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知らなかった君へ、救われた僕は
クロンウェルの持つ隠し事(終)
しおりを挟む次の日の朝、彼は起きてこなかった。ルーシアが起きる以前から部屋を動く足音は聞こえていたのに。
昼、彼は起きてこなかった。ハンカチの刺繍をしている間に部屋の前に置いた昼食はいつの間にかに消えていた。
夕方、彼は起きてこなかった。夕食は食べてくれるだろうか。
深夜、彼の部屋の扉が開いた音がする。小走りでクロを捉えに向かう。
「おはよう。時間としてはもう遅いけど。今日初めて会ったもんね、変じゃないでしょ」
「……おはよう。今日は食事ありがとう、では、」
平然を装ってそう言うと、すぐにでも閉めようとする扉を足で止める。ルーシアの視界にはクロンウェルから溢れ出る異様なほどの汗が見えていた。視線も僕と部屋をウロウロと全く定まっていない。
僕は彼が閉じこもっていたこの一日たっぷりと頭を冷やした。今こそがすべてを確認するタイミングなのだ。このタイミングを逃せばクロンウェルはもう部屋から出てこないどころかひとりで家を逃げ出してしまうだろう。それが予測できないほど彼の隣にいなかった訳では無い。今しかないのだ。
「……なにしてるの。あの部屋で。秘密ってなに」
覚悟を決めてクロンウェルの手を掴んで止めると、苦虫を噛み潰したような顔で、繋がれた両手とこちらに視線を向け直す。僕に触れられるのはまるで意識していなかったらしい。
「あれは見なかったことにするんじゃなかったのか」
「僕はそんなこと言ってない。君は隠したがっていたけど僕は言ってないよ。ずっと気になってたんだ。このタイミングで今、聞いてもいい?」
腕を引いても動かないルーシアに諦念を抱いたクロンウェルは部屋の机に置かれた原稿用紙を一瞥する。そして、小さくて聞きにくい声で、弱々しく囁いた。
「……あれは俺の仕事だ。文筆業をしている。好色の成人が買うような性的な男同士の話を書いてるんだ。昨日だって、書く内容に困って自分を奮い立たせようとして……ルー、同居人がそんなヤツだと怖いか?」
クロンウェルの手は震えていた。
「ううん、怖いとは思わないよ。この世には話を作る人とその話を読みたい人がいる。読みたいと思う人がいればそういう話は誰かが書いていてもおかしくは無い。僕は君がそういうことをしてるって思ってなかったからびっくりしただけだ」
ルーシアの両手でクロンウェルの両手を包み込んでいた。怖くないよって何も不安にならないでって伝えるために。救われた自身を救った者を信じさせるために。
「そうか……俺がそういう男色の趣味を持ってるんだとしても?」
「うん。そうなんだって思うだけ」
「そうか」
クロンウェルの視線がルーシアに突き刺さる。痛いくらいのそれはクロンウェルがそれだけ想いを込めているということで。
「お前を連れてきたのが邪な想いからでも?」
「うん。僕は構わないよ」
「そうか」
クロンウェルがルーシアに唇を寄せる。カサついていて、それでいて温かい、今まで体験したことの無い感覚。ぼんやりとする頭が温い体温に次第に思考力を奪っていく。
クロンウェルの暖かくて硬い手がルーシアの腕を滑る。
「……いいのか?」
「うん」
手首を引かれルーシアの体はベッドに投げられた。
上に股がったクロンウェルからはごくりと喉を鳴らした音が聞こえる。
ドキドキしていると全てを赤く染めたクロンウェルの体が近づいてきて、抱きしめられる。
そして、耳元からは寝息が……
「ん?」
違和感に無理やり体を持ち上げれば、クロンウェルが寝ていた。こんな所で。俺が寝かせないよって感じを出しておいて僕を残し、寝てしまっている。
目のクマが凄かったのもあって徹夜だったのだろうか。疲れていたのかもしれない。
まぁ、でもなんでもいっか。クロンウェルが何を思ってしたのか、何をしようとして寝たのか、そもそもなぜ今寝たのか。僕は何も知らない。でも、いいのだ。彼が僕を許して、認めて、欲してくれているなら。
僕も彼と同じように緩やかに目をつぶれば彼の拍動が僕を安心させて。ひとつ、ふたつ、深呼吸をすればその穏やかな気持ちのまま緩やかに眠りに入った。
隣がヒンヤリとしていて、モゾモゾと目覚めると、木材質の床には頭抱えてるクロンウェルが。小さく小さく、丸くなって、ガシガシと頭を抱えているようであった。東洋に聞く謝罪の顕現、ドゲザの体制である。
「どうしたの?」
「いや、やってしまったと思って……悪かった、ルー」
「えっと、うーん……クロ、そんな酷いことしてたっけ?」
寝ぼけ眼で瞼を擦ってクロンウェルを見ればぎゅうと歯を食いしばって土下座をしていた。
「……抱きしめながら一緒に寝てしまって済まない」
「え?」
「何もかも初めてだったんだ!全部妄想とひとり遊びでしかしたこと無かった。……悪い。なんの経験もなくて。ひよった上に、意識を飛ばしてしまい……更に、キスまで……」
クロは頭を両手でぐいと押さえつけ、嘆きはじめている。ルーシアはベッドでソワソワしていた。寝起き早々、ぼんやりとした意識のままクロンウェルの色恋事情を聞くことになるとは思いもしなかったので。そわそわとした気持ちが抑えきれない。
「い、いや、ううん!大丈夫!そっか、初めてなんだ……」
「ルー……すまなかった」
「ん、いいよ」
真剣な顔をしたクロンウェルは見たこともないようなほど顔を赤くしてルーシアの前にひざまづいた。
「……ルーシア!俺は、いつか最初も最後も貰って欲しいと思っているんだ。だから、俺と結婚しよう」
「え、僕ら付き合ってもないけど?」
「じゃあ、付き合おう。そして、直ぐに結婚しよう。ルー、頼む……」
プロポーズにしてはかっこつかなくて、縋ってくるような弱々しい願い。 それを向けられるのがルーシアで、これを望んでくれているのはクロンウェルで。それが嬉しくて、胸が締め付けられるようだった。視線を動かせば、クロンウェルの手が震えているのが見える。そわそわと不安そうにこちらを覗き込んでいた。ここまで関係を作り上げておいて、まだ僕を信じられていないのだろう。
ルーシアの返事がないのに怖くなったのか下げていた頭を上げてふらふらと視線を合わせ始める。
その姿は親を見失った小動物ようで、怒られた人の子供のようだ。
「……クロ、可愛い」
「可愛い?」
「うん。クロってこんなに可愛いんだ。いや、ごめん、あの、えっと、色々と僕は最近まで知らなかったんだ。まずは付き合うところからにしちゃだめかな?まずはそこからしたいな」
クロンウェルはそのまま顔を起こす。キラキラと瞳を輝かせていて、土下座から急激な速度で立ち上がった。嬉しそうな顔につられ僕も口角を上げていく。
「本当か!?付き合ってくれるいいのか!ありがとう!ルー、これからもよろしく頼む!」
「ふふっ、うん、好きだよ。クロ」
抱きしめた胸元からは聞いた事のないほどの拍動の音が響いていた。
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