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プロローグ
しおりを挟む聖龍(せいりゅう)杏奈(あんな)の思考は、嵐の真っただ中のように完全に荒れ狂っていた。
思えば生まれたところから私の人生はおかしかったのかもしれない。
それというのも、杏奈の家は暴力団、天鬼組という会長の家だったのだ。
母親はアメリカ人だったらしく日本の暴力団がどんなものかさえ知らない女性だった。
杏奈が生まれるころにはすっかり父親の天鬼剛に愛想をつかしていた。
そんなわけで母は生まれたばかりの杏奈を残してアメリカに帰ってしまった。
父親とそのほか若頭、舎弟、若中と言われる人々がいて杏奈はそんな男ばかりの中で育って来た。
幼いころはそれでもよかった。
だが、学校に通うようになると予想通りあの子に近づいてはだめとか、友達になってはいけませんと言われるようになって、杏奈には友達というものが出来たことがなかった。
それでも家に帰ればみんなが可愛がってはくれたのだが、やはり年頃になると反抗期がやって来て悪い友達が出来て夜遊びをしたり学校をさぼったりするようになった。
そんな頃、ある夜父親が乗った車が一人の男をはねてしまう。
男は見るからに外国人で、彫りの深い顔、瞳はまるでべっこう飴のような透き通った金色でそれは美しい。おまけに髪は銀色に輝いていた。
父親たちは急いでその男を病院に運び治療を受けさせた。
けがは大したことはなく警察沙汰にもならなかった。だが、男は全く記憶がなくなっており、仕方なく父親がしばらく面倒を見ることになった。
男の名前もわからないので会長である剛が好きな映画からロッキーと名付けた。
「パパ誰なの?」
「ああ、しばらく家で世話をすることになった。ロッキーだ。なあに、ちょっと車でぶつかっただけだったんだが、どうも記憶を失くしたらしくてな」
「えっ?大丈夫なの?警察は?」
「警察は心配ない。事故の届けも出して怪我をした男に付き添って病院にも言ったんだ」
「そう、それで…あなた大丈夫なの?」
杏奈は外人らしい男い声を掛けた。でも言葉が通じるかはわからなかったが…
「はい、ありがとうございます。怪我は大したことないらしくて、それにこちらでお世話して下さるみたいで助かります」
「日本語喋れるの?」
「あれ?そうみたいです」
そうみたいって?あっ、記憶がないから…
「そう、安心したわ。私は杏奈。聖龍杏奈。よろしくね」
杏奈はこのロッキーに一目で心を鷲掴みにされた。
何しろすこぶる整った顔立ちはこれまで見たどんなイケメンよりもカッコよくて、その美しくキラキラと輝くその瞳にうっとりした。
それにプラチナのような美しい髪にも、まるで今夢中になっている恋愛小説に出てくる主人公みたいだと。
その日から杏奈は夜遊びをやめて真面目に学校に通い始めた。だって送り迎えにロッキーが駅まで付いてきてくれるのだ。
「お嬢、行ってらっしゃい」
「お嬢、お迎えに来ました」
杏奈は「わたしはお嬢じゃない!」と言いたかったが、みんなが杏奈の事をお嬢と呼ぶのでロッキーにだけ名前を呼んでとはいい辛かった。
だからいつもお嬢と呼ばれるようになってしまった。
ただロッキーは、杏奈の瞳をアメジストのようにとても美しい輝きだと褒めたたえ、学校でいつも染めているのかと先生からにらまれてしまうはちみつのように美しいと褒めてくれた。
杏奈はハーフなので瞳は赤紫色で、髪の色も明るい茶色だった。
杏奈は無事に学校を卒業してロッキーとの未来を夢見るようになる。
ロッキーはその頃には若頭にまでなっていて父親もそんなロッキーを可愛がっていた。
でも杏奈は暴力団は嫌いだった。子供の頃からいつも暴力団の娘だと後ろ指をさされてきたからだ。
それに父親が自分にも言えないようなことをしていると薄々感じていたし、だからこそ、自分は人から後ろ指差されるような仕事はしたくなかった。
ロッキーにもまともな仕事をして欲しかった。
だが、ロッキーはお世話になったんだからとヤクザを止める気はなさそうなのだ。
杏奈の性格はやはり父親譲りなのか、物おじせずはっきりした性格だとよく言われた。
だからこそ悪い事やうそ、曲がったことは大嫌いだった。
だけど杏奈がいる世界は見た目はかっこいいかもしれないがやっていることは結局そんな事ばかりで。
杏奈はロッキーを好きだったがあともう一歩を踏み出せずにいた。
ロッキーも多分自分の事を好いてくれていると思っていたが…
それにロッキーはあれから記憶も取り戻してもいない。
杏奈は高校を卒業して保育士になろうと決心して、今は隣町の保育園で働きながら保育士の資格を取るための勉強もし始めていた。
ロッキーとは最近あまり話をしていなかったし会うのもためらわれていた。
そんな訳で秘めた思いは打ち明けられずにいた。
でも、ロッキーが時々保育園にまで迎えに来てくれて、杏奈の仕事が終わるまで待っていてくれたりした。
園庭で子供たちと歌を歌っている所を、あの麗しい微笑みを浮かべて眺めているロッキーときたら、杏奈の恋心がさらにメラメラ燃え上がったのを覚えている。
あの時の歌、確かこんな…
♪悲しいときは歌を歌ってあげる。楽しいときは一緒に笑ってあげる。
あなたの悲しみを半分もらう、代わりに私の喜びを半分あげる。
私がいつもそばにいるから、私がその手を握ってあげるから、もう泣かないで…♪
そんな時、天鬼組と最近勢力を増してきた血脇組ともめごとが起きる。
そして父親とロッキーはその争いで…
血脇組の若衆の一人が事務所にやって来ていきなり暴れ始めた。
その日はたまたま運悪く杏奈が来ていた。ロッキーと久しぶりに食事に行く約束だった。
そしてロッキーの気持ちを聞いてみようかとも思っていたのに。
若衆は組の事務所に押し入って来ると、会長はいないのかと叫びまくって辺りを見回した。
そして会長室めがけて突き進んでいく。
目が血走った男は、止めに入る男たちをなぎ倒し真っ直ぐ会長に突進した。
持っていたドスが父親である会長の胸に突き刺さったのか、父親が血を流しながら倒れる。
「パパ!」
杏奈は叫びながら父親のところに走り寄ろうとした。
男の視線が杏奈に向いたのはすぐだった。
「お嬢、危ない!」
ロッキーは杏奈をかばおうと彼女目掛けて突っ込んできたそのナイフにつかみかかった。
若衆はナイフを振りかざしてロッキーともみ合いになった。
他の舎弟達もいたがもみ合う二人をどうすることも出来ず…
「ロッキーやめて、あっ、危ない!」杏奈は叫んだ。
その時、相手の持っていたナイフがロッキーの心臓にまともに突き刺さった。
「ロッキーしっかりして、お願いあなたが好きなの。だから死なないで…」
杏奈が押さえている胸からは血がどくどく流れ出ている。
救急車が付く間もなくロッキーは息絶えていた。この世を去ってしまったのだ。
父も同じく出血多量でほぼ即死だった。
病院で杏奈は父とロッキーの遺体にすがって泣きじゃくった。
「パパ。ロッキー!どうして…どうして死んじゃったのよ…どうして……パパのせいよ!こんな…こんな仕事をしてるから……」
ヤクザなんか大嫌いだ。
杏奈はすっかり落ち込んでしまった。
父親もロッキーもあんな形でいきなりいなくなってしまった。
彼を愛していたのに死んでしまうなんて…
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