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しおりを挟むはつねは一瞬話してしまおうかと思った。
でも、わたしがバージンじゃないってわかったら陽介さんわたしの事‥‥おかしい。とっても変だ。わたし‥‥何考えてるんだろう。彼の前でこんなに取り繕おうなんて…‥?
こんな人とお付き合いできるわけ…
ううん、無理だ。
「いえ、本当に何でもないんです。わたしって子供の頃から恐がりっていうか…兄にもよく叱られるんです」
「そう?それならいいけど、はつねさんって兄弟は?」
「兄と姉がいます。ふたりとももう社会人で、兄は公務員で姉は海外で働いてるんです」
はつねはこの時も自分だけが落ちこぼれだと思われたくて虚勢を張った。。
「お兄さんとお姉さんか、いいな兄妹が多くて、それでご両親は?」
「ええ、父は公務員で母は主婦してますけど…」
「いいな、俺の両親は亡くなったしその後は妹とふたりきりだったからな」
「妹さんはいつ頃亡くなったんですか?」
「今から7年前だ。さくらは高校2年生だった」
とたんに陽介さんの顔が強張った。
「あの、言いにくかったらいいんです。陽介さんに取ったら辛い事ですよね…」
「ああ、でもはつねさんになら…」
そして陽介は妹が乱暴されて精神状態がおかしくなってフラフラ車道に出て車にひかれて亡くなったことを話してくれた。
衝撃が脳を駆け巡った。
ああ…なんてこと。わたしと同じ…そんな感情が胸の中で渦巻く。
なのにそんな気持ちは微塵も感じてないふりをして次に紡ぐ言葉を探す。
「……ほんとに可愛そうさくらさん。あの‥‥それで乱暴した犯人は?」
「いや、見つかってないんだ。俺そんなこともあって警察官になったんだけど、力不足って言うか…同じ手口の犯人は他にも同じようなことをしてて、まず最初に首を絞めて意識を失わせるんだ。柔道の技で落とすって言うんだけど、そいつは頸静脈を押さえつけて気を失わせた後乱暴するんだ。証拠も残さずかなりの知能犯だと思う‥‥」
そこまで一気に話すと陽介さんは大きくため息をついた。
はつねはその話を聞いてとうとう震えが止まらなくなった。
もしかして‥‥さくらさんを襲った犯人ってわたしを乱暴した犯人を同じじゃ…ああ、まさか、そんなことがあるの?
心臓が恐いくらい脈打って大きく息を吸い込む…
あっ、こんなわたしに彼が気づいたら…
どうしよう‥‥わたしも話した方がいいのかな。
でも‥‥わたしが乱暴されたって話したらきっと陽介さんわたしに同情して…
そんなの嫌だ。同情で優しくされるのも嫌。それに彼にそんな過去を知らるのはもっと嫌だ。
はつねは首を激しく振った。
そんなのいや!
「はつねさんどうした?大丈夫か震えてるじゃないか。俺がこんな話したから恐くなったか?」
「ううん、そんな事ない。今日は少し寒いみたい。ちょっと羽織るもの取って来る」
はつねは急いで立ち上がった。
食事はすっかりすんでいた。急いで立ち上がったのでテーブルの端に置いていたグラスに手が当たってグラスが床に落ちた。
「ガチャーン!」
「あっ!ごめんなさい…」
はつねは慌ててグラスに手を伸ばした。
グラスはまるで自分の気持ちみたいにぐちゃぐちゃで…何だかグラスを握りつぶしたい衝動に駆られてしまう。
雑にグラスに触ったせいで…
「痛っ!」
グラスの欠片で指先を切った。
「君は意外とあわてんぼうだな」
柔らかな口調だったが陽介さんの視線ははつねの切った指先を睨みつける。
「グラスはいいから、それより指みせて」
陽介さんがわたしの手をぎゅっと引っ張って傷を見た。大きなため息…
「痛い?」
声音は意外と優しい。
はつねは恥ずかしさをごまかそうとしたら頬がかぁっと熱くなった。
ただ、こくんとうなずく。
いきなり彼がその指を口に入れた。
「あっ、陽介さんだめ!血が…」
思いがけない展開に言葉が途切れる。
彼はそんな事に全く構う気はなさそうで、はつねの指は生暖かい唇に包み込まれた。
指先にちろちろ気持ちのいい感触があたって痛いはずなのに、なんとも言えない安心感が心に広がる。
そんな彼が男らしいなとうっとりして見つめる。
陽介さんそんなことされたらわたし…
心臓の打つ音が鼓膜にまでとどいてやかましいほどで。
体中がむずむずして感じたことのない感覚に背筋がぞくりと粟立つ。
じわじわ下腹部に熱が溜まって膣の奥がきゅんとする。これってもしかして友達がよく言ってた大人の女の?
もしかしてわたしもやっと大人の階段を上り始めたとか…
彼への気持ちや感じたことのない感覚。
これが恋っていうもの?
わたしって恋してるの?
違うわ!
だって…こんな事初めてだから…
突然気づいた恋心にはつねはいたたまれなくなる。
「もう、大丈夫だから…陽介さん…あの、離してもらえ…」
彼がやっと唇を離すと指先はきれいになっていた。おまけにふやけていてはつねは無意識にその指を唇にあてがう。
まだほのかに温かさが残っているその指にぞわりとする。
「消毒は終わり。絆創膏はある?」
落ち着いた態度。彼に取ったらこんなのなんでもない。
「ええ、持ってきます」
「えっと、俺がグラス片付けるから、ほうきとかあるか?」
「ええ、キッチンに、ありがとう陽介さん‥‥」
はつねはあたふたとキッチンの棚から絆創膏を取り出すと彼がすぐ後ろにいた。
「俺がやる。よく妹が転んで絆創膏を貼った」
その言葉にまたしても火照った熱が冷えて行く。
「…‥」
はつねは指先を陽介に見せる。彼は器用に絆創膏の端を切って左右に広げるようにして張り付ける。
「ほらこうすれば指曲げるとき難しくない」
はつねは指を曲げてみる。
「ほんとだ。すごい陽介さん」
彼がその様子を見つめている。切れ長の目の端にしわを寄せてうれしそうに笑っていて、はつねは思わず胸がぎゅっと締め付けられる。
陽介さんが笑ってる。
たったそれだけの事なのにどうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
まったく、男性に免疫のない私は赤くなったり青くなったりで…
「はつねさん」
「はいっ!」
はつねは驚いて子供みたいな返事をする。
「ほうきはどこだ?」
「あっ、冷蔵庫の角に…」窓と冷蔵庫の隙間を指さす。
彼はほうきをもってグラスを片付け始める。
陽介さんに取ったらわたしは妹と同じ存在なのだ。
わたしはひとりの女としてみて欲しいなんて無理よね?
そう思った途端にすごく寂しい気持ちがはつねを襲った。
締め付けるような甘くて切ないほどの感情が沸き上がる。
そんな思いが胸の中でいっぱいになると、はつねは首を思いっきりフルフル振った。
まるで犬が泳いだ後水しぶきを吹き飛ばすみたいかも。
少し頭を振り過ぎた。くらくらする。はつねはバカみたいだとひとり苦笑する。
そうやっている間に陽介さんはグラスをきれいに片付けてくれた。
「さあ、これでよし。そうだ。はつねさんメールアドレスも教えてくれないか。この前の写真送ろうとして聞いてなかったと‥‥」
「あっ、はい」
ぼーとしていた頭に指令が送られる。メルアド。メルアドと…
まったく、彼に言われると何でもほいほいやってしまうんだ。
また苦笑する。
そして急いでメールアドレスを教えると律儀にすぐにふたりで撮った写真が送信されてきた。
思わず照れてしまう。
なにこれ?やだ、わたしったら緊張しまくり…陽介さんったら無愛想のわりにカッコイイ…これ携帯の待ち受け画面にしちゃおうかな。
なんともちゃっかりだと思う。
「皿、片付けるからはつねさんは休んでいなさい」
「いえ、そんな事。わたしが悪かったんですから」
「君にはピー助も見つけてもらったし、指も切ってる。皿は俺が洗う」
ふたりはカウンターテーブルの近くで言い合う。
「はつねさん…」
陽介がはつねを見つめて‥‥はつねはその瞳から目が離せなくなる。
はいはい、わかってます。何でもあなたの言う通りですから、どうせわたしの事なんか妹くらいにしか。
すると突然、陽介の顔が目の前に近づいてくる。唇からはつねの唇にふわりと息がかかると一瞬びくりと体が強張った。
えっなに?何か怒せるようなことした?
そう思ったとたん唇に柔らかな感触が…
はつねは、一瞬何が起こったかわからなかった。次第に頭がくらくらし始める。
柔らかな感触、生暖かい温度が唇に伝わって来ると、はつねはキスされていることをようやく理解した。
えっ、これがキス???
とまどうように押し付けられた唇は微かに震えて、重なったところだけに感じる熱い熱。そして感じたこともない悩ましい感触が流れ込んで来る。
もちろんいやな気持ちにはならなかったが、なんだか不意を突かれてちょっとがっかりした。
はつねの誇大妄想的発想のファーストキスはもっとロマンチックな雰囲気を期待していたからだ。
星空の下で流星群を眺めながら的な…
そんな事が脳をかすめたが、彼が触れた腕からチリチリと熱が伝わって来たがいつもみたいな恐い気持ちなんてちっとも感じない。
あれ?わたし陽介さんに触れられるのって嫌じゃない。
反対にこのまま彼の腕に抱かれていたいとまで思ってしまうと変に彼を意識してしまい、はつねの心臓は限界まで搔き立てられ、体中に甘いしびれさえ湧き上がる。
こんなはず‥‥こんなはずは‥‥
その時、彼の唇から生暖かいものがはつねの唇を這い、はつねはふっと唇を開く。
それは彼の舌だった。舌先がはつねの唇に差し入れられ、ゆっくりと口の中をなぞり口腔内を蹂躙していく。
なまめかしい舌に上あごの裏側をなぞられるとじんじん痺れて何も考えらなくなる。
体中の力が抜けて思わず倒れそうになる体をたくましい腕が抱き留め、片方の手がうなじに這わされる。
「んんっ…」
感じたこともない衝動に思わず声が唇の隙間から漏れる。
はつねは思わず陽介の首に手をまわした。もっと彼と繋がっていたい。自然とそんな思いに掻き立てられる。
不意に舌を絡めとられ、ちゅっと音を立てて吸われた。
「あ、ふ、っんん、ああぁ…‥ゃん…‥」
彼に驚いてびくついた体を強く抱きしめらる。
ふたりの間に激しいキスに恋の炎が燃え上がった。
「んっ、ぁあぅ‥‥はぁ、ふふぁ‥‥ん」
はつねはいつの間にかうっとりを彼の腕の中でキスに溺れていた。
陽介の唇が離れると、それを追いかけるように銀色の糸が光った。はつねは一気に寂しさが募る。
「はつねさん…」
「陽介さん‥‥」
見つめ合う瞳が絡み合う。
「すまん。こんな事する気はなかった。もう帰る」
陽介さんは、顔を背けるとすぐに部屋を出て行った。
取り残されたはつねはどうしていいかわからなかった。
だって男の人とキスしたのは初めてで…
ううん、それ以前にこんなふうに触れられたのだって初めてで、でも嫌じゃない。陽介さんだったらちっとも嫌じゃなかった。
想像していたようなロマンチックの欠片もないキス。なのにこんなにも胸が苦しいのはどうして?
わたしって陽介さんが好きなんだ。
はつねはこの日初めて気づいた気持ちがうれしかった。
でも、すぐに気持ちは不安に変わりそんな自分に怯えていた。
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