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プロローグ

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 広場に響くきゃあ、わぁと激しい歓声。
 耳を劈く音の中心には、見慣れた顔。
 群衆に囲まれた鋭い深紅の瞳が此方を覗いた。


 どうやら、私の幼なじみが勇者に選ばれたらしい。




 時は数時間戻り、私は鍋を掻き混ぜていた。
 鍋の中身はミネストローネ。野菜がゴロゴロと入り、それぞれが溶けるほどに柔らかくて、新鮮だから野菜だけでも甘い。そんな失敗の少ない、私の自信作である。

 そんなことを考えている私、エリナ・フランシュは転生者だ。

 小さい頃からずっと混ざっている何かの記憶が、異世界の物だと気づいたのはまだこちら世界の言葉も危うい7歳の頃。
 この世界の童話を読んでいる内にふとカチリと何かがハマる感触がして私の中に記憶が混ざった。前世の特に特別でもない普段の生活の記憶も、高校生の時に交通事故で死んだ時の記憶も、今世のまだ幼い今の考えも。全てがぐちゃぐちゃに元の不安定さを無視するように。

 前世で言うなら今世はファンタジーゲームのような世界だった。食事には味噌や醤油があったり、街には基本的に上下水道が通っていたりと生活はあちらの世界かなり近かった。
 だから、基本の生活の質は向こうとあまり変わらなくて魔物がいるとか魔法や錬金術があるとかそういうファンタジーの部分が向こうの電気を使う色々を補っていたりする。前世を考えると少しだけ不思議な世界だか馴染んでいる私からするともう見慣れたものでしかない。

 以前から部分的に思い出していたからかすっと前世のことが体に馴染んだので、気づいたことで特に苦しんだりとかは無かったし、前世に読んだ漫画でこういう物語もあったかもなぁと思っただけだった。

 そんな私は父が料理長をやっているスキンファクシ騎士団で料理人として働いている。縁故採用な気もするが、この世界では普通によくあることだし、前世からそれなりに料理ができたのでそれなりに重宝されていると自負している。
 騎士団は人も多いし、1人ごとの食べる量もびっくりする程に多いから料理が出来る人は多ければ多いだけ良い。
 もう煮込みも終えるところだな。カチカチとつまみを回し魔導コンロを切る。

 遠くからバタバタという足音。
「はぁ、はっ、エリナ。早く、俺のメシ」
「はいはい、分かってるよ」
 バタバタと入ってきたラズに、昼に食堂へ出すチキンカツを挟んだカツサンドを机のバケットから差し出した。
 がっしりとそれを掴んだ彼はまた大きい足音を立てて訓練所に戻っていった。

 先程の彼――ラズは私の幼なじみだ。というより、うちの団に育てられた子供という方が正しい。森に助けてあげて下さいと書かれた紙と共に落かれていた所を団長に拾い上げられ、団の人たちに扱かれ、可愛がられ今日まで生きてきた。

 彼は今日も何時ものように昼時の巡回が終わった所だろう。終わり次第勉強しながら食べるらしい。ご苦労なことだ。

 バタバタと彼の去る姿を見てクスクスと笑い、昼ごはんの用意を進める。


 それが私達が変わる前に落ち着いて会える最後の時だったのに。

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