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29妾の契約を解除する(ネイト)
しおりを挟むその数日後、俺はミーシャのいるベルランド子爵のところに行った。
子爵家は家から馬車で一日ほど馬なら半日で着く距離だった。
子爵家の使用人が応に出た。
「突然の訪問申し訳ありません。ガストン侯爵家のネイト・ガストンと申します。一度ご挨拶に伺うつもりでしたが遅くなりまして申し訳ありません。仕事でこの近くまで来たので伺ったのですが、子爵はいらっしゃいますか?」
そこに出て来たのはミーシャだった。
かなり顔色が悪い。それはそうだ。母上が亡くなったのだと俺は駆け寄って抱きしめたい衝動をぐっとこらえる。
「ネイト様。一体どうされたんです」
ミーシャは驚いたのだろうこてんと首をかしげてこちらを見た。
くしゃりと顔が緩む。
(うぐっ…はぁぁぁ可愛い…いかん。そんなつもりでここに来たのではない。しっかり話をしなくては)
心臓を鷲掴みにされそうになるが、メリンダとの行為を思い出すと自分に吐き気がした。
(あんなことを言っておきながら俺はミーシャを裏切ることになった。
だからせめてとここに来たんだ。俺はミーシャにふさわしくない男なんだ)
「ああ、近くまで来たんだ。あれから心配していた。お母さんは残念だった。さぞ辛いだろう。いいんだ。君はここでゆっくりすればいい。そんなことで来たんじゃないんだ。子爵と話がしたい。ご都合はどうだろうか?」
ああ…少しやせたのか?お母さんの事で気落ちしているんだろう。無理をしてなければいいが。抱きしめて会いたかったと言いたいがそんな事出来るわけもないだろう)
俺は脇に下ろした手の平をぎゅっと強く握りしめる。
「ええ、父は書斎にいますので…さあ、どうぞ中に入って下さい。父にお客様だと伝えて、それからお茶の用意をしてちょうだい」
ミーシャは使用人に指示を出す。
(もう、すっかり子爵家の中心だな)
リビングルームに案内されて子爵が現れた。ミーシャも続いて入る。
「突然の訪問失礼します。私はネイト・ガストンと申します。この度はお気の毒でした。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「ああ、これはガストン侯爵のご令息でしたか。わざわざこんな所までありがとうございます。さあ、座って下さい」
子爵は快く俺を受け入れてくれた。
(話はこれからだ。旨く切り出してミーシャが悪く思われないように話を進めなければ)
そこで使用人がお茶を持って入って来た。
「ありがとう。後は私がやるから下がっていいわ」
ミーシャがお茶を煎れてくれてテーブルにカップが置かれた。
「ネイト様この辺りで取れるお茶なんですがお口に合うといいんですけど」
「いい香りだ。ミーシャも座ってくれないか」
「私も?」
「いいから座りなさい」
子爵が声をかけてミーシャが俺の向かいに座った。
俺はカップを手に取りゆっくりお茶を飲んだ。
「うまいな」
ミーシャが二コリを微笑んだ。
俺の心は罪悪感でいっぱいになる。
でも、このままにしておく方がもっと罪だ。だからしっかりしろと気持ちを奮い立たせる。
子爵もお茶を飲み始めミーシャも座ってカップを手に取った。
しばらく3人の沈黙が…
俺はお茶を全部飲み終えるとカップを置いた。一度深呼吸すると口を開く。
「実はここに来たのはもう一つ大切なお話があって来たんです」
「なんでしょうか?」
「私はとんでもない契約をしたと後悔しています。ミーシャ嬢との妾の契約です。ミーシャ嬢には大変なことを押し付けてしまいほんとに申し訳ありませんでした。実は妻と関係が修復出来ましてもし妻との間に子供が出来ればそれが一番良い事だと思うので、今回の話はこれでなかった事にして頂きたいのです。もちろん支払ったお金はそのままでいいです。1カ月分の給金も払います。荷物はきちんとこちらに送って迷惑にないようにしますので…どうでしょうか?」
俺は一気に突っ走った。
子爵がきょとんとした顔になる。
ミーシャの顔は見れなかった。カップを置く音がひどく耳に響いた。
きっと驚いたのだろう。
さっと立ち上がる気配がするとミーシャはもう扉の方に向かっていて後ろ姿しか見えなかった。
すまん。こんなことになって…でも、今ならまだ間に合う。
俺は君が好きだから、だから君を妾になんかしたくないから…だから許してくれ。
そう心で叫んだ。
「いいんですか?ガストン卿。実は妻が亡くなって私一人では管理が追い付かず今までミーシャに手伝ってもらっていたのです。でもいつまでもご迷惑をおかけするわけにもいかないと思っていたんですが…いや、そう言っていただけると助かるんですが…ミーシャはそちらに帰るつもりで張り切っていましたので…」
「ええ、ミーシャ嬢はほんとに優しくて素晴らしい女性ですから我が家でもとても喜んでいたのですが…やはり一度白紙に戻してもらった方がいいと思うんです。本当に申し訳ありません。我が家の都合でいろいろご迷惑をおかけした事お詫びします。では、この契約は解除と言うことで契約書はこちらで処分するということでよろしいでしょうか?」
「では、いいんですね?」
子爵がもう一度確認する。
「はい、もちろんです。契約の解約届を送ります。ご安心ください」
「わかりました。では、そのようにお願いします。わざわざお越しいただいてありがとうございました」
「いえ、こちらの勝手で申し訳ありません。では、失礼します」
そう言って俺は子爵家を後にした。
ミーシャは見送りには出てこなかった。
それも仕方のない事。直接謝りあかったがそんな事もいらぬお世話と言うものだろう。
俺は家に帰って勝手に契約解除の書類を書き契約書の解約届をベルランド子爵宛てに送った。
俺はこれでいい。これで良かったんだと何度も何度も言い聞かせた。
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