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しおりを挟む私はどうやら意識のないまま発見されてヨーゼフ先生の治療を受けたらしい。
「シャルロット…シャルロット…ヨーゼフ先生どうなんです?毒は…」
「ええ、毒はトリカブトに間違いないでしょう。南天の葉を煎じて飲ませて何度も嘔吐させましたからきっとほとんど毒は出たでしょう。ただ、どれくらいの時間あの状態だったのかわかりませんので、毒の吸収がいかほどかは」
「あの時はっきり言っておけば良かった。シャルロット君が好きだと。君を俺のものにしたいんだと…君と結婚したいんだと…人には言えても彼女の前に出るとどうしても言えなくなって…」
「ええ、わかります。でも彼女はあなたが好きですよ」
「どうしてそんな事が言えるんです?シャルロットはヨーゼフ先生。あなたが好きだと言ったんです」
「それは光栄だな。でも好きの意味が違うと思いますよ。私へのは友人、または医者として好意を持っているというだけです。あなたの事は本当に好きなはずです」
「そうです。旦那様が刺されて死にそうになった時、シャルロット様がどれほど動揺して泣き叫んだかご存じないでしょう?あれを見たら誰でもわかります。シャルロット様は間違いなく旦那様を愛してらっしゃいます」
「何だ。トルーズまで知ったような口を利くのか?」
「ですが、本当の事です。あの時のシャルロット様ときたら天をも引き裂くほどの悲しみようで…彼女の魔力があの不思議な力を呼び寄せたと言っても過言ではないですから。本当に天から光がさあーと降り注いでアルベルト様を包み込んだのですから、旦那様はシャルロット様の愛の深さを信じられないのですか?」
「噓だ!シャルロットは私の事など軽蔑していて…」
「どうして旦那様はそんなに悲観的なのです?何か理由でもおありなんですか?」
「いや、それは…」
私はがやがやとうるさい声で少し前に意識が戻った。
何を話しているのかさえ理解できないほど頭はズキズキ痛くて…
まだ身体もだるく起き上がる気にはなれなかった。声も出そうとしたが喉が何だか焼き付くような痛みで思うように声が出なかった。
それでもあまりにごちゃごちゃとうるさく我慢できなくなっていった。
ゆっくりと身体を動かして手を出した。
「あの‥すこ、しず、か…にし、もら、え‥せ、んか?」
絞り出すようなしわがれた声だった。
我ながら恥ずかしかった。
「シャルロット気づいたのか?良かった。君は死ぬところだったんだ。ああ…良かったシャルロット…」
私の身体を大きながっしりした体が覆った。
”アルベルト様?”
ふわりと重みがなくなると私のぐったりした手をぎゅっと握りしめて来て、冷たくなっていた手が彼の温かい手のひらで温められると生きていると思えた。
「シャルロット本当に良かった。どれほど心配したか…」
その手に優しい口づけが落とされた。
まるで愛しい人にするような仕草で…
どうして?
「ご、心配、か、けた、みたいで…」
「いいんだ。君のせいじゃない。シャルロットせかして悪いが、君に毒が盛られたらしい。トリカブトだ。心当たりがあるか?」
気ぜわしくアルベルト様が聞いた。
そう言えばアビーが持って来たお茶を飲んだ後でいきなり苦しくなった。
「アビーがも、って、来た…お、茶を、飲んだ…くる、しくな、た」まだ喉がひりついて声がしっかり出ない。
「アビーが?もう喋らなくていい。俺が離れずに君についている。だから安心して…シャルロット」
アルベルトがすぐにアビーに話を聞くようにトルーズに指示を出したのは言うまでもなかった。
それから一晩アルベルトがずっと私のそばについていてくれた。
私に飲み物を飲ませてくれたり、背中をさすってくれたり、そばでずっと手を握ってまだ毒が抜けきらず胸や息が苦しい私を気遣い励ましてくれた。
眠っている時も彼に繋がれた手が安心を誘い、恐怖に陥りそうな気分も取り払われ眠りにつくことさえ出来た。
ふと、目が覚めると窓から薄明かりが差し込んでいた。
彼がベッドのそばに椅子を置いて身体を横たえているのがわかった。
もうすぐ朝だと思い私はゆっくりと起き上がった。恥ずかしい話何しろ用を足したい。
ゆっくり音をたてないように。ずっと起きていただろう彼を起こさないように細心の注意を払う。
身体を起こしてもあまりふらつくこともなく立ち上がれそうだったのでゆっくりとベッドの端から脚を下ろす。
昨日来ていたままのドレスは胸元がはだけてしわくちゃになってしまったが、助かったのだからそんなことはどうでも良かった。
床を一歩ずつ踏みしめるたびに振り返り彼を見る。
まだ眠っているわ。きっとずっと起きて看病を…
こんな目に遭ったのに、うれしさで胸がいっぱいになる。
取りあえずバスルームに行き用を足して顔も洗う。
鏡に映った顔は土気色で気味が悪いほどだったが、トリカブトを飲まされたのだ。助かって良かったわとほっと溜息が出た。
でもどうしてアビーがあんなことをしたのかさっぱりわからなかった。
私はしわくちゃのドレスから取りあえず寝間着に着替えるとまたベッドに戻って行った。
そっと足音を立てずに歩いたつもりだったがアルベルト様を起こしてしまった。
「シャルロット大丈夫なのか?起きたりして」
アルベルト様が近付いて来ていきなり私を抱きかかえた。
「ちょっと、何を…やめて」
声は何とか出るようになったらしい。
本当は看病してもらってありがとうとかうれしいとか言うべきなのに…恥かしくて出てくるのは思っているより反対の言葉ばかりで…
「やめるもんか、君を失うところだった。俺は…前回もそうだったのに、何もわかっていなかった。もう二度と同じことは繰り返したくない。シャルロト君が好きだ。結婚してくれ!」
彼の腕に抱かれたままいきなり結婚を申し込まれた。
「私…あの、いいから下ろして下さい」
身体中が恥ずかしさでかぁっと熱くなり耳たぶが熱い。
「ああ‥すまん」
アルベルト様はそっとベッドに私を座らせるとその場にひざまずいた。
「正式に君に結婚を申し込みたい。返事はいつでもいい。私は真剣に心の底から君が好きなんだ…もう待てない。こんな思いをするくらいなら早く打ち明けておけばよかったと…だから今すぐ結婚を申し込む。ゆっくりでいいから考えて欲しい」
私をひたむきに見つめる瞳は、ちょうどカーテンの隙間から入って来る朝の光に反射してこの世の者とは思えないほどキラキラ輝いている。
私の中で何かが崩れ落ちたような気がした。
もう何を迷う必要があるの?私は彼が好き。愛している心から、彼も同じ気持ちだったなんて…
おまけに彼は本当は優しくてたくましくて決断の出来る人だった。
すとんとおもしろいほど素直な気持ちになれた。
「アルベルト・ルミドブール・エストラード、私はあなたを心から愛しています。もう気持ちを隠したりしません。私は生涯あなたのそばにいたいから…」
「ああ…シャルロット本気なんだね?ふたりは同じ思い、あの時だって互いに心が通っていたんだね」
「もちろんですアルベルト様。私がそ、そんな事が出来ると思ってるんですか?」
「いや、誤解だ。思ってるわけじゃない。ただ嬉しくてつい…」
その瞬間彼が私を抱きしめた。互いの唇は求めているかのように重なり合うキスは自然な流れだった。
何度も唇を重ね合いふたりの舌を絡め合わせ互いの唾液を混じり合わせるのがごく自然なことに思えた。
頭がくらくらしてぼぉーとしかけた時やっとアルベルトが唇を離した。
息絶え絶えの様子でアルベルトが私の頬を両手で挟んだ。
私のまなじりから涙がひとすじ伝った。
それを彼の指先がすくい取る。
「シャルロット、もう絶対に離さない…」
彼は私をじっと見つめる。何か言いたげに唇がもごもごとしたかと思うと…
「一度君と交わっただろう…ただあれは媚薬のせいだと言っていたが…それでも俺は…いや、そんな事がなくてもシャルロット。俺は出会った時から心を奪われていて、もうずっと前から君が好きで…この思いが一方通行ではないかと、好きだからこそどんなことをしても振り向いて欲しいと思っていたのに意地を張っていた。だからこそ君がこんなことになって後悔した。二度と後悔したくないんだ」
「覚悟は出来てるんですの、アルベルト様?」
「もちろんだ」
「頼もしい旦那様」
私は少し鼻声で笑った。
心は満点の星空のようにキラキラ輝いていて幸せ過ぎて、私は気づくとぎゅっと彼に抱きついていた。
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