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 「驚いたな?いつこっちに来たんだ?」

 龍ちゃんは聴診器を拾うと素っ気なく聞いた。

 「こっちって。りゅ、りゅうちゃんこそ?」

 心臓が一気に爆走を始める。

 龍ちゃんのちょっと強面だけど、整った顔は変わってなくて、思わず目が離せなくなる。

 龍ちゃんが白衣のドクター。

 きゃはっ!

 思わず顔がほころぶ。

 でも、龍ちゃんが?小児科の先生なんてちょっとおかしい気もするけど?

 だって、龍ちゃんの顔ってどっちかって言えば強面で、身体だって大きいしさぁ。

 どちらかと言えば整形外科とか。

 頭に手術室でチェーンソーを持った強面の龍ちゃんが浮かぶ。

 違う。違う。

 まったく、何考えてだろうわたし。

 桐山糸。はい、龍ちゃんに逢えて完全に脳みそパンク状態です。



 「まあ、俺は新米だから2~3年大きな病院で修業しなきゃいけなくて、こっちに就職先が決まって、まあ、いずれはおやじの跡を継ぐことになるだろうけど。それより糸はどうして?」

 真面目な顔をして、真っ直ぐにわたしを見つめて聞いた。

 どうしよう。

 えっと、えっと。

 まるで子供みたいに狼狽える。

 「うん、えっと…‥離婚して」

 うわっ、思わずぽろんっと、ほんとにぽろんっと出た噓。

 「離婚した?どうして?」

 龍ちゃんの顔が困惑したみたいに、目が大きく見開かれて、あっ、瞳孔が開いたかも。



 しまった。もう遅い。

 思わず言葉に詰まる。

 でも、みんなには離婚したって言う事で通してるからなぁ。

 つい、出ちゃった。

 バカ、バカ。嘘でもいいから旦那いる事にすればよかったじゃん。



 でも、それはもう出来ない。

 龍ちゃんの眉間の間にしわが寄って、何があったか聞くまで納得しないぞって。。

 ああ‥‥これ以上はタブーだから。  

 「いろいろあったから、もう、龍ちゃんじゃなかった。先生、早く弓弦を見てよ」

 わたしは慌ててそう言った。

 「そうだった。その子弓弦って言うのか。はい、弓弦君ちょっと胸の音聞かせてくれる?」

 龍ちゃんは弓弦の胸に聴診器を当てて音を聴く。

 「次は背中を向いて…‥」

 「はい、ちょっとお口をアーン出来るかな?」

 弓弦の喉を見る。



 「喉が赤いな、でも肺は心配なさそうだ。一応抗生物質と熱さましを出しておくから、帰りに院内薬局でもらって帰ってくれ」

 「はい、ありがとうございます。じゃあ、先生ありがとうございました」

 糸はさっさと出て行こうとした。

 だって、これ以上ぐもんされたら、弓弦は龍ちゃんの子供なんだよって口を滑らしてしまいそうで。

 そんな事言えるはずもない。

 あの夜の事はお互い間違いだったってわかってるし。

 うん、もうとっくに終わった事で。

 良かった。脳がきちんと正常な判断出来てる。



 「糸、連絡先教えてくれ」

 「でも、龍ちゃん忙しいでしょ。わたしの事なんか気にしないでいいよ」

 「でも、ほら、さ、離婚したなら色々困ってる事とかあるんじゃないのか?」

 「……」

 龍ちゃんのあの太い眉がぐっと上がる。

 なのに瞳は慈愛に満ちた観音様みたいに優しそうで。

 そんなことを言うなんて、やっぱり龍ちゃんだなぁって思う。

 いや、昔っからわたしの面倒見よかったもんね龍ちゃん。

 あっ!

 胸の奥のずっと奥底の方でザックと音がした。

 まるでスコップで固い土をぐっとすくい上げたみたいな。





 子供の頃はいつもいじめっ子からわたしを守ってくれたわたしのヒーロー。

 体の大きかった龍ちゃん。強面でみんな龍ちゃんを怖がっていたし彼は力も強かった。

 龍ちゃんの家は佐々木内科小児科クリニックで、わたしは小さいころしょっちゅう熱を出して佐々木クリニックでお世話になっていた。

 ママがその佐々木クリニックの先生の奥さんと友達で、わたしが幼稚園に行くようになるとママはクリニックで働くようになって、龍ちゃんとわたしはいつも幼稚園から帰ると一緒に遊んでいた。

 小学校に龍ちゃんが行くようになっても、わたしは幼稚園が終わると佐々木クリニックでママの仕事が終わるのを待っているから結局龍ちゃんが帰って来ると一緒に遊んでた。



 わたしも龍ちゃんと同じ私立の小中高一貫の学校、聖ロザリオ学園に行くことになって、入学したてのわたしはいつも龍ちゃんと一緒に通学した。

 楽しかったなぁ。バスで一緒に学校に行くの。

 なにせ聖ロザリオ学園にはスクールバスの送迎があったから。

 龍ちゃんはいつもわたしの手を離さないようにずっと握ってくれてて、バスも隣同士に座って、下りたら教室まで連れて行ってくれてた。

 まあそれは1年生の時だけだったけど、それでもいつも一緒に学園に通った。

 そしてわたしは学校から帰ると決まってクリニックでママの仕事が終わるまでいるので、いつも龍ちゃんが帰って来ると宿題見てくれてたなぁ。

 あの頃の龍ちゃんほんと優しかったよなぁ。

 ふと、そんな事を思い出す。

 セピア色の思い出かな。



 「糸、教えてくれなくても連絡先わかるからな」

 龍ちゃんがそう言う。

 あっ、そうか。わたしさっき連絡先書いたっけ。

 「もう、わかったよ」

 わたしは携帯番号を紙に書いて渡す。

 「あの時お前の連絡先聞いてたらなぁ…俺、まじだったのにさ。糸、なんで結婚‥‥あっいい。なんでもない」

 「もう龍ちゃん、わたしだっていろいろあったんだから」

 胸の奥がつーんとなって慌てて弓弦を抱き直して顔を隠す。

 やっぱ、言わなきゃよかった。

 わたしがひとりだってこと。

 龍ちゃんがこんなに気にするのって?

 やっぱり同情よね。

 龍ちゃんってほら、優しいから。

 何しろわたし、子供を抱えたシングルマザーだもん。

 

 その時看護師さんが龍ちゃんを呼んだ。「佐々木先生すみません。次の患者さんが…」

 「あっ、はいすぐに」

 「悪い糸、今夜電話するから」

 「いいよ。そんな気にしなくて、わたしは大丈夫だから心配しないで。じゃあ‥‥弓弦連れて帰らなきゃ」

 弓弦は何かを感じ取ったのか、またぐずり始めた。

 「ごめん弓弦。さあ、帰ってゆっくり寝んねしようね」

 「薬を飲ませてしっかり水分を取らせて、消化のいいものを食べさせてあげて。じゃあね弓弦君」

 「はい、佐々木先生。ありがとうございました」

 ガチャリ。ドアを開けて出る。

 わたしは診察室からやっと解放された。



 わたしは薬をもらうとまたタクシーに乗った。

 荒波のように荒れ狂う脳みそを頭痛薬を飲んで何とか封じ込めようと試みる。

 無理だ。

 でも、何もなかったみたいな風を装うって家の前に帰って来た。

 5階建てのおんぼろマンションと呼ぶにはあまりにも。

 わたしと弓弦との家族の社宅に。

 心は中は嵐でぐしゃぐしゃにかき回された海の色みたいだった。。

 



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