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しおりを挟むジルファンがマーサを連れて修道院に戻って来た。
早速ルヴィアナに合わせて欲しいと言われて病室に案内する。
きれいに寝間着は整えられてルヴィアナは青白い顔で横たわっていた。
そのまぶたは開く事もなく閉じられたまま、身動き一つすることもなかった。
「お嬢様…ああ、おいたわしい」
マーサはルヴィアナに駆け寄ると泣き崩れた。
そこにランフォードが現れた。
「シャドドゥール公爵様では、ご無事でしたか。お嬢様がご心配になっておられたんです」
「はい、こちらで助けていただいて何とか。ルヴィアナの事聞きました。何とか助けたいのですが…きっとルヴィアナは自身の魔源の力でこの状態を保てているのではと考えています」
ランフォードはかなり力を使ったせいかこめかみを指で押しながらマーサに話す。
それに考えてみればもしルヴィアナに魔源の力がなかったらここまで体力が持つはずがないとランフォードもジルファンも思っていた。
「ええ、お気持ちはよく分かっていますから」
マーサも同じ気持ちだと言うと、ルヴィアナの首元を緩めて彼女が掛けているペンダントを取りだした。
「これを見て下さい。ずっと薬指にはめておられたのですが宰相様に取り上げられそうになってからは、お嬢様は指輪をこうやっていつも肌身離さず持っていらしたのです。シャドドゥール公爵様が無事でおられますようにといつも祈っておられました。こうしてご無事なお姿を拝見できてお嬢様が気が付かれたらどんなにお喜びになるか…」
マーサはまた涙をぬぐう。
ランフォードの瞳は吸い込まれるように指輪を見つめた。
心は怒りでたぎった。
そのせいで手がブルブル震えてくる。いけない。落ち着かなければ…
気持ちが昂るとまた魔獣化してしまいそうではぁはぁと呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「安心して下さい。例え私の命に代えても彼女を助けると約束します。だからあまり心配なさらないで下さい」
彼はマーサを手を取って慰め自分の気持ちも静めた.
「ランフォード、ちょっといいか?」
「はい。なんですか?」
ジルファンが部屋の外に呼び出すとさっきの話を始めた。
「考えたんだが、ルヴィアナにかけられているのは魔族の呪いかもしれない。ひょっとすると魔族の森に行けば何とかなるかもしれないんだ。魔族にはいろいろな力を持った奴がいるからなぁ。だが…」
「だったら行きましょう。魔族の森に、あそこには妹のコレットもいる。私が話をします」
「ああ、だが俺は受け入れてもらえないかもしれない」
彼にしては珍しくしおらしい事を言う。
「ジルファンは一体どういう人なんです?」
ランフォードはずっと不思議に思っていたのだ。
ジルファンは隠しておくわけにもいかないと自分の生い立ちを簡単にすごく簡単に説明した。
ランフォードは驚いた。
「じゃあ、ちょっと待って下さい。妹のコレットは魔源の力がかなりあって魔族のいけにえとして嫁いだのです。今コレットは妊娠していて…コレットが産んだ子供を王族の子供として育てると貴方のような扱いを受けるというわけですか?家畜のように子種を植え付けるみたいに?」
「まあ、実質そう言うことになるだろうな。相手は王族らが勝手に決めるんだ。そして妊娠させるって事は、そういうことをやるって事で…お互い相手の事なんか知らないし」
ジルファンは自分で言っておきながら後悔した。
言うんじゃなかった。ランフォードお前は違うんだ。俺はレティシアを愛していた。
彼女は俺はともかくお前は愛したはずだ。
そして例え理由がどうだろうとお前は俺の愛した人の子供。
だから俺はお前を心から愛しいと思うんだ。
でも、今この状況でお前の父親だと言ったらひどい誤解をされそうだな。
ジルファンはぐっと言葉を飲み込んだ。
ランフォードが嫌悪に顔を歪めた。
「まったく!いけにえの話だけでも煮え湯を飲まされたみたいだったのに。そんな事させるわけにはいきません。コレットの赤ん坊をそんな事に利用なんかさせるわけにはいかない。それを知ったら妹がどんなに悲しむか…コレットとアルドは愛し合っているんです。ふたりの間に生まれた子供は王族なんかに渡してたまるか。こうなったらすぐにも魔族の森に行くべきです!コレットに話をしないと…」
ランフォードはかなり興奮している。
「ランフォード。いいから一旦落ち着け。お前はまだ魔獣化しないための訓練をしなけりゃいけない。感情に流されると体が変化を起こすぞ。いいから落ち着け」
「ええ、わかってます。でも、どうにもならなくなたらどうすれば止めれるんです?」
「その時は俺がぶん殴る。お前は気を失うほど強くな」
「ああ、それはいい考えです。今度魔獣化しそうになったらお願いしますよ」
こんなばかなやり取りをしていられるのもルヴィアナが意識がないからで、もしルヴィアナが意識を取り戻せば俺はもう彼女の前にはいられなくなる。
ランフォードは複雑な気分になった。
「なあ、ランフォード。さっき妹の旦那がアルドだって言わなかったか?」
「ええ、そうです。コレットの夫は魔族の王。アルドです」
「そうか。アルドは…俺の兄になるんだ。幼いころ別れてそれっきりだから覚えているかもわからないが…待て。コレットが妹だと言うのはどういうことだ?」
ランフォードと妹は母親は同じなのか?だったらどうして俺が子種に選ばれたんだ?
確か妹は魔源の力が強いと言ったはずだ。
「コレットとは母親が違うんです。俺の母は13歳の時に亡くなって、その後すぐに父は魔源の力の強いガネットという女性と再婚したんです。そして生れたのがコレットなんです。俺は母の亡くなった寂しさもあってコレットを可愛がりました。年の離れた妹は可愛くて仕方なかったんです」
「そう言う事か。おかしなこともあるもんだ」
ジルファンは胸が痛かった。ランフォードは俺の子供で俺の兄がその妹と結婚しているなんて…
世の中なんて狭いんだ、
ったく。長生きしてよかったのか悪かったのかわからない。
そんなわけで魔族の森に行ってみようと話がまとまった。
ジルファンは一抹の不安はあったが、今さらそんな事を考えても仕方がないと、こうなったら出たとこ勝負だと。
**********
その日の午後、王直属の騎士隊が修道院の近くの道を進んで行くのが見えた。
先頭にはダミアンが馬に乗って進んで行く。
それを見たシスターたちがいつものように騎士隊が無事に帰るよう道に出て見送る。
「これは騎士隊の皆さま。ご苦労様です。今から魔族討伐ですか?」
シスターはいつものように声を掛けた。
「いえ、我々はこれから国境付近に向かう予定です。辺境伯の依頼でして」
「まあ、それはご苦労様です。隊長のお名前を伺ってもよろしいですか?お祈りをさせていただきたく存じます」
「ダミアンと言います。そうだ、シスター。ついでに全員の無事帰還を祈って下さいますか?今回の任務は危険なものになりそうなので」
ダミアンは休職処分を受けて自宅で謹慎していた。
そこにレイモンドから騎士隊の隊長になってほしいと言われ急きょこうして出発したものの、何しろ隊長は初めてだったし、国境付近で不穏な動きと聞いて心穏やかではなかった。
今まではランフォードがいてくれて的確な指示を出してくれていた。
それを今度は自分がやらなければならないのだ。
義務と責任の重圧で心は重かった。
そこに修道院のシスターが声を掛けてくれたのだった。
ダミアンは藁にも縋る気持ちで祈りを上げて欲しいと頼んだ。
「ええ、もちろん喜んで」
シスターは意志隊を修道院の中に案内する。
診療施設からその様子が見えた。
ランフォードは腰が抜けそうになった。
ダミアンが隊長として騎士隊を率いていたからだ。
ダミアンは騎士隊長の金色の紋章の入ったマントをひるがえして馬から下りた。
トラウザーズには金色のラインが入っていて中の隊服にも金色のラインが入っている。これが王直属騎士隊の隊長の服だ。
思わずダミアンと声を掛けたくなる。
だが、ここで顔を出せば彼は自分を隊長として迎えようとするかもしれない。
いつ魔獣化するかもわからない自分にそんな事が出来るはずもないと首を横に振る。
それに今はルヴィアナの事が何より優先だ。
魔族の森に行くしかない。
ランフォードは心を決めた。
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