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しおりを挟むディミトリーはルヴィアナが入れられている牢に来ると釈放するよう命じる。
ルヴィアナは自分のやったことがものすごい誤解を与えた事だとやっと気づいていた。
騎士隊の本部た魔石の制作を見せたり、自分のお金で特使のお土産を買ったりしたのもいけなかったらしい。
きちんと公費があるので、それを使うべきだった事も説明されてやっと知ったのだ。
牢から出るように言われてルヴィアナは足取りも重く別室について行く。
久しぶりに会ったディミトリー殿下はすこぶる機嫌が悪いのは無理もない。
まあ、婚約者との再会が牢の鉄格子を挟んでなどと考えてもいなかっただろう。
ルヴィアナはこんなディミトリーを見るのは初めてですごく緊張した。でも素直に謝らなければと…
「ディミトリー殿下…あの、お会いできてうれしいです。なのに…こんなご迷惑をかけて本当に申し訳ございません。でも私は機密情報漏洩なんてやってはいません。私は誓ってこの国を裏切るようなことはしていませんわ」
「ああ、わかっている。だから長官にそれは説明した。君は思慮がなさすぎる。もっとよく考えて行動するべきだ。やったこともない特使の接待なんか…どうしてローランに任せなかった?」
ディミトリーはめんどくさいとばかりに一度もルヴィアナと目を合わそうとはしない。
ルヴィアナは相当怒らせたと焦る。
ローラン様が私に任せたんですと言いたかった。でも、これ以上何を言ったところで言い訳がましくなるだけのような気がした。
ここは素直に謝る方が可愛げがあるというものです。
「ええ、これからは気を付けます。本当に申し訳ありません。でも殿下が帰られてうれしいです。お身体は大丈夫ですか?長旅でお疲れではないんですか?帰ってすぐにこんなご迷惑をおかけして申し訳ありません…でも、ずっとお会いしたかったです」
会いたかった?ええ、少しはそんな気持ちがありますね。
やはりこんな時は、素直な気持ちを…
ルヴィアナは勇気を振り絞ってディミトリーに近づく。そっと手を伸ばして彼の腕に触れようとした。
ディミトリーはそれに気づいたかのように、一歩後ろに下がった。
えっ?どうして…やっぱり私の事がお嫌なのですか?
不安な顔でディミトリーを見つめる。
彼はくるりと向きを変えて部屋のドアに向かい始めた。そして言った。
「悪いがルヴィアナ失礼する。君とは結婚式で会おう。それまではそれぞれの仕事をこなして行くべきだ」
「それって…私とは会いたくないって事なのですか?」
「ああ、お互い無理をする必要はないだろう。君も忙しいだろうし私も公務が立て込んでいる」
「ですが…婚約者が2か月も会わないなんて…殿下がお怒りなのはわかっています。でも、私は忙しくてもディミトリー殿下とお話したいと思います。お昼のちょっとした時間にお茶を一緒に飲んだり、結婚式の料理とか引き出物などを一緒に考えたり…そんな時間も頂けないのですか?」
だって、これから一生を共にする人なのに。いくら政略結婚だからってそんなの寂し過ぎますよ。
「僕は忙しいから、そう言うことは母上がすべてやってくれる。君は心配しなくていい」
彼はもう出て行こうとしていて…
「…」
胸の奥に渦巻くもやもやした気持ち。このままでいいのか、どうしたらいいのか、ルヴィアナがひどかった事はわかっているが、でもきっとうまく行くと思っていた。
だからこの1か月がんばってきたのだ。
それなのに…何を言っても空回りしていて言葉に詰まってしまう。
でも自分はこの国で生まれ育った人間ではない。転生して来た杏奈で、結婚するには愛し合っていなくても、せめて信頼関係くらいは持っていたいと思ってしまう。話をするのもぎこちないなんて考えられない。
私にはそんな結婚きっと耐えられない。
はっと気づく。
杏奈としての最後の時、私はロッキーに本当の気持ちを伝えなかったことを後悔した。
ロッキーと話をして気持ちを聞けばよかった。
もう二度とそんな事したくない。
だからこそどうしても聞きたくなる。彼の気持ちを…ディミトリー殿下の気持ちはどうなのだろうかと…
ルヴィアナは喉の奥から声を絞り出す。
「待って下さい。私は…ディミトリー殿下をお慕いしております。ディミトリー殿下のお気持ちは…?」
彼の驚いた表情に高ぶった感情がこぼれ落ちる。
まるで掴みかけた幸せが、はらはらと指の隙間から零れ落ちて行くかのように…
「殿下はそんなに私がお嫌いですか?私の顔を見るのもお嫌ですか?話をする気にもならない人間ですか?どんなに頑張ってももう私に振り向いては下さらないという事なのですか?」
唇をぎゅっと噛みしめる。
ディミトリーの目が苦し気に細められ目尻に数本しわが出来た。
言葉を選んでいるのか、どう話そうか迷っているのか、しばらく重苦しい空気が辺りを漂う。
ルヴィアナは胃のあたりがチリチリ火花でも散っているかのように焼け付いた。
彼がそんな空気を切り裂くように、腕を振り下ろした。
「君はやり過ぎた」
「それはわたくしも認めます。悪かったと思っています。でも、わたしが聞いているのは過去の過ちを責める事ではありません。これからの私たちの事です…私はどのような気持ちで結婚に臨めばいいのですか?」
「私も……今回の旅で何とか折り合いをつけようと思っていた。でも…」
「でも…なんですか?教えてください。私には知る権利があります。あなたのお気持ちをはっきりお聞かせください」
聞いてどうするの?結婚はやめるわけにはいかないのに…むしろ聞かない方が傷つかずにすむのでは?
言ったばかりなのにもう後悔が押し寄せてくる。
「ルヴィアナこの話はいまするつもりはなかった。でも…隠しても時間の問題だろう。だからはっきり話をしよう」
「ええ、さっきからそう言ってるではありませんか…」
ディミトリーはそれでも言いにくいのか、まだじれったく唇を何度も噛んでいる。
そしてやっと話す気になったのか一度息を深く吸い込んだ。
「…僕は結婚後、側妃を持つつもりだ。名はステイシーという女性だ。だが心配ない。君から王妃の座を奪うようなことはしないと約束する。王妃として職務を行ってくれればいい。それは何も変わらないと約束しよう」
「ディミトリー殿下…それは…結婚はするが形だけのということですか?それは…私はもう…いえ結婚しても妻としては見ていただけないという事ですの?その人を愛していらっしゃるのですか?」
言いようのない驚きとそして崩れ落ちてしまいそうな脱力感が襲う。
「ああ、悪いが妻と思えるのはステイシーだけだ。だが、君には王妃という座を与えると約束するよ。だから安心していい。僕は心からステイシーを愛している。彼女といると癒される。僕が僕でいられるんだ」
ディミトリーはうっとりした顔でそう呟く。
はっ?安心していい?何よそれ!
妻。それは私の役目ではなかったのですか?いえ、それよりいつの間にそんな女性が…私が目を離している隙に…
いえ、でも、いくら何でも…こんなの裏切りじゃないですか!
でも…でも…
「殿下。それは私とでは無理なのですか?私がどんなに努力してもだめなのですか?」
あんたもしつこいよと心の声がする。だけど…ルヴィアナはそれをずっと望んでいた…むしろ結婚するのにそれを望まない人がいるのかと思う。
「ああ、無理だ。悪いがもう行かないと…ステイシーを待たせているんだ。でも君の次期王妃の座は確実だから、何度も言うけど安心してくれ。じゃ…もうルヴィアナは執務室にも来なくていい。これからは僕がローランとやって行くから心配ない」
「………」
あんまりではないですか?
こんな事ってあるんですの?
いくら何でもひどすぎませんか?
怒りがふつふつ湧き上がる。噴火寸前の火山ようにお腹の底でマグマがとぐろを巻き始める。
この国ではそうなのかも知れませんが、私にはもう耐えられませんわ!
「わかりました殿下。でもこのような結婚、私には耐えられません。婚約は解消させていただきます。わたくしあなたとなんか結婚したくありませんから…失礼!」
ルヴィアナはつんと顔を背けるとすっと背筋を伸ばした。
こんな男の前で惨めな格好はしたくない。それだけが今のルヴィアナを奮い立たせた。
こんな、こんな男の為に… なんてばかなの。ルヴィアナあんた最低の男にずっと恋してたのよ。
王宮の入り口を出て木立まで来るともう我慢できなくなった。
「ったく!ふざけるんじゃないよ。黙って聞いてりゃいい気になりゃあがって、お前なんかこっちから願い下げだ!二度と私の前に顔を出すな!アホ!マヌケ!能無し!おたんこなす!」
これぞ元暴力団の娘、杏奈の本心。
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思えばあんなに嫌がっていたヤクザの世界だって、義理と人情があった。血は通っていなくても盃を交わせば、何があっても命に変えても親分を裏切ったりしない。
ルヴィアナは、なんだかヤクザの方がましのような気がして笑ってしまう。
考えまいとしても、ディミトリーに裏切られたと思う気持ちが膨らんでやりきれない気持ちが込み上げた。
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