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 「実は1年くらい前に彼の浮気がわかって、それで協議離婚した。養育費とかはこれ以上彼とは関わりたくないから」

 龍ちゃんの顔が引きつっていく。

 「糸、お前なんで俺に言わなかった。ごめん。そっか大変だったな。でもお前大丈夫なのか?そいつの事好きだったんだろう?」

 「まあ、ね‥」

 「それに養育費もいらないなんて、相当傷ついたって事だろう?じゃあ、親権とかも?」

 「ええ、親権も全部わたしが持ってる。それに子供ともかかわってほしくなくて、だって相手の女の人にはもう赤ちゃんが…‥」

 わたしは、少し顔を下に向ける。

 いくら何でも芝居臭くないか?

 龍ちゃんは真剣な顔をして、そしてちょっとおろおろしたみたいに手を伸ばしてくる。

 わたしは、首を振って大丈夫だからと微笑む。

 「でも、慰謝料くらいはもらったんだろうな?」

 「まあ、こっちに引っ越したりしてお金かかったから、それは負担してもらった。それにもう平気よ龍ちゃん。今は弓弦がいてくれるし」

 「そっか。おっ、弓弦君起きたんじゃないか?」

 やっと、ほっとしたみたいに龍ちゃんが大きく息をついた。



 龍ちゃんは勝手に弓弦を抱き起して、喉を見たり胸の音を聴いた。

 「凄いな弓弦君。もうすっかり良くなって来てるぞ。ママの言うことを聞いていい子にしてたんだな。お前さ、おでん食べるか?」

 「でん?」

 「そっ、おでん」



 えっ?龍ちゃん、でんが何かわかるの?わたしの脳はおかしなところに感心した。

 「ゆじゅる。でん、すゅき」

 「そうか」

 ふたりはすっかり意気投合したらしく、龍ちゃんが弓弦をベビーチェアーに座らせると、はんぺんを少し取り分けて弓弦の口に入れている。

 「どう?おいしいか?」

 「‥‥しーい、んっ、んっ」

 弓弦ははんぺんが気に入ったらしくもっと欲しいとねだっている。



 わたしはふたりを思わず見て引く。

 やっぱりDNAが同じだからか?

 それにそっくりな顔。

 あの太い眉毛。一重の大きな目もと。鼻も形がそっくりで思わず噴き出す。

 「何だよ糸。そんなにおかしいか、俺が子供とこんなふうにしてたら」

 「うん、そう。まるでクマかゴリラ?それともボスざる?」うん、いいとこついてるかも。

 「お前分かってるんだろうな?後で覚えてろよ!」



 「いいから糸も食べよう」

 「そうだね、おなか減った」

 私たちは、小さなテーブルを囲んで夕食を食べた。

 夕食を食べ終えると龍ちゃんはソファーに座った。

 弓弦を一緒にだっこして一生懸命自分の名前を教えようとしている。

 「弓弦君。俺の名前はりゅうと。りゅうと。言ってみて。りゅうとって」

 「りゅ。りゅ。り」

 「うん、りゅうと。りゅうと」

 「りゅ、りゅ、りゅ」

 「そうそういいぞ。弓弦えらいな。りゅうとだぞ」

 「ゆじゅる。りゅ、すゅき」

 「そっか。俺も弓弦すき」

 片づけが終わって振り返ると、龍ちゃんと弓弦が楽しそうに笑っていた。

 狭い部屋で小さなソファーは龍ちゃんが座るとぐしゃっとへこんでる。

 わたしはさっと近づいて弓弦を抱き上げた。

 龍ちゃんはちょっと戸惑ったみたいな顔をした。

 「糸、今、弓弦、俺の事好きって言ったぞ」

 「うそ?」

 わたしは弓弦を見る。

 「りゅ、すゅき!」

 弓弦の嬉しそうな顔。やっぱわかるのかな?

 内心びくりとなる。

 いや、違う。おでんだ。龍ちゃんがおでん食べさせてくれたからに決まってる。



 龍ちゃんは、わたしの目線のほんの少し下で、柔らかにほほ笑んでわたしを見つめてくる。

 目尻のしわがピクッとして何か言いたげな顔だと気づく。

 ちょっ、やめてよ。そんな目で見られたら。

 もしかして…‥

 あのエッチな夜が脳内を侵食し始める。

 一気に赤面。

 熱を持ち始める身体。



 「そうだ。糸の勤務先はどこ?それに弓弦君の保育園は?俺そうとわかったらなるべくフォローするからさ」

 えっ?なにを?

 脳は瞬時にタイムリープしそうに。



 「ちょっと待って龍ちゃんに助けてもらおうなんてそんな気ないから。これでも充分やって行けてるし」

 「なんで?俺達の仲だろ?」

 「龍ちゃんってば、そんなのいいから、仕事だってあるんだし」

 「だったら、なおさら。俺ちょうど明日は休みなんだ。だから糸たちを送って行ってもいいし」

 「もう、どういうつもり?そんな事しなくていいから!」

 「俺、本気だから、糸はもう両親もいないんだし、俺が面倒みなくてどうする?」

 「いきなりどうしたのよ。龍ちゃん、わたしのお兄さんじゃないし。冗談きつすぎ。ほんとに怒るよ」 

 「でも、エレベーターもないとこなんか不便だろう?糸さえ良かったら俺んとこ来てもいいんだし」

 「冗談やめてよね。わたしはここがいいのよ。職場にも保育園にも近いし」



 そんな事言う龍ちゃんむかつく。

 弓弦が腕の中でぐずり始めた。

 「とにかく今日はもう帰ってくれない?弓弦もまだ調子いまいちだし、明日は仕事もあるから」

 「ああ、わかったって。でもこのままで終わると思うなよ。まあ、今日はお前も疲れてんだろうし、弓弦君寝かせたら糸もゆっくり休めよ。じゃあ、俺、帰るから、きちんと戸締りしろよ」

 「あッ‥‥うん」

 わたしはきょとんとして返事をした。



 でも、龍ちゃんは振り返った時悲しい顔をしてた。まるで子犬が気に入ったおもちゃを取り上げられたみたいな。

 ドアを閉めるとき、ぐわんと胸が苦しくなった。

 思わず龍ちゃんずっと会いたかったよって甘えたくなる。

 それはいけないことだって。

 Tシャツの裾をぎゅっと握りしめる。

 「ガチャリ」

 ドアが完全に閉まって龍ちゃんと隔絶された世界に取り残されたと気づいたら、わたしは胸が苦しくなった。



 そこには途方もなくがっかりした自分がいて。

 そんな自分が嫌になる。

 どうして離婚したなんて嘘を言ったんだろう?

 そんな事を言えば龍ちゃんが気にしてくれるって思ったのかなぁ。

 それも無意識に。

 さも、気を引こうとしたみたいじゃない。

 龍ちゃんの事なんか忘れるはずだったのに。

 一目見ただけでこんなになるなんて。

 そんな自分にも驚く。

 でも同情で優しくされるのもいやだ!!

 龍ちゃんわたしはもう子供じゃないんだよ。

 


 弓弦が泣きだした。

 「弓弦ごめん。お薬飲もうか。そして寝んねしよ」

 わたしは弓弦に薬を飲ませて着替えさせておんぶした。

 わたしは弓弦に訳の分からない子守唄を歌い、弓弦の背中をトントンして寝かしつける。


 それなのに。

 なんで、なんで。

 ずっと封印してきた。

 わたしの脳で(龍ちゃん好き)っていうカテゴリーが開き始める。

 ガチャじゃないのに。

 パカリって?

 でもわたしの気持ちは絶対に龍ちゃんに知られてはいけない。

 龍ちゃん好き=トップシークレット

 わたしは心の奥の深緑色の箱にその気持ちを押し込む。

 

 
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