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  クーベリーシェ家に、ルヴィアナが王宮に留め置かれていると知らせが入ったのはすでに陽が落ちてからだった。

 まず最初にローランが駆け込んできた。

 彼は、何やら訳の分からない疑惑を突く付けられてルヴィアナが近衛兵に連れて行かれたというばかりで…

 心配していると王宮から早馬が知らせを届けた。

 【ルヴィアナ・クーベリーシェ嬢は機密情報漏洩の容疑で王宮内に留め置く。証拠隠滅の恐れもあり容疑が晴れるまで自宅への出入りを禁止するものとする。公安府 リシャール・ガンズビュール長官】


 「これは一体どういう事なんだミシェル?」

 夫のヘンリーが驚いて問いただす。

 「わたくしもまったくわかりません。ルヴィアナがそのような事するはずがありませんわ。まったく何かの間違いにもほどがあります。ルヴィアナは仮にも王太子殿下の婚約者です。それなのにこのような扱いを受けるとはすぐに国王に掛け合ってまいります」

 「いや、待ちなさい。今、事を荒立てては、公安府の長官の顔を潰すことにもなる。ここは一晩だけ様子を見て、明日、国王に会って話をした方がいい」

 「ですがこれではルヴィアナが可哀想です。あの子一人でどんなに辛い目に遭っているか…」

 ミシェルは泣き崩れる。

 ヘンリーは万が一にもそんな事はないと自分に言い聞かせる。

 せっかくミシェルと結婚して次期国王の妃の父親になれるチャンス、こんないい話はないと年増のミシェルと結婚したんだ。

 ヘンリーの顔がぐしゃりとゆがんだ。


 *************



 翌日の午前、ミシェルはヘンリーと共に王宮に出向いた。

 もっと早くに来たかったがあまりに早い面会は失礼になると…

 国王は私室にふたりを招きいれた。

 「陛下、失礼とは思いましたがルヴィアナの事で‥」

 「ああ、聞いている。安心しなさい。ミシェルさあ、入ってここに座って」

 侍女にお茶を頼んでミシェルをソファーに座らせる。

 夫のヘンリーはまるでいないかのように…



 ミシェルは腰かけて一息つくと話を始めた。

 「国王陛下、お聞きですよね?ルヴィアナがおかしな疑いを掛けられていることは?」

 「ミシェル、まあ落ち着きなさい。そんなことあるはずがない。わかっている。だが一応我が国も国家機関があるからには、私の一存で事を決めてしまっては後々しこりを残すことにもなりかねんのだ。まあ、すぐに疑いは晴れる。ルヴィアナがあんなに頑張っていたことはみんな知っていることだ。もし不都合があったとしてもそれはわからずにやった事、悪意があったわけではないとすぐに証明される。そう心配するな」

 国王のミシェルを見る眼差しは優しくいたわりがあり、そっと手を取ってその手を何度もさする。

 それはまるで妻のように愛しみを込めて…



 ふたりが王宮を後にするのと入れ替わりに王妃とディミトリーが帰って来た。

 王妃クレアとディミトリーはすぐに国王に挨拶に向かった。

 「父上、ただいま戻りました」

 「陛下無事に帰りました。父もよろしくお伝えするようにと言っておりました。この度はありがとうございました」

 「ああ、父上のお加減は少しは良くなられたか?」

 「はい、おかげさまですっかり元気を取り戻しました。結婚式にはぜひ伺うと申しておりました」

 「そうか、クレア長旅で疲れたであろう、ゆっくり休むがいい。それでディミトリーはどうだ?」

 クレアはそこで退室した。



 ディミトリーとルヴィアナの結婚式はもう2か月もない。すぐにでもルヴィアナに会いたかろうと…

 「はい、父上…それが…言いにくいのですが私は結婚後に母上の侍女をしているステイシーを側妃に迎えたいと思っています」

 「お前は何を言っておる。この度でルヴィアナとの結婚の覚悟をきちんとしろと言ったではないか!それがなんだ?別の女を側妃にしたいとは、今そのような話をする時か?お前は気でも違ったか?」

 国王は真っ赤な顔で怒りをあらわにした。



 「はい、確かにそのようなお話でした。私もルヴィアナとうまくやって行こうと思っておりました。ですが…私はステイシーが可愛くて仕方がないのです。素直で優しくて一緒にいると心が安らぐのです。そんな女をそばに置きたいと思うのはいけない事でしょうか。父上にはこの気持ちはわかりません。私の決意は何があっても変わりません!」

 「お前という奴は…どこまでばかなんだ。王妃はルヴィアナしか認めん。側妃にするというならルヴィアナの許しをもらってからだ。ルヴィアナが拒否すればその女には直ちに王宮から去ってもらう。ルヴィアナはお前がいない間それはもう頑張っていたんだ。それなのにお前はそんな気持ちを踏みにじろうと言うのか…もう息子とは思えん。顔も見たくないわ。出て行け!」

 ニコライはディミトリーを怒鳴りつけるとどさりとソファーにへたり込んだ。



 **************



 ディミトリーは父に追い出されると、腹立たしさ紛れに壁を拳で叩きつけた。通りかかった侍女がそれを見て驚いて声を上げた。

 そしてやっと正気に戻り、取りあえず執務室に顔を出すことにした。

 ドアを開けるとローランが一人だった。



 ディミトリーはほっとした。こんな気分でルヴィアナにまとわりつかれたらきっと大声で彼女を振り払ってしまいそうだった。

 「ローラン、帰ったぞ。お前にはいろいろ迷惑をかけたな。だがこれからは私もしっかり働くつもりだからな」

 「お帰りなさい殿下。迷惑だなんてお留守の間クーベリーシェ嬢がすごく頑張って下さったので助かりました」

 「それはそうとルヴィアナは?いつもなら僕にとっくにまとわりついてくるはずだが…?」

 ついそんな言葉が出てしまった。



 「殿下はお聞きになっていないんですか?彼女は昨日公安府から呼び出されて…」

 「公安府だって?何をしたんだルヴィアナは?」

 「何もしてはいません。ただアバルキア国の特使の方に少し許可なく案内をされたらしくてそれが機密情報違反だとかで、あの方に限ってそんなことあるはずがありません。あったとしたら許可が必要なことをご存知なかっただけの話なんです。ただそれだけの事をあの長官ときたら頭が固いんです」

 「まあ、ルヴィアナならそれくらいの事は平気でやるかもな。無神経で自分勝手で…だから嫌なんだ!もうわかった。ローランは仕事をしていてくれその話は私が片付けるから心配ない」


 ディミトリーは公安府に出向いた。

 事情をリシャールから聴く。

 「長官、ルヴィアナは知らずに余計なことをしただけだ。そんな組織とか関係ある訳がない」

 「ですが殿下。彼女は特使には、特別に金の櫛や宝石の入った鏡などとても高価な品物までプレゼントしているんです。おまけにその費用はご自分が出されて、何もないのなら公費を使うはずです。あいつらと何かあるに違いありません。あの特使は騎士隊や魔石の事を調べていたに違いありません。もしアバルキア国がこの国を攻め込むつもりならどうするおつもりですか?」

 長官は真面目な顔でそんな話をした。

 何をばかな…

 「長官、最初からそんな目で見てれば何を見ても怪しいと感じるはずです。ルヴィアナはそんな頭の回る女じゃない。ただの私の熱狂的なつきまといだ。僕にいい顔をしようと張り切っただけの事だ。今回の事は厳重注意で済ませてくれ」

 「ですが…」

 ディミトリーがリシャールを説き伏せてルヴィアナを拘留を解くことになった。

 もちろん誤解だった事は理解してもらったらしい。



 
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