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しおりを挟む私は急いで部屋に戻るとほうれん草で作った緑色の目薬を瞳に垂らした。
しばらく目を閉じたままにして数分待つ。
ゆっくり鏡を覗き込んでみた。
成功だ。
瞳は緋色から翡翠のような色に変わっていた。もちろんこれも魔力のおかげだ。
私は急いで階段を駆け下りた。
「トルーズ様お待たせしました。これでいかがでしょうか?」
「素敵です。では行きましょう」
トルーズ様がにっこり微笑まれた。
私たちはルミドブール家から出るとほんの100歩ほど歩いた。
「こちらがジェルディオン家になります」
「えっ、もうですか?」
私はそのお屋敷を見て驚いた。ルミドブール家もすごかったけど、このお屋敷はさらにすごかった。
高い金色の門を空けて中庭を進んで行く。門番はいなかった。
真っ直ぐに屋敷に伸びた道の周りは荒れ放題で手入れもされていないらしい。
3階建てのお屋敷はすごく大きかったが何だか古びた感じを拭いきれない。
トルーズ様がチャイムを鳴らした。
ドアを開けて現れたのはヨーゼフ様だった。
こんな大きなお屋敷なのに侍女の方とかは?
「やあ、いらっしゃい。どうぞ」
「はい、お邪魔します」
「ではヨーゼフ様、シャルロット様をよろしくお願いします。では私はこれで」
「トルーズ様帰るんですか?」
「はい、帰りは大丈夫ですね?」
「はい、これだけ近ければ…」
トルーズ様はくるりと向きを変えて帰って行く。
私は中にどうぞと手招きされて入って行く。
脚はすくまんばかりに緊張しているが、そんな事は言ってはいられないわ。
私はゆっくり中に入る。
アーチ型のドアを入ると大きな玄関ホール。天井には大きなシャンデリアが下がり目の前には彫り物を凝らした立派な螺旋階段が広がっていた。
「こちらにどうぞ」
ため息交じりに部屋の中を見回しながらヨーゼフ様の後をついて行く。
ヨーゼフ先生は多分まだ30代になったばかりくらいで、中肉中背、痩せ気味だが骨格はしっかりしている感じ。瞳は今日の私と同じきれいなグリーンで端整なお顔立ちの方だった。
前回会った時は動揺してほとんどそんな事を見ている余裕もなかった。
私は急に男性と二人きりだとソワソワするが。
いえいえ、ヨーゼフ様は先生ですから…その前に叔父様ですから。
廊下はつやつやに輝いてはいなかった。壁に飾られた額もほこりをかぶって長い間掃除がされていないことを物語っていた。
「こちらに…まさかこんなに早く来られるとは…」
ヨーゼフ先生に案内されて部屋に入る。
リビングルームはいつも使っているらしくある程度掃除がしてあるらしかった。
大きな暖炉にどっしりとしたソファー、中央には凝った細工のしてあるテーブルがあった。大きな窓からは明るい日差しが入り込んでいて暖かかった。
「きれいじゃなくて申し訳ない。昔は父が公爵をしていてこの屋敷もそれは見事だったんだ。でも爵位を奪われて父も年を取って、今は人を雇うような余裕もない。僕は忙しいし掃除は使っている部屋だけで手いっぱいで…」
ヨーゼフ先生は申し訳なさそうに言った。
「いえ、今日は取りあえずご挨拶だけでもと思いまして…」
先生は今日とおっしゃったじゃありませんか。だから私…何このの空気。き、気まずいわ…
彼がお茶を煎れてくれて、一緒にお茶を飲むと診察室を見せてもらった。
これから往診に出かけると言うのでその日は帰ることになった。
どうやら片付いていない部屋を見られたくなかったようです。
翌日改めて屋敷に伺った。
ヨーゼフ先生はまたお茶を入れてくれようとしてつい声を掛けた。
「先生、私がお茶煎れましょうか?」
「いや、それは申し訳ない」
「いえ、キッチンはどちらに?」
「案内する。でも僕が煎れるから君は座っていてくれ」
「では今回はそうさせて頂きますね」
リビングルームから出るとまたさっきの廊下を進んで玄関を通り過ぎてキッチンに行った。
昨日よりきれいになっている気がします。
ヨーゼフ先生が湯を沸かしている間に私はポットやカップ用意をする。お茶の場所やカップの場所を聞いておく。
そしてやっとリビングでお茶を一緒に頂く。
「シャルロット。瞳の色いいね。これなら安心だな」
今日のヨーゼフ先生は昨日と変わって機嫌がよさそうだ。
それに昨日より片付いている気がする。
「ありがとうございます。先生と同じ色になってしまいましたわ」
「いやかい?」
おかしそうに先生はクスッと笑う。
「いえ、そんな意味では…それで先生はここで診療をされているんですか?」
「ああ、隣が診療室になってる。後で見てもらう。ここで診察や治療にあたるが、ここに来れない場合は私が出向いて行くんだ。一昨日みたいにね」
「はい、でもあの時は結構遠くでしたよね?いつもあんなに遠くまで行かれるんですか?」
「いや、月に一度か二度くらい。昨日はいつも行く人の往診があったんだ」
「そうだったんですか。私、運が良かったですわ、先生にお会いできて」
「それは僕もだ。カロリーナ殿には申し訳ないことをしたかもしれない。僕たちが彼女の力を借りたいと接触しようとしなければ彼女は…」
「先生それはどういう事なんですか?それに先生はカロリーナに何を頼もうとされてたんですか?」
「シャルロットはカロリーナ殿から何か聞いているのか?」
「いいえ、私たちはあまり人と関わらないようにして来たんです。だからきっと彼女も…何も聞いていません」
「そうか…いや、いいんだ。君を巻き込もうなんて考えていないから、君は治療の手助けをしてくれればいい」
「でも、私だってカロリーナを殺した奴らが憎いんです。仕返しとまではいかなくてもどうしてそんな事になったかくらいは知りたいですから…あの、それに来られたアルベルト様って先生の仲間なんですか?」
あっ、余計なことを言ったかも…
「仲間って?シャルロットは何か知ってるんだね?」
「いえ、だって…カロリーナは魔女としては優秀だし、先生だけの頼みなら騎士隊の方が来るのはおかしいかなって…」
何とかごまかす。
「いや、アルベルト様がいる第一部隊に僕の兄のレオンがいるんだ。でもレオンはせっかちで、それできっとアルベルト様が気を利かせてカロリーナ殿のところに行ったのだと思う」
「そうなんですか。それであの方が…アルベルト様って皇太子なんですよね?」
「ああ、でも幼いころから叔父の皇王や聖女せあるエリザベート様に厄介者扱いされて、今では皇太子には興味もないと、それで騎士隊に入ったらしい。彼は皇王になる気はないんだろうが私たちとしては彼しかいないと思ってるんだが…」
「そうだったんですか。でもアルベルト様誰かに襲われたんですよ。私は隠れていて無事でしたが彼がどうなったか心配で…」
「何も聞いていないから大丈夫だったはずだ。そんな事があったのか。おかしいな、彼はいつも見守られているはずなんだが」
ヨーゼフ先生は首を傾げた。
思わずアルベルト様の薬湯の事を話そうとしたが思いとどまった。
「もう、私ったらそんな事どうでもいいことですよね。じゃあ、仕事始めますね」
がっかりした。アルベルト様はあの二人を倒して自分が皇王になって国を守るつもりなんかないの?
じゃあ、どうして襲われたの?
あれは私を襲った人だったって事?
背筋がぞくっとした。
もうアルベルト様のことは忘れてしまおう。
私は彼をかいかぶり過ぎていたのかもしれないわ。
今はここで何とか義士隊の為に働くのが私の望みをかなえることになるんだもの。
私はあのふたりを倒して恨みがはらしたい。
私は飲み終わったカップをトレイに戻す。ヨーゼフ先生も飲み終えたカップをトレイに乗せたのでキッチンに下げようと立ち上がった。
「あっ!庭で薬草を?」
リビングルームから見える庭には薬草がたくさん植えてあった。
「ああ、街中ではなかなか薬草も手に入らないから、でもたくさんではないが」
「すごいです。後で見てもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
チャイムが鳴った。
「そろそろ診察時間だ」
「わたしすぐに行きます」
「ああ、ついでにきれいな水を手桶に入れて持ってきてくれないか」
「はい、わかりました」
午前中は次々に患者さんが訪れ、ヨーゼフ先生と私は忙しくした。
風邪で喉が痛い。熱が下がらない。転んで腕が痛くて仕方がない。腹を下して治らない。
そんな人たちが待っていたかのように訪れた。
お昼をかなり回ったころやっと人が途絶えた。
午後はヨーゼフ先生が往診に行くと言ったので、私もついて行くと言ったら断られた。
「いいかいシャルロット。昨日も言ったが魔女と知れたら危険なんだ。出歩くのはなるべき控えたほうがいい。それにいきなりだと疲れるだろう?今日は帰って休みなさい。でも、明日もよろしく頼んだよ。君がいると全然違う」
「ほんとに?」
「ああ、いつもならまだまだ行列が出来ている」
「じゃあ、私、薬草を見てもいいですか?もし作っていいなら傷の薬とか熱さましなんか作れますけど」
「そうか。助かるね。帰ったら薬の補充もしなきゃと思ってたんだ」
ヨーゼフ先生とわたしは薬草を植えている庭に行って採取出来そうな薬草を見る。
「あっ、ヨモギ。これは下痢止めに。パセリは貧血にそれにドクダミは解毒薬にいいですね。こっちにはアイビーもオナモミまで…すごいですね」
「さすがだ。これなら安心して任せても?」
「はい、キッチンお借りしてもいいですか?」
「ああ、好きに使ってくれ、でも、父がいるからキッチンに下りてくるかもしれないけど驚かないで」
「あの、お父様はご病気なんですか?」
「どうしてそう思う?」
「トルーズ様から…」
「はぁ、おしゃべりめ。あっ、いいんだ気にしないで。父の事は気にしなくていい。病気と行ってもどこが悪いとかじゃなくもう年だから、勝手に食事もするから気にしないで」
「はい、わかりました。では行ってらっしゃいませ」
「ああ、こうやって見送られるのも悪くないな」
ヨーゼフ先生は照れながらもうれしそうに出ていった。
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