斗に言われるままシャンパンを飲み、料理を食べた。
食事も終わるころはつねはすっかり眠くなった。いつもこの時間は家でごろごろしているからだろうか?
習慣というものは恐ろしい。はつねは自分でもおかしくなった。
「さあ、帰ろうか」
「ええ、すっかりごちそうになって、ありがとう海斗さん」
レストランを出るころには、すっかり足元がふらついていた。
「はら、しっかり俺につかまって」
「ごめん。わたし酔ったのかな?あれくらいじゃ酔わないと思ったけど」
「いいから俺に任せて、はつねは俺にだけしがみついていればいいんだ」
海斗にぎゅっと抱きしめられて急いで腕を振り払う。
「そんなの困るから。わたし帰る」
はつねは何だか恐くなって海斗から離れた。
今までこんな事ことなかったのに…何だか海斗さん恐い。
「いいじゃないか、そんな事言わなくても」
海斗ははつねの手を強く引っ張った。
「やめてよ!そんなことしないで、わたしもう帰るから、送ってくれなくていい、タクシーで帰るから」
はつねは急いで廊下を走り出した。後を海斗が追ってくる。
ちょうどエレベーターの扉が開いてはつねはエレベーターに駆け込んだ。
扉が閉まりはじめてほっとしたのも束の間だった。海斗がエレベーターの扉の間に手を入れた。
「キャー‥‥」その声はエレベーターの中に消えた。
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