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しおりを挟む騎士隊が出て行くとランフォードとジルファンは荷馬車の準備を始めた。
ルヴィアナを乗せるための馬車だ。
ルヴィアナの身体が痛くないように荷馬車にはふかふかの布団を用意して身体を固定できるようにして準備は整う。
ルヴィアナは相変わらず意識はなく眠ったままだ。
出発目にランフォードは魔源の力をルヴィアナに注いでおいた。
今ではそうすることがルヴィアナがこの状態を保っていられるらしいとわかったからだ。
彼女自身の魔源の力はもう底をついているはずだろう。
「ルヴィアナもう少し頑張ってくれ。何とかして君を助けるから」
ランフォードは青白い顔をしたルヴィアナに出発の前にそう声を掛ける。
どんな事をしても彼女が笑った顔がもう一度みたい。
例え俺が一緒にいられなくてもルヴィアナが元気になるなら俺は…
そんな事を考えていると胸が苦しくなってまた感情が高ぶって来たらしく身体が熱くなった気がした。
ランフォードは急いでルヴィアナから離れる。
外の冷たい空気を吸い込んで気持ちを落ち着ける。
「フゥー…」こんな事で魔獣になることを制御できるようになるのだろうか?不安がまた胸に押し寄せてランフォードはまたため息をついた。
マーサは一緒に行こうと準備をしている。
だがジルファン達は無理は頼めないと思っていた。
「マーサ、無理をしなくていいんだ。ルヴィアナの面倒は俺たちで見れる。もし嫌ならここで待ってくれてもいい。屋敷に帰ってもいいんだぞ」
ジルファンがマーサに言う。
「何をおっしゃるんです。私はお嬢様の行くところに一緒について行きます。何があってもそばを離れるつもりはありません」
「そうか。では魔族の森の入り口まで一緒に来てもらおうか。そこから先は私たちに任せてくれ。いいかい?」
「ええ、それでも構いません。お嬢様のそばにいさせてください。こんなお嬢様を放って帰れるはずがありません。奥様もレイモンド様もそれはご心配なさっておられます。でも私が付いていると分かっていれば少しは安心できると思いますので」
「ああ、もちろんだ。レイモンドには魔族の森に行って来ると使いを出そう。きっとカルバロス国の事で今は忙しいはずだからな」
「ええ、お願いします」
マーサが荷馬車に乗ると馬に乗ったランフォードとジルファン。ルヴィアナとマーサを乗せた荷馬車は出発した。
途中で何度か休憩をしながらルヴィアナには魔源の力を補充しながら進んだ。
おかげでルヴィアナの容体は変わることもなく二日ほどで魔族の森の近くのルベンの宿に到着した。
ランフォードはてきぱき指示を出す。
その顔は活気に満ちている。
魔獣化した後は二度とこんな気持ちになれないのではと思っていた。
自分がいやで情けなくて腹立たしくて死んだほうがいいとさえ思った。
だが今は、ルヴィアナを助けるためならどんな事でも出来る気がしていた。
「ここでマーサとルヴィアナは休んでいてくれ。ジルファンもここでふたりを見てやってくれ。その間に俺は森に入って事情を説明して来る」
「あのなぁランフォード。いくら何でも一人で行くのは危険だ。森に入れば何があるかわからんのだぞ。いいからここは俺が行った方がいい。これでも魔族の端くれなんだから」
ジルファンはランフォードの張り切りぶりにさすがに呆れる。
「でも、ジルファンいいんですか?長い間魔獣にもなってないんでしょう?ここは俺に任せて下さいよ」
「いいから聞け。俺はな、いつでも魔獣になれるんだ。いつもはただ力を制御しているだけだ。と言っても俺も年だからな。力はかなり衰えているだろうがな。ハハハハハ」
そう言ってジルファンは不安を笑い飛ばす。
「それにこんな所でルヴィアナとマーサだけにするわけにはいかない。そうだろうランフォード。わかってるよな?」
それはもちろんだ。魔族の森に近いということはこんな特別な状態のルヴィアナにどんな影響があるかも知れない。
それにルヴィアナには魔源の力の補充もしなければならない。
ランフォードはジルファンの言うことを聞くことにする。
「もし、コレットに会ったら俺が助けを頼んでいると行って下さい」
「ああ、任せろ。じゃあ行って来る」
「ジルファン様お嬢様の事よろしくお願いします。くれぐれもお気を付け下さい」
マーサもジルファンを見送る。
ジルファンは黒く長いマントにフードを深くかぶると森の中に入って行く。
魔族の森は大きな木で覆われて昼間でもうす暗い。
森に入るとすぐ魔族が現れた。
うっそうと茂る森の中で最初は黒い影しか見えなかったが、突然ジルファンの前に出て来て剣を構えた。
羊型の獣人らしい。まだ若く勇ましい。
「あんた何者だ?ここに何の用だ?さっさと出て行け!」
「すまん。脅かすつもりはなかった。アルドに用がある。取り次いではもらえんか?」
ジルファンはあまり騒ぎを大きくするつもりはなかった。
とにかく頼みたいことは一つだけ。
ルヴィアナの様子を見てくれる魔族に宿に来てもらい。彼女にかけられているかもしれない呪いを解いてもらいたいだけなのだ。
「あんた何者だ?人間じゃなさそうだ。魔獣の匂いがするからな。だが、見かけない顔だ」
「そうだろうな。100年ほどここには近づいていない。俺はなぁ若造。魔王ダヴィド王の息子のジルファンだ。兄のアルドに用がある」
そう言うと瞳をそいつに見せつける。
金色の瞳は一回り大きくなって赤く輝き虹彩がきらりと光った。
ジルファンは自分でも驚いていた。
こんな真似をするなんて…どうしてそんな事をするのか記憶にさえなかった。
だがこの森に入った時から身体がうずうずして力が漲みなぎるようだった。
きっと魔素の力に違いないと思った。
まるで魔素の力が自分の周りを取り囲んでいくのが目に見えるようだ。
身体は水を得た魚のように魔素を吸収し始め、感覚は鋭敏になり自分が魔王ダヴィドの息子だと名乗った途端さらに力が滾った。
ジルファンは自分が恐ろしくなる。
魔獣化しては肝心の話も出来なくなるかもしれない。
ここは落ち着いて行動しなければ。
ジルファンはマラカイトを持ってきてよかったと思う。
それにランフォードを連れて来なくてよかったとも思った。
今の彼にはこんな力、制御できるはずがないがないからな。
それにしてもこの力はすごいな。
もし、自分がここに残っていたらどんな人生を送ったのだろうとふっとそんな考えが脳をよぎる。
バカなことだ。そんなこと考えてどうする。過ぎた時間は取り戻す事など出来る訳もない。
ジルファンはふっと息を吐くと、思わず樹木の枝葉をかいくぐって差し込んでくる木漏れ日に目を細めた。
しかし美しいな。
差し込んで来る木漏れ日は枝や葉に幾重にも光を折り重ね美しい造形を作っている。
おっと、見とれている場合じゃない。あいつに案内してもらうか。
ジルファンは持って来たマラカイトに魔素の力を吸収させて自分は理性を失わないようにと自らに言い聞かせる。
目の前にいる羊型の魔族は思わず目を見開いていた。
すぐに彼が魔王の血統だとわかったらしい。
魔族であればだれもが知っているの王の証を見せつけられたからだ。
魔族の王にしかない金色の瞳の中に赤色に輝く色。それは王の証だった。
「俺が誰かわかったらしいな。さあ、アルドの所に案内してもらおう」
「はい、俺の名前はトッカ。羊族なんだ。それであなたのお名前は?初めて見る顔ですよね?」
トッカと名乗った魔族は人懐こそうに聞く。ジルファンよりかなり小柄だ。
「ああ、ジルファンだ。よろしくなトッカ」
「はい、ジルファンよろしく。でも、どうして今まであなたを知らなかったのかな?王の息子ならみんな知ってるはずなんだ。新しく王になったアルド王に弟のフォルド。それにアルド王の奥さんのコレットさん。彼女今お腹に赤ん坊がいるんだ。アルド王はそりゃもうコレットさんに首ったけなんだ」
トッカは仲間と分かってぺらぺらしゃべった。
「そうか」
「アルド王ときたら赤ん坊が生まれる支度をしなきゃと言って新しく部屋を作っているんだ。これがまたすごく可愛らしいって今、森で一番の話題なんだ。王のくせにまるでコレットにはすごく甘くて、まるで王としての威厳がないって老魔族のサタナは嘆いているのもおかしくてさ」
「そうか」
ジルファンに取ったらまったく意味のない会話だったが、暇つぶし程度にはなった。
そうこうするうちにアルド王が住んでいる屋敷が見えた。
森の中に開けた場所が見えて、そこに石をびっしり積み上げて作った外壁は真っ直ぐ上に伸びていた。
ジルファンの幼いころの記憶が蘇る。
そう言えばこんな石垣は見たことがある気がする。
しかし、アルドにどんな顔をして会えばいいんだ?
さすがのジルファンも緊張して来た。
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