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しおりを挟むルヴィアナは、帰ることになった事をジルファンに伝えに行った。
「ごめんなさいジルファン、もっとあなたの治療が出来ると思っていたのですけど、どうやら私は帰らなくてはならないようです」
「そんな事気にしなくていい。ルヴィアナこそ本当に大丈夫なのか?」
「それが…結婚するんです。お相手が‥その…私が気になっていた方で…」
ルヴィアナはぽっと頬を赤くした。
「なるほど、結婚を受けることにしたんだな。いいじゃないか。そいつと幸せになればいい」
「ええ…でも、あなた達の事、もっといい治療が受けれるようにするつもりです。それに他にもやりたいこともありますし、またお見舞いに来ますね。だからジルファンも身体を大切にして下さいね」
「ありがとう。あんたに会えてよかったよ。貴族の中にもこんなにいい人がいると分かってうれしかった」
ジルファンはルヴィアナの手を取る。
彼の手の甲は毛でもじゃもじゃだったが、ルヴィアナは全く嫌な気はしなかった。
ぎゅっとジルファンの手を握り返し、彼の痛みが少しでも和らぐよう祈った。
「お名残り惜しいですがジルファン、さようなら」
「ああ、どうか幸せになってくれ」
ジルファンが手を放すと、ルヴィアナの手にヘンプ(大麻)を紐にして作ったお守りがあった。
中央にはマラカイト(クジャク石)がはめ込まれている。その石は鮮やかなグリーンの光を放ちリング状の紋様が美しい石だった。
「これは?」
「家族から別れるとき持たされたんだ。俺にはもう必要ない。ルヴィアナにもらって欲しい」
「いけません。これはあなたの大切なお守りでしょう?」
「俺の心はずっとすさんでいた。でもルヴィアナに会って安らぎを見つけることが出来た。だからもう必要ない。ルヴィアナが持っていてくれるとうれしいんだ…」
「わかりました。では、お預かりします。今度会うときお返ししますからね。いいですね?」
「じゃ、約束ってことで」
「ええ、約束。知ってますか約束のやり方を」
ルヴィアナはそう言うと小指を出した。ジルファンにも小指を出すようにという。
そしてお互いの小指を握り合わせると歌い出した。
「♪指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲~ます。指切った!」小指をいきなり放した。
ジルファンはあっけに取られている。
「これでおしまいです。約束しましたからね」
「指切りげんまん…面白い。ルヴィアナ最高だ!」
ジルファンは大声で笑った。こんなに笑ったのは何十年ぶりだろうと思いながら…
そしてルヴィアナは修道院の前でマザーイネスやシスターたちにお別れを言った。
ルヴィアナは兄のレイモンドの馬車に乗り込むと一路クーベリーシェ家の屋敷を目指す。
「ですがお兄様、一体どうしてランフォード様が?」
ルヴィアナはまだ事情も分からないままこんなことになったので兄に問いただす。
「議会で王族の近親者と言う事で話が始まり、シャドドゥール公爵が一番近いしちょうど結婚出来そうな年齢の男がランフォードしかいないという理由らしい。それにシャドドゥール公爵家はいけにえを出したばかりで、国に貢献した事にもなっているしな」
「そんな理由で…それでディミトリー殿下はどうなさっているんです?まだステイシーと結婚されると?」
「ルヴィアナ。殿下と呼んではいけない。彼はロンドワール公爵になった。だがステイシーはディミトリーが平民になったと分かっていなくなった。どうやらヘンリーも一緒らしい」
「まあ、ではやはりディミトリーの権力が欲しかったという事ですの?」
「きっとそうだろう。だが、噂ではクレア王妃が裏で手を回したのではとも言われているらしい」
「まあ!王妃が…でも、無理もないかも知れませんわ。王妃はさぞ御心痛でしょう」
「ああ、みんな驚いている。たった一人の息子を王にさせないなんて…国王は後悔しているかもしれないな」
「ええ、そうですわ。私と何か結婚しなくてもステイシーは嫌ですが、他にも候補はいくらでもいらっしゃるのに…」
「だが、一度決まったことを覆したら国が混乱する。だからディミトリーを次期国王から外したんだ」
「ええ、それはそうですけど…なぜ私何でしょうか?」
「その事情はよく知ってるだろう?ルヴィアナが心配しなくていい。国王だって一度決まった事を曲げられないから、こうやってお前とランフォードを結婚させることにしたんだ」
ルヴィアナは思った。何とも厄介な時代だと。でも、そのおかげでランフォード様と結婚できるなら運がいいのではと。
きっと彼は優しくて頼りがいがあるいい旦那様になるのではと期待も上がった。
「それでランフォード様はもうお帰りになられたのですか?」
「いや、まだだ。数日のうちには帰って来るらしい。でも、知らせは届いているはずだからお前との結婚の話は知っているはずだ」
「そうですか…私との結婚、お嫌でなければいいですが」
「嫌なはずがないだろう?ルヴィアナは心配せず結婚の支度に取り掛かればいい。もう1か月もないんだぞ」
「えっ?ではディミトリー様とするはずだった日取りで結婚式をするのですか?」
「当たり前だ。それに国王はそれに合わせて引退するつもりらしい。だからお前はすぐに王妃ということになる」
「ちょっと待って下さい。そんなお話聞いていません。私が王妃に?ではクレア王妃は?」
「クレア王妃は具合が悪いらしい。ディミトリーの事でご心痛がたたって寝込まれているそうだ」
「まあ、お可哀想に…国王もディミトリーの事をもっと考えてあげればいいのに…」
「何を言ってるんだ。あいつはお前に恥をかかせたんだぞ。他の女に言い寄られて…それも…ああ、考えただけでも胸が悪い。その話はもうやめよう」
「ええ、ごめんなさいお兄様」
「ルヴィアナお前は本当に優しいな。だから幸せになってくれよ」
「ありがとうお兄さま」
ルヴィアナあなた愛されてるのね。あのステイシーは別だけど…まあ、あれはお母様の過ちですわ。それにもう離婚されて終わった話ですから。
馬車の中でルヴィアナは、前世で味わえなかった家族の愛を感じて胸がいっぱいになった。
そしてこれからやって来るであろうランフォード様との結婚生活にも期待が膨らんで行く。
************
その頃辺境の地、ルベンにいるランフォードは頭を抱えていた。
いきなり知らせが届く。
【ランフォード・フォン・シャドドゥール公爵
ディミトリー・ド・ロンドワール様が王位継承権をはく奪されたため議会で審議の結果、あなたを次期国王とすることに決定いたしました。
その条件としてルヴィアナ・ド・クーベリーシェ嬢との婚姻をして頂くこととなりました。
つきましてはお帰りになり次第1か月後に結婚式を執り行うものとします。】
どういうことだ?
俺が次期国王?
どうしてそんな事になったんだ?
それにルヴィアナ嬢と結婚だって?
待て、待て、待て。犬ではないが脳内で待てが続く。
そして次期国王の件はすぐに棚上げにされる。
ルヴィアナ嬢…思い出せば顔がにやけた。
確かにルヴィアナ嬢が感じのいい女性で、お嬢に似たところがあって好感を持ってはいる。
だが、肝心のルヴィアナ嬢はどうなんだ?
彼女は相当ディミトリーに熱を上げていたらしいと聞いた。必要以上に迫り他の女性も寄せ付けさせないような行動に出たとか…
俺が知り合った時の彼女はそのような素振りもなかったが、彼女はまだディミトリーの事を忘れられないのでは?
それに俺も必要以上に焼きもちを焚かれるのは勘弁願いたい。
そう言いつつもランフォードは胸が高まるのを抑えきれなかった。
杏奈の事はいい思い出としてずっと自分の中で大切にするつもりだ。だが現実はこの世界で生きて行かなければならないんだ。
そうとなればルヴィアナを妻に出来るなら素晴らしい事かも知れない。
コレットが幸せそうだったこともきっと関係あるかもな。
それに式までにもう1か月ほど…
これは国のための結婚で、2人の気持ちなど取るに足らない事なんだから。
この国はそういう国なんだから…
なぜかランフォードは執務室で大きなため息をついた。
自分がこれほどルヴィアナに好意を寄せているとは思ってもいなかった。
そして最近身に着けていないと落ち着かないスピリットソードを握りしめる。
不思議な事に、ランフォードはこの剣さえあれば何も怖いものはない気がするのだ。
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