唐突なキスは幸せを呼んだ

月下 雪華

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2 猫柄の包み

しおりを挟む

 いきなりプロポーズをしてきたあの男はマルク・エリソンドと言うらしい。

 彼は腕がたつ「スゴ腕」で、「殲滅の黒騎士マルク」なんて怖い呼び名で呼ばれているようだ。それだけ聞くと人助けなんてしなそうだが、本人は生真面目で優しい好青年らしいというのがキッチンのおばさんたちの噂だった。最近この街に来たばかりである僕は知らなかったが、彼はそれなりに人気があるらしくここらに住む子供たちにも慕われているのだそうだ。

「はぁ……」
 僕も不相応で不思議な相手に絡まれたものだと思う。
 彼は顔も性格も総じてかっこいいけど、腕っぷしも強いけど、怖い人から守ってくれたけど、優しいけれど。流石に出会った当日に結婚はない。そんなに気安い存在と思われているなら心外である。でも、僕がそう疑っていても彼からすればそういう非道な理由でも無いようだから人生って分からない。


「ユベールさん。今日もじゃがいも剥きか?」
 薄暗い小道の途中、鎧の合金同士がぶつかる音が止まって、マルクさんが目の前に現れたことを知る。
 
 でも、僕は彼を気にしてはいけない。店の裏口の扉に体重をかけて顔を上げないままゴツゴツとした皮をしっかりと、でも丁寧に削り続けた。
 僕は、彼を見上げてしまったが最後あのお綺麗な顔に絆されてしまうに決まっている。僕は流されやすいんだから彼を見たりなんかしない。あの告白の次の日、初めてここで声をかけられた時から決めていた。

 流されやすい僕は人生を共にする相手だって流されて決めてしまうと分かっている。

「マルクさん、こんにちは。そうですよ。今日も、雑用です」
「そうなのか。今日も大変そうだ。俺は敵を薙ぎ倒すだけでいいことが多いから、こういう細々したことは苦手なんだ。ユベールさんは偉いな」

「……ぅ、そうですか。それで今日はなんです?また結婚の申し出に?」
 そうなのだ。マルクさんはこの時間帯の昼、数日に一度僕に会いに来て褒め言葉を零したあと、毎度お決まりのように求婚を告げられていた。そして、それを受ける僕は心を揺さぶられながらもまだ貴方を知らないと断り、逃げて、店に戻って。与えられた仕事はちゃんとしろってキッチンの人に怒られるのだ。今日だって最低限の仕事はしておけと事前に釘を刺されている。

 また言葉と共に魔石などを置いてくるに違いない。そう思っていたのに。
「いや、それは……今まですまなかった。この前の話をしたら仲間に怒られたんだ。そんなのはユベールさんが怖がっちゃうだろって。だから趣向を変えてみることにしたんだ」

 僕の隣に置かれたのは猫の柄の布に包まれた箱。
「お弁当を作ってみた。食べてみてほしい」

「え?」
 思わず視線をあげるとはにかんだマルクさんが背を向けはじめていた。
「……これを食べる君を見たいが、これから任務なんだ。では、また」

 彼が足早に去っていくのを見つめてからゆっくりと包みを開けてみると中身は焼肉のお弁当のようだ。付け合せの野菜もちゃんと入っている。 野菜に着く焦げや香ばしすぎる匂いを嗅ぐ限りとても上手いわけではなさそうだが焦がしすぎているのでもなく、特段下手なわけでも無さそうだ。
 でも、なんで料理を提供している店で働く僕へのアピールがお弁当?

 まだまだ不思議な人だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

処理中です...