上 下
1 / 61

しおりを挟む

 「失礼する。ここは魔女カロリーナ殿のお宅とお見受けするが…?」

 ある日の午後の事だった。その男がやって来たのは。

 この辺りはそうでなくても茂った木々のせいで昼間でも薄暗いというのに、家の中にはびっしりとカーテンがひかれ、どんな光たりとも入れたくないとばかりに真っ暗だ。

 その部屋の真ん中で私はびくりとなった。

 カロリーナが亡くなったばかりでまだ心の整理もついていないというのに一体誰だろう?

 そっと窓に近づきカーテンの端をめくって誰かを確かめる。

 なじみの薬売りではないことは確かだと思ったが顔まではあいにくはっきりとはわからない。

 薬売りではないと思ったのは薬売りは月のはじめの頃に来ると決まっていたからだ。

 それにお客の予定もなかった。

 お客は必ずここに来る前に話があるからだ。



 カロリーナの作る薬は評判が良かった。それは風邪の薬や熱を冷ます薬、頭痛や腹痛などが主だったが、時には特別な薬を買いに来る人もあった。

 カロリーナはとても優秀な魔女だった。

 でも私はまだまだ修行中の魔女だった。いえ、魔女でもない。私は力が使えないのだから。


 私は生まれた時からカロリーナとずっと一緒に暮らしてきた。

 もう19歳になったのよ。もう何でも出来るわ。

 カロリーナためならなんだってしようと思っていたのに。

 でもカロリーナは…120歳でとうとう死んでしまったわ。

 それもあんな残酷な殺され方をして…



 またあの時の事が頭をよぎった。

 「いや!カロリーナ。私を一人にしないで…」

 私の手は知らない間にカロリーナの手を握り締める。

 「シャルロット…私はもうだめ。まだあなたを残して死ぬつもりはなかったのに……ああ…どうして……また、あいつらのために…」

 カロリーナはぐったりとなった体で力なく言った。

 「あいつらって?どういうことなの?カロリーナしっかりして…」

 カロリーナの胸からはドクドクと真っ赤な血が流れだして、支えているシャルロットの服を赤く染めていく。

 おまけに傷は胸だけでなくあちこちにあった。

 きっとカロリーナは、襲われても相手と戦って…

 抵抗したのだろうと思う傷が胸を締め付ける。

 ああ…どうすれば…神様。

 彼女の腕にも顔にも切り傷が付いていてあちこちからの出血がひどい。

 私は必死で出血するカロリーナの胸を押さえつけている。


 どうしてこんな事に?

 私には理由もわからない。

 泥棒?ううん、泥棒ならここまでひどい事をするはずないもの。

 私たちが魔女と知って敬虔なイマール教徒が?

 イマール教徒は魔女が悪魔の手先だとすごく嫌っている。

 街で出会えば睨まれたり、汚い言葉を投げつけてくるけど、向こうから手を出されたことは一度だってない。


 「シャルロト…ああ…私はもう神に召される時が来たみたい…あの国に関わるつもりなんかなかったのに、森で静かに暮らしていこうとした…なのに…」

 カロリーナが力なさげに言った。


 カロリーナは自分を襲ったのがエストラード皇国の闇隊という暗殺集団だと分かった。長い間秘密機関にいたから気づいたのだ。でもそんな事を言えばシャルロットはどれだけ苦しむか知れない。彼女にはシャルロットの幸せだけがたった一つの願いだった。だからシャルロットを守ることが今彼女のやるべきことだった。

 そう、命の尽きる前に…


 「何言ってるの?カロリーナ。そんなの…」

 私は動揺して虫の息のカロリーナが何が言いたいのかさえ分からない。

 押さえつけている胸の周りは薄気味悪いほど血で赤く染まっている。

 流れ出る血液を抑えた手はどうしようもないほど震えて脳はますますパニックに陥る。


 「シャルロット…ああ…シャルロット…」

 カロリーナは目を閉じるといきなりぱっと目を見開いた。

 その瞳から涙が零れ落ちた。


 「カロリーナ!もう、話はいいから動かないで…手当てしなきゃ…」

 カロリーナは立ち上がろうとするわたしを引き留める。

 「もしかしたらあなたもあいつらに…ああ…シャルロット…」

 苦しい息の下でカロリーナは募る気持ちがこらえきれないとばかりに身を震わせた。

 「ああ…カロリーナ…私を一人にしないで…」



 カロリーナは、はぁはぁ苦しそうに息をしながら、それでもシャルロットに言った。

 「ううん、大丈夫。あなたはもう充分一人でもやって行ける。わたしが教えた事は覚えてるでしょう?」

 「ええ、カロリーナが教えてくれた事ならなんだって覚えてるわ」

 「あっ、そうだ。封印を…」

 カロリーナがいきなり私に手をかざして呪文を唱えた。

 「ハルチウムラウト・ゾラクス・イシュビック!」

 首にかけていた指輪が光を放つ。この指輪は母の形見だった。

 「ああ…指輪が…」

 私は光の輪に包まれた。



 カロリーナが震える手でわたしの杏子の花びら色の淡いピンクの髪をそっと撫ぜる。

 「ああ…シャルロッ、トっ‥‥これで封印は解けたわ。あなたは魔法を使えるようになったわ…でも最初はゆっくりね。いきなりたくさん力を使うと倒れるわ」

 カロリーナがまた大きく息を吸い込む。

 「でも、どうやって?」

 そしてゆっくり私に話しかける。


 「いい、よく聞いて。力を使うときはお腹に力を込めて念じるの。頭の中で何をするか念じて手のひらをかざしてそこに力を集中させるみたいに。簡単でしょう?」

 「そんなの今話さなくても…手当てが先よ」

 「もういいのシャルロット。私が死んだらすぐにここは引き払うのよ。そしてこの国のクレティオス帝のところに行って。あなたは…アドリエーヌはクレティオス帝の娘。あなたは孫娘になるの。私が死んだと知れば彼はきっとあなたを助けてくれるわ。そしてあなたは幸せになって…アドリエーヌは…あなたの幸せだけを願っていた…」

 そこまで話すとカロリーナはまた苦しそうに顔を歪めた。


 「いやよ。カロリーナ。死ぬなんて言わないで!」

 「大丈夫、あなたの魔力は素晴らしいの。あなたはその力を正しく使って、治癒魔法や浄化魔法。それに防御にも使えるわ。そしてみんなの為に役立てて…」

 「そんなの…」

 私はどうしていいかわからなくなる。


 「おねが…い、シャルロッ…ト。私が死んでも悲しまないで。これから強く生きて行くのよ。元気を出して…はぁぁぁ。はぁぁぁぁ…。シャルロッ…ト。私はいつだっ…て、はぁ、はぁ、あなたのそばにいるわ。はぁ、はぁ、はぁ……あなたなら出来る。はぁ、はぁ、はぁ……あなたにはその力が、あ、るのだから……」

 カロリーナは苦しみながらわたしの手を握りしめながら。

 最後まで私の事を心配しながら…カロリーナはくたりとなった。



 「カロリーナ!カロリーナ!…いやぁぁぁぁ。死なないで…カロリーナー…」

 それだけ言うとカロリーナは二度と目を開けることはなかった。

 私は手をかざした。カロリーナ入ったようにお腹に力を込めて頭の中で魔力を念じる。

 カロリーナに手のひらをかざして何度も念じた。

 でも、そのかいもなくカロリーナは死んでしまった。



 カロリーナは殺された。カロリーナをこんな目に遭わせた奴らが憎い。私の心は憎悪で膨れ上がった。

 カロリーナはこの力を人のために使いなさいって言ったけど、そんな事、私にできるかどうかもわからない。

 カロリーナあなたがいない世界が存在するなんて信じたくもない。

 だって今まで散々力を使うなって言ったじゃない!

 おまけに私がこの国の王の孫娘だなんて…そんな事知らなかった。

 グズグズになった私の心は滅茶苦茶だった。



 私は何とかカロリーナの遺体を家の裏の山に荼毘に付した。

 だが、カロリーナを失った悲しみは途方もないほど私の気力を奪い。この数日悲しみに浸っていたのだ。

 一体これからどうすればいいのだろうと……

 でもカロリーナは正しい良き魔女だった。

 

 でもカロリーナを殺した相手を私は絶対に許さない。誰に殺されたか絶対に突き止めて必ずカロリーナの無念を晴らしたい。

 でもどうすればいいの?

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。  でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?

かつて私を愛した夫はもういない 偽装結婚のお飾り妻なので溺愛からは逃げ出したい

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※また後日、後日談を掲載予定。  一代で財を築き上げた青年実業家の青年レオパルト。彼は社交性に富み、女性たちの憧れの的だった。  上流階級の出身であるダイアナは、かつて、そんな彼から情熱的に求められ、身分差を乗り越えて結婚することになった。  幸せになると信じたはずの結婚だったが、新婚数日で、レオパルトの不実が発覚する。  どうして良いのか分からなくなったダイアナは、レオパルトを避けるようになり、家庭内別居のような状態が数年続いていた。  夫から求められず、苦痛な毎日を過ごしていたダイアナ。宗教にすがりたくなった彼女は、ある時、神父を呼び寄せたのだが、それを勘違いしたレオパルトが激高する。辛くなったダイアナは家を出ることにして――。  明るく社交的な夫を持った、大人しい妻。  どうして彼は二年間、妻を求めなかったのか――?  勘違いですれ違っていた夫婦の誤解が解けて仲直りをした後、苦難を乗り越え、再度愛し合うようになるまでの物語。 ※本編全23話の完結済の作品。アルファポリス様では、読みやすいように1話を3〜4分割にして投稿中。 ※ムーンライト様にて、11/10~12/1に本編連載していた完結作品になります。現在、ムーンライト様では本編の雰囲気とは違い明るい後日談を投稿中です。 ※R18に※。作者の他作品よりも本編はおとなしめ。 ※ムーンライト33作品目にして、初めて、日間総合1位、週間総合1位をとることができた作品になります。

隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!

仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。 18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。 噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。 「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」 しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。 途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。 危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。 エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。 そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。 エルネストの弟、ジェレミーだ。 ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。 心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

処理中です...