よりによって人生で最悪な時に再会した初恋の人がじれじれの皇太子だったなんておまけに私死んだことになってましたから

はなまる

文字の大きさ
上 下
6 / 61

しおりを挟む
 
 ハッとして見上げる。

 うぐっ!彼は座ってもいない。

 違いました。座れなかったのです。

 私が数日そこに寝転んでいたから、ソファーの上には毛布がとぐろを巻いたようになっている。


 またしてもわたわたと慌てる。

 「もう、私ったら…昨日は遅くなってここで休んだもので」

 急いでトレイをきれいに片付いたテーブルに置くと、毛布を引っ張って格闘する。

 何とか押し入れに毛布を押し込んだ。


 「さあ、どうぞ。座って下さい」

 私は何事もなかったような顔をしてポットのお茶をカップに注ぐ。

 早くお茶が飲みたいとごくりと喉が鳴る。まるで薬物依存の中毒者みたいにお茶が欲しい。


 金色のお湯がトクトクとカップに注がれると、自分のカップにその上からとろーりとハチミツを垂らす。

 「ハチミツはいかがですか?良かったら入れますけど」

 「ええ、お願いします」

 「良かったわ。このお茶には少し苦みがあるのでハチミツは欠かせないんですよ」

 もぉぉぉ、何を言ってるんだろう。

 私はもう一つのカップにもとろりとハチミツを垂らす。


 「さあ、どうぞ」

 カップの一つを彼の前に置いた。

 「いただきます」

 アルベルトは少し口角を持ち上げると同時にカップを持ちあげた。

 その所作は優雅で見ているだけでため息が漏れた。


 「うん、これいいですね。すごくおいしい。ハチミツを入れるとこんなにおいしくなるんですね。俺が作ってもらっている薬湯は苦いばかりで…」

 「ええ、知ってます。でもあんなに苦いのは、何が入ってるんでしょう?」

 私の体質には会わなかったのかしら?あの後気分が悪くなったのだけど。

 ごく普通の会話が成立していることに違和感もなく。

 これでいいのだろうか?


 「さあ‥‥わかりませんが。特別にって聖女であるエリザベート様が作ってくれるので」

 「まあ、聖女様が」

 カロリーナが言っていたことを思い出す。

 お母様は聖女だった事を。そして聖女であったがために愛する人を失ったことを。

 ぐっと悲しい気持ちを押し殺す。


 いえ、そんな事より、アルベルト様とその聖女様って…突然浮かんだもやもやした感情。

 こんな時に…

 「それはアルベルト様にはもう決まった女性がいるという事なんですよね」

 もっ!私ったら何言ってるかしら。

 嫉妬?まさか…


 「いえ違います。エリザベート様は皇王の専属の聖女ですよ。それに皇王の娘でもあるんです。わたしが王族の端くれというだけで、エリザベート様はみんなに薬湯などを作っているんです。俺にはそんな人いるはずもありませんから」

 即刻の否定にほっとする。

 「すみません。余計なことを言ってしまって」

 私は目を伏せてハーブティーをずずぅっと啜る。

 何だろう?この気まずい雰囲気は…

 いつもならお茶を飲めば心も安らぐというのに、ますます気持ちはぐしゃぐしゃになって。


 アルベルトはそんな空気を察したかのように、素っ気なく一緒に出したカップケーキに手を伸ばす。

 黙々とかぶりついて美味しそうに食べる。



 「ほんと!このカップケーキすごくおいしいですね。あっ、すみません。あの…それでお話なんですが、カロリーナ殿にいずれ折を見てぜひわがエストラード皇国に来ていただきたいんです。あっ、でも今すぐというわけではないんです」

 「あのそれはどうして?」

 そもそもカロリーナは殺された。なのに彼はどう見てもその事を知っているようには見えない。

 でもカロリーナを頼るって事は殺された事ち何か関係あるのかもしれない。


 「はい、先にお約束願えますか?ここで聞いたことは口外しないと」

 「もちろんです。魔女は人から聞いた秘密を絶対に漏らしたりはしません。ここに来る人は多かれ少なかれ人には言えない秘密を抱えている人ばかりですから」

 「それを聞いて安心しました。実は私の叔父。現在の皇王ランベラートとエリザベートの事で‥‥ご協力して頂きたいと思いまして‥‥それにはかなりの魔力を持った人でないと務まらないものと思われます。それであなたが適任ではないかと聞き及びまして」


 わたしはビクリとなる。

 どうやら彼はとてもいい人らしいが。

 これは大変なことで。

 おまけに皇王が叔父さん…ということはアルベルトはかなり高貴なお方ではないですか。

 皇王の事となると王宮に行くことに?カロリーナと偽るのはまずいかも…

 このまま嘘をついているわけにもいかないのでは‥‥?

 いいえ、その前に何とかこの話は断らなければ。

 いや、カロリーナと偽って様子を見るのはどうか?

 とにかく様子を見てからと…



 「でも、どうして私の事を?どなたかの紹介でしょうか?」

 今までのカロリーナの事をよく知っている人間って誰なの?

 考えてみると私はカロリーナの事をほとんど知らなかったのだ。それに彼女は自分の事はあまり詳しい事は話してくれなかったから。


 「いえ、実は前に国の成り立ちを書いた国記を見たことがあったので…エストラード皇国は曾祖父の代に大きな戦さがありその時に皇国としてジョセフコールが初代の皇王になったことはご存知ですよね?その時代にあなたが聖女をされていたと書かれていました。その後は…20年くらい前にわが国の魔術学校の先生もしていた事も記録にありました。カロリーナ殿の素晴らしい功績も拝見しましたので是非ともお力をお借りしたいとお願いに上がった次第です」


 アルベルトは真っ直ぐに私を見つめた。

 確かにカロリーナは素晴らしい魔女だけど…



 焦る。額にはじんわりと汗がにじんだ。

 とてもカロリーナの変わりが出来るとは思えなくなる。

 例え魔力を使えるようになったとはいえ、まだほとんど試したこともないのだから。

 「そ、そうでしたか…でも、今はその…少し体調が悪くてあいにくですがお役に立てるかどうか‥‥」

 何て言えばいいの?やっぱり断るしかない。

 私は彼の視線を遮るように顔をそむけた。

 確かにカロリーナは素晴らしい魔女だと思ってたけど19年間そんなに凄い人だとは露と知らずに生きて来たもの。


 「そうなんですか。体調が…そう言えばあの時もお辛そうでしたね。もしよければ私の国で養生なさいませんか?ご迷惑でなければですが…あっ、いえ、頼むのはカロリーナ殿の具合がよくなってからで構いません。これはあなたにしか頼めない事だと思いますから」

 彼は申し訳なさそうにうつむく。


 えっ?いえ、そんな事言われても困ります。

 「そんな…困りますわ」

 「どうか、そんな事を言わずにお願いします…‥うっ!く、苦しい…胸が焼けるように痛い…」


 いきなりアルベルトは苦しみ始める。

 ソファーから転がり落ち床をゴロゴロ這いまわってやがて意識を失った。

 「もし?アルベルト様?どうせれましたか?どこが苦しいのです?しっかりしてください…」

 私は彼の身体を揺すりながら途方に暮れる。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

処理中です...