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 ジルファンは、約束通りマーサを迎えに行った。

 昨晩越えた柵のところに行くとマーサがもう来ていた。

 「おい、迎えに来た」

 「ジルファン様すみません。実は…あのこちらはお嬢様のお兄様のレイモンド様で信用できる方なんです」

 言いにくそうにマーサはひとりで待っていなかったことを謝る。



 レイモンドが前に進み出て挨拶をする。

 「レイモンド・クーベリーシェと言います。ルヴィアナの事聞きました。それでルヴィアナの具合は?」

 柵ごしにジルファンが厄介な顔をする。

 「はぁ…良くない。俺の力でもどうすることも出来ない。今救う方法を探っているところだ。おい、こんな所に長くいるわけにもいかない。いつ見つかるかわからない。どうする?行くのか。行かないのか?」

 ジルファンはマーサを急した。



 「ジルファン殿、あなたはどこにおられるのです。私はルヴィアナを助けてくれる人はすべて味方だと思っています。だから私にも居場所を教えて欲しいのです。そうすれば何かあった時連絡のしようもあると思うのだが」

 ジルファンはじろりとレイモンドを睨みつける。

 レイモンドも負けずとジルファンを睨みつける。

 互いの間に火花が散るかのような緊張が走る。



 「あの、お二人は仲間ですよ。ルヴィアナお嬢様を助けたいと思う気持ちは同じはずです」

 マーサがふたりの間に割って入る。



 やれやれと言わんばかりにジルファンは困惑して顔をしかめたが、そうもいかないと思ったのだろう。話を始めた。

 「ああ、そうだな。ルヴィアナは修道院にいる。毒で意識を失っているわけではなさそうだ。どうやら何かの呪術じゃないかと思ってる。何か心当たりがあれば教えてくれ」

 ジルファンはそう言いながら策をパッと乗り越えてマーサの前に来た。



 レイモンドはそんな事も気づかないくらい考え込んでいたが。

 「呪術か…そんなものが使えるとしたら魔族くらいしか思い浮かばないが」

 「魔族か…そうかもしれんな」

 「魔族にはその呪いが解けるのか?」

 「ああ、魔族の中には色々な能力を持った奴がいると聞いた事がある」

 それは幼いころジルファンが聞いた微かな記憶だった。

 魔族の呪いか。厄介だなとジルファンは思った。

 自分も魔族だが森を出てもう100年近くなるのだから。



 「そうとなれば俺も一緒に行く。大切な妹をたったひとりでそんなところに行かせるなど出来ない!」

 「レイモンドちょっと待ってくれ。そうは言うがあんた魔源の力あるのか?」

 「あるに決まっている。俺の瞳を見ろ!」

 心外だとばかりにレイモンドは憤る。

 おっと、レイモンドの瞳はルヴィアナと同じアメジスト色じゃないか。とジルファンがにやつく。

 「らしいな。だが今知りたいのは王妃とやらがルヴィアナに何の呪いをかけたのかを調べてくれる方が手間が省ける」

 「それはそうだ。何とかやってみる」

 「ああ、なるべく早く頼む。さあ、ゆっくりもしていられない。そろそろ見回りも来るだろうから、マーサと先に行く」

 「分かった。ルヴィアナをマーサ頼んだぞ」

 「はい、レイモンド様ご安心ください。私がお嬢様のそばをひと時だって離れませんから」

 マーサは胸を叩いて言う。

 「ああ、私も後で修道院に向かう。母も心配しているから一緒に連れて行く」



 ジルファンは大きく首を振った。ったくよぉ。

 「おいおい、そんな事をしたらルヴィアナの居場所がばれてしまうだろう。ここは内密に事を運ばないとあの王妃がまた何をしでかすかわからん。そうだ忘れてた。レイモンド、王妃はカルバロス国にこの国を攻め込ませるつもりらしいぞ。いつどのように攻め込むつもりかは知らないが気をつけた方がいいぞ」

 「王妃がそんな策略を?大変だ。すぐに宰相様にお知らせしないと」

 「だろ?まずあんたにしか出来ないことを頑張ってくれ。俺達もルヴィアナを助けるために最大限力を尽くすと約束する」

 「ああ、頼む。何かあったらすぐに知らせて欲しい」

 「もちろんですレイモンド様」

 そう言ったのはマーサだった。



 ジルファンは厄介なことになったとばかりため息をつくとマーサを抱き上げて策を飛び越えた。

 レイモンドに見送られながらふたりは森の中に駆けこんで行った。



 **********


 レイモンドはその足でその日の午前中に宰相リカルドを訪ねた。

 「これはクーベリーシェ公爵」

 「宰相様、私はまだ公爵と決まったわけでは…」

 レイモンドは気易く公爵と言われて気が重くなった。

 「何、もう決まったようなもの。シャドドゥール公爵家はおとり潰しになったのだ。後は議会の承認だけです」

 「そんな事を言っている場合では…宰相様、お話があります。取りあえず人払いをお願いします」

 レイモンドは内密に事を進めなければと。


 ふたりきりになると早速話を始めた。

 「よく聞いてください。ルヴィアナは王妃に毒を盛られたのです。その時ルヴィアナは王妃の考えに気づいて…王妃はこのレントワール国を攻め込ませるつもりなのです。性急に国境警備兵に連絡を取って事の真相を突き止めなければなりません」

 「また、どこからそのような話を聞きつけたのだ?まさか王妃が?ディミトリーが国王になられたばかりでそんな事をするはずがないだろう。はっはっは」

 リカルドは笑い飛ばした。

 「ですが、ルヴィアナはその事を知ってあのような目に遭ったのです。どうか私の言うことを信じて下さい。いえ、ならば辺境伯にでも問い合わせて頂きたい。何か問題がないか」



 そこにいきなり扉を叩く音がする。


 「何だ?今大事な話をしておる」

 「ですが、ダンテス辺境伯から急ぎの知らせです」

 「何?」

 リカルドの顔が強張る。たった今、国境の様子を調べるよう話をしたばかりなのだ。

 リカルドはその手紙を受け取るとすぐに開封した。

 【リカルド宰相様

 ここ数日カルバロスの軍が演習と称して何度も国境を越えて、その度に演習で少し無理があってと言い訳をすることが度々あります。

 今までそのような演習など一度もなかったで何かあるのではと危惧しているところです。

 早急にこちらに騎士隊一個部隊を派遣して頂きたい。ゼルク・ダンテス辺境伯より】と書いてあった。



 「これは…レイモンドの言っている事本当かもしれん。急ぎ騎士隊一個部隊を辺境伯の所に送ることにする。シャドドゥールは…いないか。次の騎士隊長は?」

 「次の騎士隊長にはダミアンを指名していただけませんか?彼はランフォードの次に優秀な騎士です。彼が隊長になればきっと隊のまとまりも早いはずです」

 ダミアンはあの後休職中だった。

 「そうだな。ダミアンはランフォードが隊長と言う立場にあったから仕方ないと言えばそうだが、牢から逃がした事は見逃せん」

 リカルドは顎に手を当てて考え込む。



 「ですが隊員は隊長の言う事ならば命令に従うものです…それに騎士隊員もダミアンを慕っておりますし、彼が隊長になればきっと素晴らしい活躍をすることは間違いないはずです」

 「まあ、クーベリーシェ公爵がそこまで押すなら、まあ今回の結果を見てまた考えるとしようか」

 「はい、ありがとうございます。では、早速ダミアンを騎士隊長に任命して辺境伯の所に派遣するように手配します」

 レイモンドはすぐに騎士隊に指示を出す。

 ずっとディミトリーの執務を手伝っていたおかげで、レイモンドは騎士隊の総監督官も兼任することになっていた。


 「それから、王妃が怪しいのは確かです。宰相もくれぐれもお気を付けください」

 レイモンドは部屋を出る前に宰相にそうくぎをさしておいた。

 そしてレイモンドは急いで騎士隊に命令を下す。



 今、すべての権限を持っているのは宰相であるリカルドだった。

 何しろディミトリーの能力は底が浅かったのだ。



 
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