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人との出会い
しおりを挟む私の夫ウォルター・マードックは、それなりにお金のある商家に次女として産まれた私、ベアトリスに一応は必要かと遅くに決められた婚約者だった。
男爵家に産まれはしたがお金がなく平民と変わらない暮らしをしていた彼は、結婚式まで顔を知ることもなかった他人である私との婚約がもたらす利益の為に婚約をするらしかった。
「君は……まるで雀のようだな」
そして、出会い頭にそう告げた時から彼はずっと私を小動物だと思っているらしい。
その時の私はもう18歳。成人していたし、そのように言われる程に精神が幼くもなかった。
確かに身長は小さいし、胸は私の手で収まる程度だし、その手の大きさ自体彼の三分の二もないが私は明らかに子供ではないし、小動物と言われる程でもないはずだった。
だが、ウォルターにとって私は小動物と変わらない。彼が愛でている小動物と。
彼は厳つい肉体と対比するかのように可愛い動物が好きだ。中でも、小さい生き物を良く好むように思える。戦前ギリギリに結婚した私を妻ではなく小鳥のように子犬のように、子うさぎのように、ふんわり優しく大事に扱っているのもそのせいなのだろう。
弱いものや小さいものを守り慈しむ。それを可愛い、素敵だと愛でて見守る。そして、干渉は最小限。それが彼の常だった。
私にはそれが癪に障る。
私は妻なのだ。彼の、ウォルター・マードックの妻だ。
彼の子では無いのだ。ましてやペットでも無い。
小動物を甘やかす様な接し方はやめて欲しい。
だが、そう思っていたところで彼は変わらない。
やんわりと本人に伝えていても届いていない現状、直接以外の彼への抵抗は意味が無いのだ。
彼にとっての私は頼れる妻ではなくずっと可愛がられる対象なのだと、諦めにも似た感情がずっと胸に巣食っていた。
カツカツと小気味いい靴音が騒めきの中、此方に向かってくる。
「ああ、ウォルター。貴方はここに居たのですか……そのデカイ図体では人混みでも目立つと思っていたのに、騎士というものは皆似た様な見てくれをしていて探すのに苦労しましたよ。して、その食事量は?そんなに空腹だったのですか」
ウォルターの後ろからひょろりとした体躯の魔術師然とした男が現れる。その男は、堅苦しい濃紺の軍服を着ているウォルターとは異なり彼の銀の長髪に似合う質のいいフロックコートを着ている。
彼の美しさへ驚く前に私は、長身2人を前に壁を前にしたような気持ちとなった。この夜会における周囲の男性達は、背の高い者が多いが中でも2人は格別であった。柳と欅のように高くずっしりと前に聳え立つ。見上げることに慣れている私でも流石に首が痛くなりそうだ。
「ああ、お前か。そういう訳では無いが……ふむ、結果的に食べてはいるな。こんな美味い食事、ヴェルレーも食べないと勿体ないぞ」
「はぁ。また、ウォルターはそんな戦中の様な事を言って。奥方に嫌われても知りませんよ……っておや、後ろの貴方は」
その白銀の男と目が合いピクリと目元を動かすと、私とウォルターを見比べて男がニマリと胡散臭い笑みを浮かべる。
その微笑みはなんなのだろうかと思う気持ちはあるが、この会話からするとウォルターはこの魔術師然とした男の人とは同僚や仲間なのだろうか。そうなれば、今後も接する機会があるだろうし、妻として挨拶しておかなければいけない。
「初めまして。私はウォルター・マードックの妻、ベアトリス・マードックと言います」
「これはこれは……彼からお噂は予々。私、ウォルターと同部隊に所属している魔導師でガブリエル・ヴェルレーと申します。以後お見知りおきを」
彼は私に反応してそう言いながら慣れたように手を掴みそこへ口を寄せる。その対応にびっくりした私はピタリと動きを止める。
手への口付けなんて貴族らしく派手で親密な対応はされたことがなく心臓は大きく跳ねる。
唐突に鳴った大きい衣擦れの音に私がはっと意識を戻すと、何故かがっしりと手が掴んでいた。ガブリエルさんの手をウォルターが。
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