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第1章 縛られた自由
1-1 自らの選択と押し付けられた不自由
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あの夜はもう私の宝物だ。その宝物は夢のようで今までの苦しさも霞むほどに嬉しかった。あの夜は私の騎士人生の整理のために必要な夜だったのだ。これからの私の自由のために。
そう、必要だった。
絶縁の手紙を送ってからもう1週間。その手紙が家に着いている頃だ。
書いてある言葉に家族は驚いているだろうか。金は仕送りするから婚姻前だけでいいから王都で騎士になりたいと言っていた女が処女でなくなったから貴族籍を抜け独り立ちするなどと言えば。婚姻のために貞淑を貫けと言っていた父はとても怒っているだろうし、一度しかない初めてを知らない者に捧げたと書いたからあの継母と義妹は笑うかもしれない。
私だってそういう大事なものは夫だけに捧げたいと思わなくもない。でも、これからのためにはその大事なものを捨てる他なかった。それ以外の選択肢は危険で不安定で取れるような状態になかった。だから、せめてもとアルディスに頼んだのだ。守りたいものを違えて、ご飯もまともに取れなかった家に戻って、生きていると言えるギリギリの生活をしていた頃に戻りたくは無い。
今のこの状態は私の大切な明日のために欲しかった夢だ。求めていたものに近づけている。
それもこれも、これらの計画全てを立てるのを手伝ってくれた隣国の友人であるアーヴリルのお陰だ。学生時代に仲良くなっていて、今質問ができるような関係性を築いておいて、本当に良かった。やっとこれからは苦しまないで生きていける。
私が私の人生を変えられる。
今が幸せで堪らない。
いつものように団の者と共に街の定期巡回を終える。巡回の準備も、巡回も、巡回が終えたあとの片付けももう手慣れたものだ。
次はお昼頃と夜遅く、今からは訓練に書類仕事。今日も色々しなくてはならない仕事があるし、やらなくてはならないことがある。
しばらく今日行う仕事を数えていると、騎士団入口を眺めると知った顔。
その顔に夢に浸っていられるこの一時もつかの間だと気づく。
あれは私の父だ。なぜここに。
「シルファはこの城にいるんだろう!早く会わせろ!俺は貴族なんだぞ。お前ら平民上がりが口を聞くことすら出来ない存在なんだ!シルファは……」
門番係に詰めかかる父に体が動かず固まっていると彼とバチりと目が合ってしまう。
しまった。
ドスドスと太った体を揺らし、父が近づいてくる。
「シルファ!お前、あれは一体どういう要件だ!」
「ドーリカ男爵。なぜここにいらしたのですか。私はもう絶縁すると告げておりましたが」
手で他の同僚に帰るよう示し、彼と対峙することにする。私たちのような下級貴族の非嫡出子や平民には、貴族当人との諍いなど面倒なことであるためだ。私の父の横をすり抜け彼らは上官の元へ走っていく。
「絶縁などという世迷いごとをこの私が受け入れると思っているのか!お前は騎士団に従軍するまであんなに従順であったではないか。貴族の責務を捨て、なぜそんな強情に剣を望む」
「私は剣を振るい誰かを守り続けたいのです。貴方の家にいては出来ないことです」
私はもう、とうに父に希望を持つことを諦めた。今や一人しかいない産みの親は久しぶりに会う私に何の感慨も無いらしい。体は震えているけれど自分を守るため威勢を張った。
どれだけ暴漢と戦おうが、盗人を捕まえようが、街を襲う魔物を退治しようが小さい頃からしっかりと植え付けられた恐怖は消えてはくれない。
「貴様はなにを馬鹿なことを。お前が最後の望みだと言うからと言う通りに騎士団に入れらさせるんじゃなかった。家に早く戻るんだ!」
「嫌です。私は私の人生を生きたいのです。貴方について行くことはありません」
去ろうとする姿勢を見せれば、父はさらに悔しげに私に叫びを上げる。
「……男か?男なのか!こんなに頑固なのだ、件の乙女を捧げた者にでも懸想しているのだろ!だからあの御方と結婚しないなどと」
「違います。そんな事実はありません。相手の顔も覚えておりませんのに、そのような感情どのように持つことができるのです」
それに、あの人はそもそもあの御方などと言うような人でもないだろう。地方で生活している父が借金しているだけのしがない商人であったご老体だ。金なんてもうそんなに持ってない。私のように借金のカタに手に入れた女に使ってばかりいるからだと聞く。そんな老人にまで金を借りてる頭の可笑しい父にアルディスのことを教えることなどないだろう。
たとえ、自らの呼吸が浅くなっても、視界が揺らいでいても。
「ふはっ、わかりやすいやつめ。明らかに動揺しているだろう。そうか。そうなんだな。連絡された話を通したが、お相手方からはもう処女かどうかは関係ないと言われた。裏で愛人をつくっても良いと。だから戻ってこい」
「嫌です。だから、私は……」
何を言っても反論されうざったらしく思っていると後ろから響く爽やかな声。
「あの、業務中の隊員に迫らないでください。業務に差し支えます。今すぐ帰っていただけますか」
アルディスだ。
そう、必要だった。
絶縁の手紙を送ってからもう1週間。その手紙が家に着いている頃だ。
書いてある言葉に家族は驚いているだろうか。金は仕送りするから婚姻前だけでいいから王都で騎士になりたいと言っていた女が処女でなくなったから貴族籍を抜け独り立ちするなどと言えば。婚姻のために貞淑を貫けと言っていた父はとても怒っているだろうし、一度しかない初めてを知らない者に捧げたと書いたからあの継母と義妹は笑うかもしれない。
私だってそういう大事なものは夫だけに捧げたいと思わなくもない。でも、これからのためにはその大事なものを捨てる他なかった。それ以外の選択肢は危険で不安定で取れるような状態になかった。だから、せめてもとアルディスに頼んだのだ。守りたいものを違えて、ご飯もまともに取れなかった家に戻って、生きていると言えるギリギリの生活をしていた頃に戻りたくは無い。
今のこの状態は私の大切な明日のために欲しかった夢だ。求めていたものに近づけている。
それもこれも、これらの計画全てを立てるのを手伝ってくれた隣国の友人であるアーヴリルのお陰だ。学生時代に仲良くなっていて、今質問ができるような関係性を築いておいて、本当に良かった。やっとこれからは苦しまないで生きていける。
私が私の人生を変えられる。
今が幸せで堪らない。
いつものように団の者と共に街の定期巡回を終える。巡回の準備も、巡回も、巡回が終えたあとの片付けももう手慣れたものだ。
次はお昼頃と夜遅く、今からは訓練に書類仕事。今日も色々しなくてはならない仕事があるし、やらなくてはならないことがある。
しばらく今日行う仕事を数えていると、騎士団入口を眺めると知った顔。
その顔に夢に浸っていられるこの一時もつかの間だと気づく。
あれは私の父だ。なぜここに。
「シルファはこの城にいるんだろう!早く会わせろ!俺は貴族なんだぞ。お前ら平民上がりが口を聞くことすら出来ない存在なんだ!シルファは……」
門番係に詰めかかる父に体が動かず固まっていると彼とバチりと目が合ってしまう。
しまった。
ドスドスと太った体を揺らし、父が近づいてくる。
「シルファ!お前、あれは一体どういう要件だ!」
「ドーリカ男爵。なぜここにいらしたのですか。私はもう絶縁すると告げておりましたが」
手で他の同僚に帰るよう示し、彼と対峙することにする。私たちのような下級貴族の非嫡出子や平民には、貴族当人との諍いなど面倒なことであるためだ。私の父の横をすり抜け彼らは上官の元へ走っていく。
「絶縁などという世迷いごとをこの私が受け入れると思っているのか!お前は騎士団に従軍するまであんなに従順であったではないか。貴族の責務を捨て、なぜそんな強情に剣を望む」
「私は剣を振るい誰かを守り続けたいのです。貴方の家にいては出来ないことです」
私はもう、とうに父に希望を持つことを諦めた。今や一人しかいない産みの親は久しぶりに会う私に何の感慨も無いらしい。体は震えているけれど自分を守るため威勢を張った。
どれだけ暴漢と戦おうが、盗人を捕まえようが、街を襲う魔物を退治しようが小さい頃からしっかりと植え付けられた恐怖は消えてはくれない。
「貴様はなにを馬鹿なことを。お前が最後の望みだと言うからと言う通りに騎士団に入れらさせるんじゃなかった。家に早く戻るんだ!」
「嫌です。私は私の人生を生きたいのです。貴方について行くことはありません」
去ろうとする姿勢を見せれば、父はさらに悔しげに私に叫びを上げる。
「……男か?男なのか!こんなに頑固なのだ、件の乙女を捧げた者にでも懸想しているのだろ!だからあの御方と結婚しないなどと」
「違います。そんな事実はありません。相手の顔も覚えておりませんのに、そのような感情どのように持つことができるのです」
それに、あの人はそもそもあの御方などと言うような人でもないだろう。地方で生活している父が借金しているだけのしがない商人であったご老体だ。金なんてもうそんなに持ってない。私のように借金のカタに手に入れた女に使ってばかりいるからだと聞く。そんな老人にまで金を借りてる頭の可笑しい父にアルディスのことを教えることなどないだろう。
たとえ、自らの呼吸が浅くなっても、視界が揺らいでいても。
「ふはっ、わかりやすいやつめ。明らかに動揺しているだろう。そうか。そうなんだな。連絡された話を通したが、お相手方からはもう処女かどうかは関係ないと言われた。裏で愛人をつくっても良いと。だから戻ってこい」
「嫌です。だから、私は……」
何を言っても反論されうざったらしく思っていると後ろから響く爽やかな声。
「あの、業務中の隊員に迫らないでください。業務に差し支えます。今すぐ帰っていただけますか」
アルディスだ。
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