よりによって人生で最悪な時に再会した初恋の人がじれじれの皇太子だったなんておまけに私死んだことになってましたから

はなまる

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 私は昼食後にトルーズ様が出かけるのを確認すると来た時のトランクに荷物を入れて急いで屋敷を出る支度をする。

 ベルとルナも買い出しに出かけていなかった。

 まだ、身体の調子はいいとは言えないがそんな事は言ってはいられないのだから…

 こんな目にばかり遭っている自分が黙って出て行くのはやはりみんなに心配をかけると思い、短いメモを書くことにする。



 『みなさんには本当にお世話になりました。私はやはりアルベルト様との結婚はご辞退させていただきたいと思います。ご挨拶もせずに出て行くことをお許しください。私は大丈夫です。どうか皆さんもお元気で  シャルロット』



 こうしておけば私に何かあったのではと心配を掛けなくて済むわ。

 さあ、急がなくては…

 私は急いでトランクを持つとルミドブール家を後にした。



 悪いことをしているわけではないのに、なんだか見つかってはいけないと、リンドウ色のマントを頭から深くかぶり人込みを避けて急いだ。

 デルハラドの街の乗合馬車があるところまで歩いて行くとムガル行きの馬車が出発するところだった。

 急いでムガル行きの馬車に乗り込むと一路ムガルを目指す。

 もう昼を回っていたので、ザシードで一旦宿を取らなければならなかったが、明日にはムガルに着くはずだった。



 馬車に乗り込みほっとしたのも束の間、心は荷台に揺られる身体のように揺れた。

 バーリントン伯爵から言われて初めて気づくなんて…

 アルベルト様が皇王になれば私と釣り合うはずもないことなど考えてもいなかったし、まして彼から結婚を申し込まれると思ってもいなかったもの。

 でも、よくよく考えればバーリントン伯爵の言う通りだわ。



 コンステンサ帝国に行くわけにもいかないだろうし、だったらムガルのカロリーナの家に戻ればいい事よ。

 そう考えると少しは落ち着いてきた。

 あそこなら人知れずこっそり暮らしていくにはぴったりだし、今まで来ていた薬売りにまた薬を作って売ればいいのよ。

 ひとりで暮らしていくのにはそんなにお金も必要ではないし、今までだってカロリーナと暮らしてこれたんだからきっと大丈夫よ。

 お金はたくさんグラハム様が用意して下さっていたので馬車代も困ることもなかったし宿にだって泊まれる。当座の食料を買う分も充分にあるし…



 でも、アルベルト様は何て言うだろう。

 ううん、きっと私と結婚なんてすぐに気が変わるわ。皇王になったんだものどこかの王女とか、貴族のご令嬢。私よりもずっとずっときれいで頭のいい方がたくさんいるはずだもの。 

 

 なのに馬車がどんどんデルハラドを遠ざかって行くと、私の心は引きちぎられそうになってしまう。

 アルベルト様って叫び出しそうになって…

 こんな気持ちは初めてで胸が苦しくて…

 たくさんの人がいるのに泣き出しそうになって…

 喉の奥がかきむしられそうで…

 私は唇を嚙みしめて両腕で自分の身体をぎゅっと握りしめた。

 泣いてはだめよ。

 だって彼と結婚するなんて無理なんですもの…



 翌日馬車は国境を越えてコンステンサ帝国のムガルに入った。

 私は馬車を下りるとひとりトランクを抱えてあの懐かしい我が家に帰った。

 何だか冒険の旅にでも出ていたみたいな気分だ。

 一瞬、今までの事は全部夢の中の出来事だったのかとさえ思ってしまう。

 だとしても現実だとは思えないほどあまりにもいろいろなことがあったわ。

 でも…アルベルト様の事は思い出すにはあまりにも辛すぎた。



 久しぶりの我が家はかなり荒れ放題で、私はすべてを忘れようと掃除に没頭し始めた。

 そして掃除が終わり一息つくとカロリーナのお墓に参った。

 もう日が傾いていた。

 私は大好きなリンデンとバラとレモンバームのお茶を入れる。

 「今日は何だか冷え込むわ。そうだ。薪ストーブに火を入れて…」

 私は部屋の薪ストーブに火を入れると、ソファーに座り込んでお茶を飲み始めた。

 しばらく身体を動かしていなかったせいか、先日の毒のせいかはわからなかったが急に眠くなった。

 私はいつものカバーを身体の上にまとわせる。

 何だかカロリーナがいるような気がした。

 そしてほっとした私はいつしか眠りについて行く。


 
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