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しおりを挟むジルファンは夜の森を向けてひたすら走った。
ルヴィアナを背負った体がズシリと重く感じる。
ふっと俺も年何だなと思って顔がにやついた。
そうやって修道院の近くにまでたどり着いたが、このままルヴィアナを診療施設に連れて行ってもいいかと考える。
だが、彼女は王妃のせいでこんな目に遭った訳で、それをマザーイネスに話せばきっとルヴィアナをかくまってくれるだろう。
ジルファンは修道院の人間を信じていた。それは長い年月一緒に過ごしてきたからこそわかることだった。
「さあ、ルヴィアナ頑張れ、もう少しでランフォードに会えるからな」
身動き一つしない返事の一つも出来なくなった彼女にそう話しかける。
そして診療施設にルヴィアナを運ぶとすぐに診察台に横たえた。
ジルファンはシスターにルヴィアナが助けを求めたからここに連れて来たと説明する。
シスターたちはジルファンが特別な力を持っていることを知っているので彼の話を信じた。
それに彼女の様子を見ればそれは一目瞭然だろう。
「それでジルファン。どうすればいいのです?」
「ルヴィアナはトリカブトの毒を盛られたと思うのです。だが、時間がたっているので普通のやり方ではもう無理でしょう。俺がやってみるから少し部屋から出ていて欲しい」
ジルファンも自分の魔源の力をどれだけ使えるかもわからないし、それで彼女を助けられるかさえも分からない。
だが、すべての力を使っても彼女を助けるつもりだった。
「ええ。わかったわ。無理しないでね」
シスターはそう言うと診察室から出て行った。
ジルファンはルヴィアナに渡したマラカイトの力も借りて最大限の魔源の力を放出する。
ルヴィアナの身体の上に手をかざし彼女にその力を送り込む。
彼女に盛られたであろうトリカブトの毒を身体から消し去り彼女が意識を取り戻すよう力を込める。
しばらくそうやって力を送り込むと、ルヴィアナの身体がプルプル震え始めた。
もう少しだ。後、もう少し。さあ、俺の力はこんなものか?情けない。もっと力が出せるはずだ。
さあ、ルヴィアナを助けるんだ。
ジルファンはそう心に言い聞かせて更に魔源の力をルヴィアナに送る。
息が上がり体中の力が吸い取られたみたいにフラフラする。
もうだめだ。くっそー。こんなはずは…
そうだ。ランフォードの力を足せばきっと。
ジルファンはランフォードがいる病室に走る。
ランフォードはベッドに転んでいる。寝てるのか?
「おい、ランフォード。起きてくれ!おい、起きろ!」
ランフォードがいきなり大きな声で呼ばれて驚いて飛び起きる。
「何です?こんな夜中に…ジルファンか、驚くじゃないですか」
「いいから目を覚ませ。よく聞いてくれ。今ここにルヴィアナがいる。彼女は毒を飲まされて意識がないんだ。俺の力で何とかできると思ったんだが無理なんだ。それでお前の」
ランフォードは最後まで話を聞かずに立ち上がった。
「ルヴィアナが?どこにいるんです。彼女に何があったんです」
彼の顔は驚愕の色を浮かべて手はジルファンの襟元を掴む。
「まあ、とにかく来てくれ。話は途中でする」
廊下を走りながらジルファンは自分にはルヴィアナに起きていることや考えていることが分かるんだと話す。
そして王妃にトリカブトの毒を盛られたらしいと話した。
「でも、どうして王妃が毒を?」
「まあ、それは後で今はとにかくルヴィアナを助けないと」
「もちろんです。俺が絶対にルヴィアナを助けます」
「ああ、その調子だ。やはり彼女のためなら元気が出るか?」
「当たり前です」
ランフォードは憤怒する。
そしてふたりでルヴィアナに魔源の力を送り、彼女の毒を身体から追い出しルヴィアナの意識を取り戻そうと何度も何度も力を送り続けた。
空は白み始め薄紫色の光がカーテンの隙間から差し込む。
それでもまだルヴィアナは頬ひとつ動かさず指先さえ震わすこともない。
彼女はあれきり身動きひとつせず眠ったままの状態だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、どうして…こんなに力を送っても回復しないとはどういうことだ?」
ジルファンは呟いた。
「おかしいです。絶対に。ルヴィアナもよく治癒の力を使っていましたが、これもそれと同じはず。毒でこんな状態になっているならもうとっくに気付いてもいいはずです」
ふたりは顔を合わせて深刻なため息をつく。
「もしこれが毒でなく、呪いのようなものだったら?」
「ですが、何の呪いかわからなくてはどうすることも出来ないのではありませんか?」
「ああ、それについては少し王妃に問いただすしかないだろう。もし呪いとしてもルヴィアナがこうして生きているのもきっと彼女に特別な魔源の力があるからだと思う」
ジルファンはルヴィアナが人の考えたことが分かるようになったらしいと話す。
それで王妃の考えている事を知って何かの毒を盛られたと話すとランフォードが怒りをあらわにしてベッドのマットを拳で何度も叩いた。
「ジルファンは、その王妃の考えている事がなにかわかっているのですか?」
「ああ…」ジルファンは、そう返事をするとゆっくり話を始めた。
ディミトリーは国王の子ではない事やルヴィアナが元国王とミシェルの間に出来た子供だと言う事を話すとランフォードは後ろにひっくり返りそうになった。
そしてルヴィアナはずっとランフォードを助けようとしてディミトリーと結婚することを決心したことを話すと「そんな事頼んでいないのに」と唇を震わせた。
ディミトリーと関係を持つことをずっと拒んでいたことも話すと彼女の髪の毛にそっと震える指を伸ばして言葉をこぼす。
「ああ‥ルヴィアナ君は…愛しい人」
そのしぐさは愛しみに満ちている。
そしてディミトリーを国王にしてカルバロス国がレントワール国に攻めいる計画があるらしいことも話した時にはランフォードは驚いて声も出なかった。
まさか、知らない間にそんな事が?
彼は眉を寄せながら考え込んだ。
「それを宰相や他の者は知っているのですか?」
彼はあんなひどい目に合ったのも忘れて国の心配をする。
「知らないだろうな。俺はルヴィアナの心が読めるからわかっただけで」
「クッソ!ずっとあの王妃には何かある気がしていたんだ。国王も亡くなった今、力があるとすれば宰相のリカルドか…だが、俺が行って話をしたところで聞きはしないでしょう」
ランフォードがため息をつく。
その頃になると夜が明けてき始めたのか辺りが薄っすらと明るくなり始めた。
「おっと。ランフォード、とにかくお前はここでルヴィアナの様子を見守っていてくれ。彼女にはお前の力が必要なんだ。俺はルヴィアナの侍女と迎えに行くと約束しているから行って来る」
「侍女を迎えに?そんな事をして大丈夫なのか?」
「だが、約束は約束だ」
ジルファンは、そう言って飛び出した。
残されたランフォードはルヴィアナを見つめる。
髪は乱れて着せられていた寝間着もクシャクシャで、ランフォードの瞳からは涙が零れ落ちる。
こんな目に遭って君は一体どうして俺なんかの事をそんなに思ってくれるんだ?
俺は魔獣になったおぞましい奴なんだ。
でもそんな事君は知らないから。
それを知ったらルヴィアナ君は俺の事なんか嫌いになるんだろうな。
俺はもう君にふさわしい男じゃなくなったんだ。
それなのに…
でも、そんな事は今はどうでもいいんだ。
絶対に君を助けるから。
俺の力が少しでも役に立つなら。
例えどんな手を使ってもそのためならこの命だって惜しくはない。
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