上 下
12 / 14
第3章 現れた聖女は

3-2 傷つく心、気づかれない言葉

しおりを挟む
「エミー・ワット様、アーヴリル様がお待ちしておりました」
「そう。それで貴方、アルディス様とはどうなの?」
「貴方様にお伝えすることは何も」
「そう。つまらないのね。私にはあんなに甘く接してくれるのに」

 エミー様の扇の奥には嘲笑。
 彼女は魔法使いの中でも数年に1度しか現れない聖女だ。聖女の地位はこの国でしか通用しないものであっても彼女はこの国でも有数な公爵令嬢でもある。私なんかにアルディスを取られたことをよほど根に持っているらしい。お会いする度詰るように言葉をかけられ続けていた。

 私の前では禍々しい空気を作りながらも彼女はマナーを守りながらアーヴリルに会うため扉を開けた。


「アーヴリル様、お久しゅうございます。ずっとお会いしたくて思っておりましたわ」
「エミー様。私もお話したかったですわ」
 今日も彼女たちによる和やかな会話が始まる。
 この空間で傷ついているのは私だけだ。私が我慢すれば何もかも丸く収まる。

 


 遠くで鳥が鳴いている。
 ようやく来た休日、私はアルディスの家に来ていた。
 この赤い屋根の可愛いお家はこれから私の家になるらしい。

 彼は玄関の前で門にもたれ掛かり私を待っていた。
「えっと、お、お邪魔します……」
「うん。よし、君の部屋の用意はメイドに任せろ。この家は俺が案内する」
 私は手を引かれかけ、自ら触れられないよう外した。

「いや、そういう訳にはいかないわ。私は騎士だもの。できることは自分でするわ。とりあえず今日は、自分の部屋に荷物を置いて、ご飯を食べるだけにして、家の細かな色々は明日以降に紹介してもらうわ」
「……そうか。でも、一応俺の妻となる者には紹介しとかないとな。この家は4人の手伝いで回ってる」
 そう言いながらアルディスは玄関扉を開けた。

「お帰りなさいませ」
 私は並び立つ使用人たちに体を固まらせた。

「こほん。お嬢様!私、メイドのアシェルと申します!お嬢様のお世話楽しみしておりました!」
「執事のハーマンです。よろしくお願いします」
「コックのジュウェルです。ディナーがございますので、ご趣味など後でお聞かせください」
「庭師のデビンと申します。庭師と言っても雑事ばかりですが精一杯努めます」
 皆の前のめりな挨拶にそわつきながら、上手くもない笑みを浮かべた。
「えっと、ありがとう。私はシルファ。貴方達が仕えていて良かったと思えるような人になれるよう頑張っていくわ」
「……シルファ、部屋に行くぞ」
「ええ」
 彼女達が並ぶ玄関を抜け、美しいカーペットが敷かれた階段を登り始めた。それにしても、使用人があんなに笑顔なんて……私の家ではそんな人いなかったな。

「君の部屋は俺の隣だ。準備もそこにしておけ。君は片付けに時間がかかるだろうから俺は部屋に戻っている」
 部屋に入ると私の好きな桃色の花柄の壁紙で飾られた日当たりの良さそうな所だった。
 これは私への気遣いなのだろうか。妻の存在への待遇を考えてのことなのだろうか。


 タンスも棚も開いて、自らの少ない持ち物を片付けてると、時間もかなり過ぎ夕方になっていた。実家から持ってきたものはほとんど無いけれど軍での生活で必要なものは多かったらしい。武器の手入れを始めれば時間なんて一瞬だ。

「シルファ、もうそろそろ食事だぞ」
「えっ、あ、はい!」
 時間の感覚が薄まり始めていた私は扉の外声のする方へ駆けた。

 机に着くと既に料理が用意されていた。
 アルディスは席に着くなりすぐご飯を食べ始める。
「シルファも食べるといいよ」
「え、わぁ、凄い!……美味しいわね」
「そうか」
「騎士団や家での食事は冷たかったから……ご飯ってこんなに美味しいものなのね」
  ジュウェルにはなんでも良いから得意なものをとは言ったけどにしても特別美味しい。使用人の質もいいようだ。彼は持っている人なのだとさらに思い知らされる。

「あぁ。彼の作るご飯はいつでも美味しいよ」
 アルディスは私の顔を覗き微笑んだ。


 カチャン。アップルパイを食べ終えフォークを置いた私は彼に語りかける。
「ねぇ……今日はどこで寝るの?」
「……各自の部屋だ。隣の部屋にはいるつもりだから何かあったら俺に……」
「そう。じゃあ、おやすみ」
「あぁ」

「ふっ……あはは、私、なんで……」
 1人になった部屋の中、涙が頬をつたっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】婚約破棄をされた途端に別の男性から求婚の嵐 ~え、むしろ婚約破棄してくれてありがとうございます~

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

蔑ろにされる黒髪令嬢は婚約破棄を勝ち取りたい

拓海のり
恋愛
赤いドレスを着た黒髪の少女が書きたくて、猫も絡めてみました。 侯爵令嬢ローズマリーの婚約者は第二王子レイモンドだが、彼はローズマリーの黒髪を蔑んでいた。 一万二千字足らずの短編です。

処理中です...