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18ディミトリー

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 一方こちらはディミトリー殿下の様子。


 ルヴィアナからの婚約解消宣言の翌朝には王都シュターツを出発した。

 母上と侍女と荷物などを馬車に乗せて警護のものを数人連れてカルバロス国を目指す。

 馬車は二台、一台は母上の馬車で金色に縁どられた豪華な馬車だった。もう一台は侍女と荷物を載せたものでごく普通の馬車だった。

 その周りを取り囲むように護衛兵が数人、ディミトリーは先頭に立って進んだ。

 母はすっかり元気になっていて旅を楽しんでいた。

 途中で幾度か休憩を取りながら今夜の宿に着いた。

 まだレントワール国内で国境に近い町だった。



 「母上お疲れではありませんか?今夜はこちらの宿に泊まって明日にはカルバロス国に入る予定ですから」

 「ええ、ディミトリーあなたが来てくれて助かったわ。何しろ流行り病で倒れてから初めての長旅、父に会うためとはいえ3日も馬車に揺られなければなりませんからね」

 「はい、今日はゆっくり休んでください。宿は一番良い部屋をお取りしてあります。お部屋の隣にはお風呂もありますので」

 「ええ、わかりました。あなたも疲れたでしょう。私の事は侍女に任せて早く休みなさい。ステイシー来て頂戴」

 「はい、王妃様」

 ステイシーと呼ばれた侍女が王妃クレアのそばに近づく。


 ステイシーはまだ新参ものだが、よく気が付く侍女で今ではクレアのお気に入りになっていた。

 それと言うのもクレアのはやり病が侍女たちにも移ってしまい、半年の間に侍女が3人も入れ替わった。

 ステイシーは王宮の侍女2年目で、本当は王妃付の侍女になるはずではなかったが、何しろ人手不足で急きょ王妃付の侍女となったのだ。



 このステイシーは実はクーベリーシェ伯爵夫人と結婚したヘンリー男爵の娘でもあった。



 ヘンリーとルヴィアナの母親が結婚してステイシーはクーベリーシェ家に入ったのが6年前14歳の時だった。

 ヘンリーの元妻はいわゆる平民でヘンリーも平民。騎士隊に入っていて魔獣征伐で多大な功績を上げて男爵野称号をもらったが、その後妻は亡くなりステイシーとクーベリーシェ家の炭鉱で仕事をしていた。

 そしてクーベリーシェ伯爵が病気で亡くなり、ミシェルとそういう関係になり妊娠という事態が起きて結婚をした。

 ステイシーにしてみれば伯爵家でミシェルやルヴィアナと一緒に暮らすなど考えてもいなかったことで、引っ越し、王立学園への転校はまるで今までとは違う世界だった、



 それにルヴィアナと同じ王立学園に行くことになり自分が一学年上の上級生となったこともルヴィアナの不満を買った。

 ステイシーは家でもルヴィアナからも義理の母になったミシェルからも令嬢らしくないと言われ意地悪や嫌味を言われ続けた。

 学園でもステイシーはいつも仲間外れでルヴィアナは絶対的無視を決め込んで一切かかわってくることはなかった。」


 「あら、そのドレス全然似合っていませんわ」とか…

 話をすれば「あら、言葉使いが間違っていますわよ。お姉さま」

 すみませんと頭を下げれば「ぺこぺこ頭ばかり下げないで下さる。まるで私が意地悪しているみたいです」



 食事のマナーがなっていないと「もう…食事中の音を立てるなんて、気分が悪いわ。母上わたくしもうお食事は結構です」

 「まあ、ルヴィアナあなたは出て行かなくていいわ。ステイシーまともに食事も出来ないなんて伯爵家の恥です。もう食事は終わりにしなさい。今すぐ部屋に戻りなさい」

 「ミシェルそう言うな。ステイシーは今までこんな暮らしをしてこなかったんだ。すぐに出来なくてもそのうちうまくなる。なあステイシーこれからは気を付けるんだぞ」父親のヘンリーが助け舟を出すが…

 この親子は聞く耳を持ってはいなかった。



 万時がその調子でステイシーが18歳になるころにはすっかりおかしくなった。

 学園でも屋敷でもステイシーの居場所はなく、そんなとき王宮の侍女の働き口があると聞いてステイシーは応募して働くことにした。

 本当だったらステイシーは平民なので王宮で働くことなどできないが、一応父が男爵という爵位をもっていたことで雇われる事に、でもステイシーはクーベリーシェ家に関わっていることは秘密にした。



 ステイシーは屋敷を出てやっと息が出来たみたいだった。

 それからはステイシーは一生懸命働いて今では王妃付の侍女になった。

 平民だったことが幸いしたのか、母が早くに亡くなって家事や裁縫をして来たことが良かったのか、それとも伯爵家で行儀やマナーを教わっていたことが良かったのか、何事も万時こなせるステイシーは王妃のお気に入りになった。


 お茶を入れる所作もきちんと心得ているし、急な繕い物やかゆいところにまで手が届く気づかいは誰にも引けを取らなかった。

 そんなマナーはクーベリーシェ家で嫌味を言われながらも身についたことだった。

 ステイシーはこの時ばかりはあのふたりに感謝した。



 「君がステイシー?母をよろしく頼む」

 ディミトリーはステイシーに挨拶をした。

 「はい、殿下もったいないお言葉ありがとうございます。王妃様のお世話、わたくし精一杯やらせていただきます。どうかよろしくお願いします」

 耳に響く声はまるで鳥のさえずりのようにディミトリーの脳を蕩けさせた。


 思わずディミトリーはステイシーを見つめた。

 ステイシーは美しいエメラルドグリーンの瞳をしていた。その虹彩にはグリーン、琥珀色、金色と色とりどりの色が混じり合う尾を引き込むような色合いの瞳で、顔だちも大きな瞳に高い鼻、唇はプルンとゆれるような可愛らしい唇でキャラメル色の髪もすごく好みの色だった。

 そんなステイシーを見てディミトリーの心臓がドクンを脈打った。



 ステイシーは王妃の世話ばかりでなくディミトリーの着替えも手伝ってくれるし、食事の時にお茶を煎れてくれたり、衣服のほころびを見つけるとそれを直したりと細やかな気遣いをしてくれた。

 それでいておしとやかで控えめとくればディミトリーの心が揺れない方がおかしいくらいだ。



 カルバロス国の王都クムロに着くと、早速母とおじいさまの見舞いに訪れ、その後はふたりの為に晩餐会が催された。

 ディミトリーは久しぶりにルヴィアナの事を気にすることもなくカルバロス国の貴族令嬢たちと楽しい時間を過ごした。

 やはり美しい女性とお酒を飲んだり談笑するのは楽しかった。

 酒も入りご機嫌で部屋に戻るとステイシーを呼んだ。

 彼女が優しく微笑んで着替えを手伝ってくれて、ついステイシーのお尻に手を伸ばしてしまった。

 だが、そんなときでも荒げた声など出さず彼女は甘い声で「殿下いけません」とディミトリーの手をやんわりと握ってたしなめた。

 しかも彼女は恥ずかし気に真っ赤になって俯きながらそう言ったのだ。



 ずっとヒステリックなルヴィアナの性で、そのようなふるまいを目の当たりにしてディミトリーの心は疲れが吹き飛ぶような思いがした。

 またその夜ステイシーの仕草が瞳に焼き付いて離れなかった。



 数日間の滞在の間、王妃とディミトリーは一緒に出掛けることが多かった。ステイシーはいつもそばで控えて、よく気が付いて言葉を口にする間もなく欲しいものが差し出された。

 「母上、ステイシーはいつもこんなふうなんですか?」

 「ええ、よく気が付くでしょう?だから気に行ってるのよ。こんなに何でもこなせる侍女はほんとにステイシーが初めてよ」

 「こんな女性が僕の妻になってくれたら、どんなにいいか…今回この度に同行する間にルヴィアナとの結婚の覚悟を決めろと言われました。何があっても婚約は解消させないと父上から言われたんです。でも、ステイシーのような女性がいる事を知ったら僕は…」

 「何を言っているのです。ディミトリーあなた次期国王になるのですよ。公爵家を敵に回すことなどできるはずがありません。父上のおっしゃる通りです。ルヴィアナとの結婚は絶対です。ですが結婚後に側妃を置くことだって出来るでしょう。結婚後数か月も過ぎれば…だからそれまでは我慢しなさい。側妃にステイシーをと言えば母は喜んでステイシーをあなたのもとに行かせます。ですからいいですね。くれぐれもルヴィアナとはうまくおやりなさい。あなたは王太子です。彼女を意のままにしていいのですから、しっかりなさい」

 

 「母上。それは本当ですか?約束ですよ。結婚後にステイシーを僕のものに」

 「ええ、それまではステイシーは私が責任もって侍女として、そして彼女に他の男が寄り付かないよう目を光らせておきましょう」

 「わかりました。ルヴィアナと結婚します。でも彼女とはそれだけです。彼女には王妃という肩書さえあたえれば公爵家も納得するはず。僕はステイシーと心の通い合った夫婦になりたいんです」

 

 この旅の間にディミトリーの心はすっかりステイシーに奪われていた。

 父からルヴィアナとの関係と良くするための仕切り直しの旅だったがもはやディミトリーにはそんなつもりもなくなっていた。

 僕にはステイシーが必要だ。僕の心を癒してくれる彼女こそ運命の人に違いない。



 ルヴィアナとの関係を修復して結婚させようという国王の計画は裏目に出てしまったようだ。





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